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秘密基地

第二章/目覚める力

貸切の看板を掲げた酒場『ヒムラ』は、酒盛りをしているにしては静かだった。しかし、周囲の飲み屋の喧騒の中で、気に留める者はいなかった。
「自警団」
その名を提供したのはラートン隊長だが、組織としての原型を作り上げたのはイルタとアレモ、そしてウォローだった。三人が発起人となり、彼らに近しい兵士たちや、イルタが行脚して廻った荒野で命を落とした兵士の家族を中心にして、城下街の警備を強化することを目的に結成した自主的な活動だった。事後報告とはいえ時を同じくしてラートン隊長がまったく同じ考えを持っていたために、結果的に軍部公式の承認を得られたのだった。
「蜂起のときは城下街に裏切り者が満遍なく配置されていて手こずったと聞いている。怪しい人物はあらかじめマークしておいて検挙可能な証言や証拠があれば捕獲も許可する」
ラートンの言葉に、集まった人々は拍手喝采だった。酒場の店員のユニやスアンも、手を止めて拍手を送っている。彼らも家族を失った悲しみから、場所の提供を申し出たのだった。
「直近でできる主な仕事は朝晩の巡回活動です。あえてアナウンスはしません。相手が水面下で動いているのに対抗してこちらも内々で完結するよう行動したいという考えがあります。名簿は作りません。お互いの顔をよく覚えておいてください。定期開催の会合での顔合わせには必ず出席するようにお願いします」
イルタが皆に声を掛けた。それからメンバー同士でひと通り自己紹介をしたり、自由に交流したりと、和気あいあいと顔合わせが行われた。
ホールスタッフのスアンよりも俊が会場を走り回っているのが目につく。
「彼には各メンバーへのヒアリングをしてもらっています」ラートンの視線に気付いたイルタが言った。
「なぜそのような必要が?」
「彼は何やら人の心を調査する知識があるとかで、簡単な質問で彼らの精神状態を調べられるそうなんです。仮にリカ・ルカに心酔しているような輩が紛れ込んだとしても、ふるいにかけることができると彼が言うので」
「どうだかな」ラートンは大して感心している様子ではない。
「彼なりに出来ることを探してくれています」
『炎使い』としての役割も忘れてもらっては困るんだがな、とラートンは腕組みした。
「彼は街の人の中にいると生き生きするみたいですね。なんとなく城にいる時間よりも城下街にいる時間の方が長く感じるし」
「確かにな。『使い』の訓練はとても及第点とは言い難い」
ラートンのにべも無い言葉に、イルタが苦笑いを返した。

「君が考えたのか?」
ラートンがイルタに尋ねた。次回の会合の日程を確認した上でメンバーが散会した後だった。イルタはさわやかに微笑んだ。
「少年時代の秘密基地運営の感覚でしかないですよ。指令系統をつくるよりは、敵側にはない『信頼関係』とか『仲間意識』というものを大切にしていきたい。今持てる『信頼』の源は、あの蜂起のせいで起きた悲しみや怒りの感情だ。何よりも『何かしなければ』という俺たちの気持ちを何らかの形にする必要があったというだけの話です。移動式の秘密基地と捉えてもらえれば」
単純な話であるかのようにイルタは語るが、持て余した気持ちを上手く正義に昇華する方向に導いた彼らにラートンは一目置いた。憂さ晴らしなど悪い方向に働くことも考えられるからだ。そして魔女はそのような『黒い』気持ちを見逃さないはずなのだから。
「城のことは君たちに任せるとしよう」ラートンが笑みを漏らした。
「何を言いますか。さっさと敵を倒して帰ってきてくださいよ」イルタが朗らかに笑った。「そう言っていただけるのは光栄ですけどね。俺一人では出来なかったことです。俺の力じゃない。みんなの気持ちなんだ」
「ははー。いい考えだな」すでに飲み干して空になった巨大なジョッキを前にして、パパスが言った。その横で娘のカウジが口の中に料理をかきこんでいる。
「そうでしょう?」イルタが顔をパッと輝かせた。それからカウジに声を掛けた。「いい食べっぷりだなカウジ」
「おいしいもん!」カウジが目をキラキラさせて言った。口の周りは食べカスだらけだ。ユニが通りすがりにカウジの頭を撫でていく。
「しかし、用心するに越したことはないぜ。足元すくわれないように気をつけろよ。俺は信頼していた人間たちが手のひらを返すところを目の前で見たことがあるぞ」パパスが真剣な顔で言った。
「肝に命じておきます」イルタも笑顔を引っ込めて、頭を下げた。
「城を出るのは久々じゃないの?」ユニがパパスのジョッキを片付けながら、声を掛けた。
「外は最高だよ。城は嫌いだ」パパスは上機嫌で笑った。店中に轟いた笑い声に驚いて、食器を洗っているスアンがビクッと肩を震わせて、ガチャンと派手な音を響かせた。シンクに食器を落としたようだった。
「おいラートンや。俺はそろそろ城を出るぜ」笑いを収めた後で、パパスが言った。
「わかりました」ラートンは冷静に答えた。
「哲も連れて行くからな」パパスが何気なく言った。
「なんだって?」俊が口を挟んだ。
「あいつはよくない。少し距離を置くべきだ……城と、夏季から」
「嫌がるだろうな」アレモも会話に加わった。
「こないだの遠征でも真っ先に狙われたんだろ。魔女はまだ狙ってやがるぜ」パパスがラートンの方に身を乗り出した。
「本当か?」ラートンが聞いた。
「哲の目を通して夏季を付け回している」パパスが言った。
「狙いは夏季なのか?」イルタが眉を上げた。
「違うと思う」ラートンが言った。
「俺もそう思う。魔女は人の喜ぶ顔を見るのが嫌いな奴だ。夏季を攻撃することで悲しむ人間が何人かいることをわかってやっている」パパスが言った。
「かつてのクロ・アルドと同じようにか」ラートンが相槌を打った。
「比較的手を出しやすいと踏んでいるんだろう。哲を通せば簡単だと」パパスの顔が曇った。
「見張り役を買って出るわけか?」ラートンが値踏みするように、パパスを見て言った。
「俺がべったり張り付いているとわかれば魔女も警戒するだろう」パパスが力強く答えた。
「わかった。あなたにまかせる」ラートンが即座に言った。
「そうこなくちゃ。ついでに哲を鍛えといてやるから」
パパスは胸をドンと叩いた。
「鍛えるって鍬の使い方を?」
突然発せられたカウジの高い声で、一瞬その場が静まり返り、それからドッと笑い声が起きた。ラートンも可笑しそうに微笑むのを見て、カウジは食べながら塗りたくっているとしか思えない大量の食べカスを、口の周りにつけたままで、満足げに笑っていた。

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