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闇夜の蝶

第二章/ドクラエをめぐる冒険

船頭は浜辺にうつ伏せで倒れていた。意識はあったがずっと「食った食われた」の妄言を繰り返すばかりで簡単な会話をすることもままならない。ラートン、哲、夏季は、小舟にドクラエの苗と砂まみれになった船頭を乗せると、不慣れながらも自分たちで櫂を使って漕いだ。河の流れを横切るのは簡単ではなく、何度も小舟が櫂を軸にして回転したが、時間をかけて対岸まで渡りきった。
3人は、来るときには霧に隠れておぼろげだった古城だったが、夕日を背景にしてくっきりとしたその輪郭をしばらく眺めていた。
「次に来るときには」哲がつぶやいた。「もっとにぎやかにしてやりたいな」
「静かにしたくてもできないでしょ。俊と倫がいれば」夏季が言った。
「最高の手向けとなることを望む」ラートンも、言った。
あの雨風に晒されてぼろぼろになっていた玉座の前に立つまではとっくの昔に過ぎ去った物事が煩わしい様子だったラートンは、胸中に何かしらの変化があったようでいつまでも城のシルエットを見つめていた。

3人が小舟があった船着場で陸地に降り立つやいなや、誰かが走ってやってきた。
「シエ王子!」宿場の自警団長のシーマ・バトルスが駆け寄ってきた。「ご無事で」
「この方は無事とは言えないが」ラートンが目を見開いたままで小舟に横たわっている船頭の方を見やって言った。
「くそ。峠を越した先は想像以上の危険区域か。以前とはまったく状況が変わってしまったのだな」シーマが奥歯を噛み締めて、悔しそうに顔をしかめた。
「どうしてここへ? 峠を越えてきたのか?」哲が口を開いた。
「あなた方が旅立ってからあれだけの悪天候だったろう。心配になってな。それから、白い光の波だ。目撃情報をかき集めると、方角的にはトラルの地の方から発生したようだったから」
ラートンを中心にして放たれたように見えた白い光の波がそこまで広大な範囲に渡っていたのかと驚いた夏季は、ラートンの横顔をちらっと見た。ラートンはシーマや哲と一緒に船頭を運んでいる。船頭は、意識が混濁しているものの身体を支えてやれば足は自発的に動かすのは幸いといったところか。

一行は再び峠を登ったが、登り始めたのがすでに夕刻であるのと船頭を順番で支えなければならないのもあり、山頂近くの洞窟で一晩を過ごすことにした。
「山小屋に手入れが行き届かず面目無い。まさかあれほど天候が荒れるなど、一年を通して1回あるかないかという感覚でな」地面にあぐらをかいて座るシーマが手元のカップから飲み物をすすりながら言った。パチパチと小さな音をたてる焚き火が、薄く入った目尻のシワを際立たせる。
「このような、ちょうど夜を明かすのに手頃な場所を見つけて命拾いしたんだ。あの雨風をしのげなければ危うかったと思う」ラートンも何かしらの肉や根菜のようなものが刺さった串を手にしている。
「我々もこの辺りは大して散策しないので、このような洞穴があるとは知らなかった。さすがだな」シーマが手放しでラートンを褒める。
「必死だっただけさ。何がなんでも生き抜かなければと……」三人で、と付け加えることもできたのだが、ラートンは言葉の続きを飲み込んだ。哲や夏季の前でそれを言うのはなぜだか悔しかった。他者に寄りかかるのは好きではない。
「わたしたちが不甲斐なくてラートン隊長に無理をさせてしまったんです。もっと強くならなきゃ」夏季が神妙な顔で言った。伏せがちな目が暗く、深い後悔が影を落としている。
「心強いじゃないか。聞けば君はシエ王子の数少ない喧嘩相手なんだとか?」シーマが目を細めて言った。
「喧嘩? 誰がそんなことを言うんですか?」夏季は周りをキョロキョロと見渡した。何食わぬ顔でささやかな夕食をほおばるラートンに目を留める。夏季が目を見開いて、息を吸い込んだ。
「あなたがあんまり理不尽で非情な仕打ちをするからです!」夏季の声が大きくなった。「誰だって言い返しますよ!」
「そうでもないようなんだがな」シーマが可笑しそうに笑って、首を横に振った。「上司に楯突くなんて怖くてなかなかできないもんだぞ。下手したら首が飛ぶんだから……」
「大した内容ではないしだいぶ前のことだからな」ラートンは笑わず、静かに言って、シーマに冷たい視線を送った。それから夏季の方を見て言った。「君の話を持ち出して悪かった。不愉快だろう」
「え。まあ。いや。大丈夫です」夏季はラートンが謝ったことに少し驚いて、しどろもどろになって言った。「もう言い返したりしないので」
シーマが一人だけ笑っていた。ラートンは少しだけ、微笑んでいるように見えなくもない。夏季はラートンの表情を見てほっとため息をついた。哲は我関せずといったしらけた顔で食事の皿をフォークでつついている。
「どうだった? トラル国は」シーマが話題を変えた。むしろ瞳が輝いており、いよいよ本題に入ったという雰囲気だった。
「ああ。実感はまるでないが、たしかにあったな」ラートンは表情を変えないように努めているようだった。
「なんとか復興したい気持ちがわかるだろう?」シーマがずいずいとラートンの方に身を乗り出した。
「玉座があった」ラートンが言った。
「そうか!」シーマが喜んで言った。
「その存在感たるや……といったところか。思わずひざまずいたというのが正直なところだ」ラートンがしみじみと、その日の気持ちを噛みしめるように、言った。
「なんだって!? 座ってみたのか!? あなたは王族の末裔だ!!」シーマは苛立ちもあらわに、興奮気味に大きな声で言った。
「……神聖さを感じてそれはしなかったが」ラートンはシーマの剣幕に顔をしかめて、うるさそうに言った。
「怒ってますよ」夏季がシーマにはっきりと言った。
「表でやってくれ」哲がぽつりと言った。
「ラートンが怒るとどうなるんだ!?」シーマが今度は夏季に詰め寄った。
「手が出ます」夏季が素直に言った。
「ぶっは!」吹き出す哲。しかしラートンの視線を感じた哲は両手を口に当ててそれきり口を開かなかった。
「なるほどな。さすがはトラルの末裔シエ王子だ。それくらいの気概がなくちゃあな」シーマが関心したように、いたって真面目な顔で、頷いている。
「無事に任務を達成されたようだし、魔女の幻影を倒してくれたんだろう。簡単な宴の席でも設けようかと思うのだが」ところで、というように、シーマが明るく言った。
「丁重に断る」ラートンが即座に言った。
「そんなに帰路を急ぐ理由は? 身体も癒えないだろうに」シーマが肩を落とし、ラートンが怪我を負っている肩を見ながら言った。
「俺の帰りを待って心配する者もいるし」ぼそぼそとラートンが言った。
王女のことか? 夏季が心の中でため息をついた。
「伝書鳩でも使えばいいのではないか?」シーマが眉を上げた。
「その手段が安全と断言できるか?」ラートンが言った。
「正直なところ、わからない。俺自身は伝書鳩を飛ばしていないから」シーマがポカンとした顔で答えた。
「把握してないものを勧めるとは」ラートンがあきれたように、目線でシーマを責めた。
「それもそうかもしれないが。この辺は不思議と悪いものが寄ってこない。トラルの力だと俺は思っている」シーマは真面目な顔になって言った。
「過信はよくない。目に見えないものについては特に」ラートンの眉間にしわが寄った。「本当に、気をつけたほうがよい」
「王子に心配していただけるとは光栄至極」シーマがにこりと笑い、ラートンに頭を下げた。
ラートンは恭しいシーマの態度に困惑した様子でしかめ面を返していた。
「食った。食われた」意識が混濁していた船頭が、突然口を開いた。
「ああ。安心して食え。俺たちが面倒を見てやるから」シーマが憐れむように船頭に声をかけたが、船頭と目線が合うことはなく、仕方なしという様子で食べ物を船頭の口に入れてやるのだった。
「彼にもドクラエが効くかもしれない。一株置いていく」ラートンがその様子を眺めながら言った。
「貴重な株だろうが、言葉に甘えることにする」シーマが船頭の口を拭いてやる。
「取り急ぎ魔女の幻影は去った。必要とあれば自分たちでトラル跡地で入手するがいい。これも置いていくよ」 ラートンはトラル跡地でドクラエの苗を見分けるのに使った資料の束をシーマに手渡した。
「面目ない。そちらの好意はいつかの機会に返すとしよう」
「俺たちこそ世話になった。おかげで遠征の目的を達成できたのだから。それから、そう遠くないうちにリカ・ルカ討伐隊を連れてそちらと合流するだろう。その時はまた協力をお願いすることになる」
「御意。こちらとしても知り得なかった情勢を把握することができた。これからは来るべき時のために準備を進めていく所存だ」
シーマ・バトルスとシエ・ラートンは互いに目を合わせて、固い握手を交わした。夏季と哲も礼を言いながら、シーマと握手した。

峠を下りて宿場町に戻るとすぐに預けていた馬を受け取った。一行は帰路につく。
クララと再会した夏季は愛馬と鼻筋を擦り合わせている。
「その馬がいちばん厄介だった。俺たちを蹴ろうとしやがるばかりでどうにもならなかったよ」
シーマがやれやれと首を横に振った。
宿場で買い足したのに加えて、自警団からも餞別としていくらかの食料を受け取り、荷物は整った。

空は晴れ渡っている。風もなく潮の香りは遠のいていく。
夏季は少し前方を歩くラートンの背中をぼんやりと眺めていた。
彼がトラルの国の末裔ということは、王子様や王様になっていたかもしれない人。
彼の人並み外れたオーラというか、甘さだけではない気高い顔立ちも、妙に納得できるような気がした。
ベラ王女と並んでいて違和感がない。
わたしなんか、ラートン隊長と並んだら、まるで別の生き物のようだ……。
夏季は自嘲して、大きなため息をついた。
「無理するなよ」
哲がぼそっと声を掛ける。
哲は相変わらず過保護なくらいに夏季を気遣う。
旅の目的を達成したうえに幻影といえども魔女を撃退できた安心感と疲労感から、夏季は考え事ばかりしていた。
バトルスが訴えたようにトラル国の領主になるとすると、彼とベラ王女の関係はどうなるのだ? などと。妄想にふけることができるのも仲間の頼もしさがあってこそだった。

ときどき休憩をはさみながら、日が落ちて来た頃には森にたどり着き、一行はそこで野営を構えることにした。
「少しはトラルへの気持ちが強くなったんじゃないですか?」哲がずけずけと言う。魔女との邂逅を経てから哲の気持ちがだいぶ大きくなっていたというか、緩んでいるとも言えた。
「それはどうかな」ラートンはしらっと受け流した。「今は個人的なセンチメンタルよりも目の前の危機に集中したいところだ」
それはやはりベラ王女のためでもあるのだろうと、夏季は火にかけた鍋の様子を見ながら考えた。大切なベラ王女の王国なんだもの。ラートン隊長の忠誠心はゆるがない。なにがなんでも国と彼女を守るつもりなんだ。
「ベラ王女があのような宙ぶらりんな立場にあるのも『悪政の5年』の一連の出来事の名残だ」夏季の思考とリンクしたように、ラートンの口から突然王女の名前を聞いて、夏季は顔を強張らせた。「彼女もまた最大の犠牲者の一人。かわいそうな人だ。俺はまだマシだ。自分の居場所がわかっているから」ラートンの口調はいつになく悔しそうだった。
「隊長が責任を感じることはないだろう。そんなことまで面倒みてたらそりゃまるで自分の娘だ」哲が眉を上げて言った。
ラートンが少し驚いた顔をしてから、クックッと可笑しそうに笑った。哲は青ざめた顔で愕然としている。夏季は二人のやりとりを見て声を上げて笑った。
「そんな顔やめてよ哲」夏季が腹を抱えている。
「だ、だって……。あの人が。笑ったから」
「図星すぎて」ラートンが目尻を指でぬぐって言った。「娘か」
哲がおそるおそるラートンの様子を見ながら、口を開いた。
「だってそうでしょう。まるで保護者だ。いくらなんでもそこまでしてやるのかっていう。ベラ王女一人だけが可哀想なんておかしいだろ。世の中を見渡せばほんとにいろいろな境遇の人間がいるんだから」
「思いつめたときに、君の言葉を思い出すことにするよ」
夏季と哲は顔を見合わせた。夏季は笑うのをやめた。
ラートンはベラ王女のことでかなり頭を悩ませて苦しんでいるようだった。
「たまにこうして城の外に出るのがちょうどいいのかもしれないですね?」
夏季はラートン隊長に言った。
「それもまた王女を説得するのがなかなか難儀でね」ラートンが微笑んで言った。
「隊長もいろいろ大変なんだな」哲がため息混じりで、肩をすくめて言った。

帰路の半分程度を進んだ頃だろうか、ラートンがそれまでに見ていた地図とは違うものを取り出して眺めはじめた。それから、進行方向を変更した。それまでは道なき道というのか、わずかにくぼみのある、人が通った形跡のある場所を通っていたのだが。
「どこに行くんですか?」
怪訝に思った夏季がラートンに尋ねた。
「ユエグ家に向かう」ラートンは地図に目を落としたままで答えた。
「ああ。馬車の親子の?」夏季が言って、セボを出立してから間も無く行き違いになった親子から、ラートンが家屋の鍵を受け取っていたことを思い出した。
「食料の補充ができるってことだな」哲が言った。
器用に地図を持ったままで馬を乗りこなすラートンの後に二人が続き、日が落ちる前に、荒野の真ん中にぽつりと立つ一軒家にたどり着いた。
空の小さな厩舎に馬をおさめて、3人は建物の正面ドアの前に立った。
「丁寧に鍵つけてるけど、蹴ったら開きそう」哲がぼそっと言った。
「誰かが来ることなど無い荒野だからな。ごろつきですら寄り付かないだろう」
ラートンがそう言って、丁重に鍵を開けて扉を開いた。
ベッドが二つと、ソファが一つ、少し傾いている粗末なダイニングセット。綺麗に片付けられたキッチンが見える。夕刻のオレンジ色の光が閉められたカーテンの隙間から差し込んでいる。
「やった! ベッドで寝られる……あ」
夏季はつい願望をもらしたが、3人に対してベッドの数が足りないことに気付いた。
「わたしはソファで構わない。そのベッドはもう堪能したから」
夏季と哲は顔を見合わせた。ラートンはおそらく荒野での療養生活のことを言っているのだった。
「お風呂も使えたりするのかな?」夏季が期待を込めて言った。
「お湯はあまりキレイじゃないかもな。水浴びならいけるんじゃない? 外に井戸があったし。先に入れば?」哲が、室内をきょろきょろと見渡しながら、言った。
「いいの?」夏季が遠慮がちに、しかしもう我慢の限界とでも言わんばかりに、瞳を輝かせて言った。
「ああ」哲が快諾して、
ラートンもこくりと頷いた。
「やったー!」夏季は自分の荷物の中から着替えや手ぬぐいなどを大急ぎでかき集めると、小さなドアに駆けてゆき、開いてすぐに閉じた。「トイレだった。こっちね」隣のドアを開けて中に突進していった。

「ふう」哲は一つのベッドに腰掛けた。少しほこりが舞った。
ラートンは、剣を納めたベルトを外してソファの近くに置いた。
「なんで気にしないんだろう」哲がひとりでつぶやいている。「男二人と同じ部屋なのに、ベッドが使えるだの、風呂がどうこうとか」
ラートンは特に気にしない様子で返事はしない。ソファに腰を下ろした。
夏季が消えた部屋からは水の音がバシャバシャと聞こえてくる。
「ていうかシャワーの必要ないだろ。自分で水出せるだろ」哲がひとりで話し続けている。それからふと思い立って、ラートンの方を見て、話しかけた。「なあ。ラートン隊長は、夏季のことをどう思っているんだ?」
「どう、とは?」ラートンは丁寧にブーツの紐をほどいている。
「トラルで夏季を助けただろう」哲が言った。
「当然のことだ。彼女は仲間だ」ラートンがさらりと答えた。
「それはそうかもしれないけど……」
哲にとってはラートンの口からすんなりと「仲間」という言葉が出てきたことに少し驚いていた。
「君も同じようにしただろう」ラートンが哲の方を見ずに言った。
「まあ、な。そりゃそうだ」哲は天井を見上げて言った。
俺と同じように。俺の夏季に対する気持ちと同じ、ってことか?

「お先に」
水浴びを終えた夏季が出てきた。着替えのズボンを履いて、上半身は胸元までさらしを巻いているが両肩は丸出しだった。脱いだ服を持ってラートンの前をつかつかと通り過ぎ、キッチンのシンクでそそくさと洗濯をはじめた。
「シャワー、ふつうに水出るよ。ラートン隊長も、哲も浴びたら?」
「……おい、夏季」哲が口をあんぐりと開けている。それから眉毛も釣り上げた。
「何?」夏季が何食わぬ顔で振り向いた。
「服を着ろ」哲が目をひくひくとさせている。
「着てるけど」夏季が言った。哲の言葉の意図が理解できずに困惑している。
「上も着てくれ」哲が顔を赤くしてそっぽを向いた。
「かえってこっちが恥ずかしいんだけど」そう言って夏季は胸元を隠した。
「ああ。悪かった。席を外そう」そう言ってラートンはハッとしたように、シャワールームに入って行った。
「気にしすぎじゃないの。ラートン隊長は何も気にしてなかったよ……」夏季が哲を睨みつけた。
「バカ。よく考えてみろよ。男二人と女一人で同じ部屋なんだぞ」哲が少し苛立って言った。
「なにを今さら……。もう何日も一緒に寝泊まりしてきたじゃない」夏季も少し怒り口調になった。
「屋根があるのとないのとでぜんぜん違うだろう」哲が食い下がる。
「さっぱりわからない! 哲が変なこと言いださなければ気にしなかったのに」夏季の声が少し大きくなった。
夏季はキッチンシンクの洗い物を放り出して、自分の荷物の方につかつかと歩いていくと、頭陀袋の中身を引っ掻き回してフードとして使用する大判の布をバサバサと乱暴に肩に掛けて、上半身に巻きつけた。それから夏季は腰に手を当てて足を踏み鳴らして哲の方に歩み寄った。
「これでいいかな?」夏季は冷たい視線で哲を見下ろした。
哲は片手で顔を覆い、下を向いたままだった。夏季は高校の美術の教科書でこれによく似たポーズの彫像のようなものが一瞬頭に浮かんだ。悩める人……だっけ?
そこへ、ラートンが、上半身裸の状態で部屋に戻ってきた。押し問答が起きたそばから大胆にも半裸で登場したラートンに、哲と夏季が口をぱくぱくとさせるが声は出てこない。すると、二人より先にラートンが口を開いた。
「傷口を処置してくれないか」
なるほど、という顔で、哲と夏季は顔を見合わせた。

哲がラートンの肩の傷口にガーゼを当てる。夏季は包帯を手に隣に待機していた。哲が包帯の扱いにまごつくと、ラートンが自分で包帯を手に取り、脇の下から肩の上に向かい、ぐるぐると手早くきつく巻いた。
「すまない」ラートンが包帯の端を口にくわえながら言った。
「こ、こちらこそ役に立たなくて……」夏季が恥ずかしそうに言った。
ラートンが急に窓の方に視線を向けた。
「どうかしました?」夏季が声をかけた。
「何か居たような気がして」
哲と夏季は不安げに顔を見合わせた。
三人は外に出て、小屋の周囲を見回った。何もない荒野なので誰かいればどこかに影でも見えそうなものだが、辺りには人の気配はなかった。
「気のせいじゃないかな? 隊長だって疲れているんだろうし」哲が夏季に声をかけた。
「だといいんだけど……」夏季は不安げに、それでもまだ辺りを注意深く見渡していた。しかし当然ながら辺りは闇で、何かが見つかるとは思えなかった。
二人が玄関ドアに戻ると、ラートンが空を見上げていた。
「誰もいませんでした。なにかありました?」
哲が皮肉っぽく、ラートンに問いかけた。
夏季はラートンと同様に空を見上げた。空一面に、星が輝いている。
「きれい」
三人は揃ってしばらく満天の星を眺めた。
「こんなことをしている場合ではないのに、目を離せなくなる美しさだ」
ラートンがぽつりとつぶやいた。
「わかります」
「見惚れるのも仕方ないよな。こんなにキレイな星空見たことがない」哲もため息をついた。
夏季は、見上げた空で何かが飛んでいるのが見えた。
鳥だろうか。しかし夜間に飛ぶ鳥もめずらしいものだろうし、羽ばたきが少しせわしなくも見える。コウモリだろうか? 蝶に見えなくもない。だがそれこそ夜間に蝶が飛ぶなど、セボではふつうのことだっただろうか?
夏季は空を飛ぶものが気になりながらも、再び星々に意識が傾いていった。考え事をするにはあまりにも空が美しすぎるのだった。

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