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第一章/森

そんなわけで、3人は俊を先頭に、夏季をしんがりに、歩いていた。小道に沿って行き当たりばったり、方角など分かったものではない。
「さっきの場所、倫さんのところに戻れるかな?」
哲がぽつりと言った。
「あいつの心配してるのか?一人でも平気って言ってただろ」
俊は全く気にしていない様子だ。
「平気なわけないだろ」
哲が呆れて言った。
「本人がああ言ってるんだから大丈夫だって」
無意味に楽観的なのは気に入らないと、哲は思った。

夏季はキョロキョロと辺りを見ていた。
目が届く限りでは特別何もないのだが、どうにも寒気が治まらない。その原因が知りたくて、なにかないかと目を凝らしていた。

「なあ、ここに来る前に女の子を見なかったか?」
哲が質問する。あの少女が、よほど気になるようだ。
「女? そこら中にいたよ。俺の誕生パーティーがあったからな」
「おめでとう……そうじゃなくて、ステッキを持ってる女なんだ」
「どんな女だよ。足でも悪いのか?」
「いや、そうは見えなかったな」
ふと、夏季は何かを聞いて、立ち止まった。
「夢見てたんだろ。俺、ここで起きる前に変な夢を見たんだ。火で炙られるんだぜ。ありゃ熱かった」
「俺の話は夢じゃあない。夢を見る前のことだった。夢はそれと別で見たから。俺は風にまかれて空を飛ぶ夢だった」
「そっちの方がいいな。楽しそうじゃん。おい、えーと、もう忘れたよ名前。嬢ちゃん!」
「夏季だろ。あんたが自己紹介させたのに! おい、夏季、夏季?」

夏季の姿は無かった。

(こっちの方から、誰かの声がした。)

夏季は確信を持って進んでいた。しかしそこに道はない。茂みをかき分け、奥へ、奥へと森を進んで行く。さきほどの夢で、母が言った言葉が気になっていた。

『父さんに会えるわよ』

(予感がする。ここに来たのは、父さんになにか関係あるんじゃないかって)

そのとき、目の前には道がないどころか、土地がなくなっていることに気付いた。

崖だった。

夏季ははっとして、足を踏み外す寸前で立ち止まった
「あ、危なかった……!」

「おーい、お嬢!」
「夏季だってば。おい、夏季ーー、なにやってんだよ!」
哲と俊が、手を振って近づいてくる。
「勝手に消えるな!」俊がしかめ面をして見せた。
「ご、ごめんなさい……」
夏季は二人のことをすっかり忘れていた。

ガラッ

足元が崩れた気がした。

「え?」

夏季は足を滑らせ、姿を消した。

「おい!!!」
二人が駆け寄る。

崖を覗き込むと、少し下の方で、夏季の手はかろうじて斜面の出っ張りをつかんでいた。左手の爪が2枚はがれている。
(いったーっっ)
手の痛みと、この状況、どちらのことを考えればいいのか。うまく頭が働かない。
「手を!」
俊が手を延ばす。
「た、助けて…。」
「片手を延ばすんだ!」
哲が叫ぶ。
夏季は手を延ばすが、あとちょっとのところで俊が差し伸べる手に届かない。
「がんばれ!あと少し……」
崖をつかんでいる手が、土の塊もろとも宙に浮いた。
夏季の悲鳴は下へ、下へ、落ちて行き、闇の奥に消えた……。

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