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遺跡での邂逅

第二章/ドクラエをめぐる冒険

ボロ布をまとった老婆がしがみついていたアーチから手を離して、四つん這いでスタッと地面に降りた。
「待ちくたびれたさ」
鷲鼻の上の紫色の瞳は、ラートン、哲、夏季へと、1人ずつぎょろりと見渡していった。
見た目だけではない、おぞましさへの嫌悪感で、夏季は鳥肌が立った。
ラートンが目にもとまらない速さで間合いを詰め、老婆を切りつけた。
しかし老婆の陽炎はゆらゆらと消えて、次の瞬間には夏季の背後に立っていた。
老婆は長く伸びた爪で夏季のうなじにある痣をつついた。
「やめて!」
夏季が叫んだ。首の後ろを手で押さえて膝をつき、地面に倒れこんだ。
「何しやがった!」
哲が魔女に飛びかかり、右腕を大きく振りかぶった。拳にまとった竜巻が身体よりも先に飛び出したが、魔女はそれをひょいとかわした。魔女は鼻の付け根にしわを寄せて舌打ちをする。
「失礼にもほどがあるね。待っていてやったのにいきなり戦闘かいな」老婆はため息混じりに両手を組み合わせて締め上げる仕草をした。「忘れたのかい。彼女の首には『黒』の印があること」
夏季の首の周りには小さな稲妻がまとわりつき、バチバチと音が鳴る度に叫び声があげる。やめて、と口の形は動くが声は出てこない。
ガキンと金属音が鳴り響く。ラートンの剣を魔女が太い杖で受け止めた。杖は木の枝のようにごつごつと節があり、ドクロのような気味の悪さがあった。交えた武器は互いの腕力が拮抗して小刻みに震えた。
「おや。怒っているのかい?」交錯する武器の向こう側で魔女が冷めきった無表情で首をかしげた。「さっきから言ってるように彼女は人質なんだからあいさつもそこそこに食ってかかるなんてお利口じゃないと思うよ」
魔女がラートンの剣を捌き、喋り続けた。
「わしは貴様を傷つけるのはあきらめたんだがね……どうせ少し傷つけたところで大したダメージにはなるまいさ」老婆は杖をドンと地面についた。「あらためて言わんでも知ってると思うがわしはこの土地の者が苦手なんだ」
「おとぎ話程度にはな」ラートンが低い声で言った。まるで疼いてしまうのを抑えるかのように、何度も手元の剣の柄を握り直している。苛立っているように見えなくもない。
「しかーし。彼女には印があるから望むとおりのあらゆる苦しみを与えられる」
魔女は杖で地面に転がる夏季を指した。夏季の悲鳴は止まず地面をのたうって苦しんでいる。
ラートンは淡々としてみえたが、瞳は燃えさかっていた。
「ほう。それにしても珍しいことじゃないかい? まさか貴様が王女以外の人間に気持ちを傾けることがあるとは……?」リカ・ルカがしみじみとつぶやいて、目を細めた。
「大切な『使い』の一人だからな」ラートンが剣を構え直した。「それもわかってやっているんだろう」
「なるほど? 貴重な戦力を削られてはたまらんとな?」魔女が黄色い歯をむき出しにしてニヤリと笑った。
哲が怒りの咆哮をあげ、魔女の脇腹に拳を当てた。魔女は吹っ飛びながら、哲に向かって杖をブンとひと振りした。そして身体を丸めて地面を転がると、地面に手をついてすぐに身体を起こした。
哲の焦げ茶色の瞳が紫色に変わり、顔を上げるなりラートンを睨みつけた。
「少し休憩」
魔女は地面に横たわる夏季の隣に腰を下ろして深く息を吐いた。夏季が痛がる様子は突然止まり、地面に横たわったまま膝を抱え、全身を震わせて涙を流している。
「お前たちは寄ってたかってわしのような婆さんを殺そうとするなどどうかしておるな」魔女は骨と皮のような骨ばった脚を投げ出して、クククと笑った。
ラートンは哲が繰り出す風の鎌を剣で受け止めた。
「目を……覚ませ……」ラートンが哲に呼びかけるが、相手に言葉が通じている様子はない。哲の顔は激しい怒りにゆがみ瞳は不気味な紫色に染まっている。下手に攻撃はできず、哲の怒りにまかせた攻撃にラートンは防ぐので精一杯だった。剣で防ぐ度に小さな風の刃がラートンを少しずつ傷つけていく。
「っふー。つまらん。動きが少ない」
リカ・ルカが手のひらを彼らに向けると哲とラートンの間に稲妻が生まれ2人を弾き飛ばした。
すぐに哲が走り出して両手に風の鎌を握り低い姿勢でラートンに突進していく。2人がすれ違うタイミングで哲が鎌を振り抜いた。ラートンも一瞬で剣を振り抜く。
「良い身のこなしだのう。今のは少しおもしろかった」リカ・ルカが感心して頷いている。
ラートンが肩を抑えて膝を折った。哲が振り向き、ふたたびラートンに向かって鎌を振り上げる。
「休憩終わり」
リカ・ルカは呑気に言ったかと思うと、隣でうずくまる夏季を睨みつけた。
「本当は六季の目の前で殺したかった」リカ・ルカの目からとつぜん大粒の涙が溢れてぼたぼたとこぼれた。
夏季の首の周りは稲妻の鎖で囲まれた。そしてバチバチと激しく鳴りながら締め付ける。首に鎖が食い込み、夏季が再び叫び始めた……。

ラートンの咆哮が響き、白い光の波が波紋のように広がった。夏季を痛めつけていた鎖がすうっと消え、ラートンに斬りかかった哲は後方に飛ばされて倒れた。リカ・ルカは突然の光に目を覆いしゃがみ込んだ。
「目が、目がああぁぁぁ」
すべてが真っ白に染まったと思われた直後、光が止み、辺りは静かになった。夏季とリカ・ルカのうめき声。ラートンの荒い息遣い。哲は気を失っているようで目を閉じて横たわっている。海岸のある方向から波の音が聞こえる。
「ほーお。死んだ『闇使い』と共にてっきり滅んだものと思い込んでおったが……。そうか。その危うい力は貴様に宿ったのだな。かつてわしが手中におさめた愛しい力……」リカ・ルカは恍惚の表情でラートンに手を伸ばした。「守るものが出来るのは弱みが出来るのと同義。せいぜい気をつけなはれ」
その時、リカ・ルカが驚愕の表情を浮かべて目を見開いた。彼女の心の臓があるあたりを白い龍が突き抜けた。
リカ・ルカは一瞬にして消え去った。
リカ・ルカが消えた背後には、地面に這いつくばったままで手を突き出した夏季の姿があった。息は荒いが、眼光は鋭くリカ・ルカの居た場所を睨みつけていた。
白く光り輝く水の龍は夏季の元に戻って額にこつんと触れるとすぐに水に戻り地面に溶けて消えてしまった。
ラートンはその場に膝をつき、しばらく夏季と向き合って、互いに目を合わせるでもなくただ息を整えていた。
それからラートンが口を開いた。
「良い一撃だ」
「あなたも」夏季は少し笑った。そして顔を伏せて、息を整えた。
ラートンは膝をついたまま天を仰ぎ目を瞑った。
哲が「ううっ」と唸り、目を開いて身体を起こした。
憔悴しきって膝をついているラートンは顔や手は小さな切り傷だらけで肩から血を流している。夏季は土と汗にまみれてドロドロだった。
「あれ。魔女は?」
きょとんとして周囲を見回す哲を見て夏季は、操られて幸いだったのかもしれないと、彼をうらやましいとさえ思った。

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