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宿場にて(前編)祭の夜

第二章/ドクラエをめぐる冒険

黙々と続けた踏破は長く退屈なものだったが、景色に変化があったのは6日ほど馬の歩みを進めた頃だった。荒野が終わり、草がまばらになり、丈も高くなっていく。やがて木々が見られるようになった。セボ近辺にあるものとは少し種類が違うようだった。背が高く、枝がない。まっすぐ伸びた幹の先から、長く大きな紡錘形の葉が吹き出したマグマのように垂れ下がっている。
道らしい道が出現したタイミングでラートンが馬の歩みを止め、地図を取り出して眺めていたかと思うと、やがて口を開いた。
「もうすぐ小さな宿場町がある。今夜はそこで休もう」
哲は小さくガッツポーズを見せた。夏季もホッと息を吐いた。毛布や枯れ草を敷くとはいえ何度も寝返りを打って地面で寝るのもそろそろしんどくなってきたところであったし、小さな林と泉を見つけて顔を洗い身体を拭いたとはいえ、時間をかけてシャワーを浴びることができるとなると、気分がパッと明るくなった。
乾燥されたドクラエの実は常に持ち歩いておりときおり口の中で転がしていた。貴重なものなので多用はしないのだが、毎日一粒ずつ口に含むと、少しずつ、少しずつ、首筋の痣が小さくなっていくのだった。コツコツと痣を小さくしていることで今ではほとんどその影響を感じない。だからだろうか、ドクラエの植物を生きた状態で確保することにそれほど強烈な使命感を持っていないのだが、仮に自分以外の人間が同じような想いをするのは見ていて耐えられないはずであり、達成できるかはまだわからないけれど、自分の力がおよぶ限り、取り組むのだと前向きに思うようになっていた。
ラートンが持つ地図を盗み見たところ、これまでに進んだのは道程の4分の3ほどになるようだった。宿場町を出た先には、小ぶりな峠と、大きな河。その河が流れ出る先は海で、その海岸沿いに「トラル」の国の文字がある。
やがて小道の途中に門が見えた。宿場町の入り口だ。近づくとアーチに看板がぶら下がっており門番が二人立っている。
「旅のお方。ようこそ宿場町へ」門番のうちの一人が口を開いた。黒い兜に隠れた目は見えないが、口元は微笑んでいる。
「通行料か?」ラートンが率直に尋ねた。
「わたくしどもは徴収しておりませんが、町に入られてから専門の担当による調査があるかもしれません」門番がスラスラと答えた。
「変わった仕組みだな。必要ならばここで払ってしまいたいのだが」ラートンが言った。
「ここのルールなので。今はちょうど祭の季節でありまして。あらゆる料金が割増となっておりますこと、ご了承ください」
「祭ね。どんな祭なんだ?」哲がうんざりしたような口調で言った。疲労のために早く休みたい気持ちを丸出しだった。
「海の波が静まるように祈るのです。その昔大きな波に王国が飲み込まれたのが始まりだと聞いております」門番が言った。それからふと、 一行が乗る馬が腹に下げている青い布地に目を留めた。「……ああ。その旗は」
「何年ぶりでしょう。このような辺境まで長旅お疲れ様です。馬は門の裏で丁重にお預かり致します」門番は丁寧に、深々とお辞儀をした。
「やはりセボからこの辺りに来る者は少ないだろうな」ラートンが、独り言のように、ぽつりと言った。
「あまりにも、距離がありますもので。さあさあ、お通りください」門番が淡々と促した。

3人は馬番に馬を預け、必要な荷物だけを持って宿を探しに町を歩いた。夕刻にさしかかるがにぎやかだった。ちょうど、飲み屋が扉を開けて客引きをはじめる頃合いで、人の往来で混雑している。人混みの中で時折、門番と同じ黒い甲冑を身につけた屈強な男たちが目についた。
「あれは、格闘家か?」哲が黒い甲冑の二人の背中をじろじろと見て言った。二人揃って筋肉隆々で、がっちりとしたシルエットだった。
「自警団か何かだろう。町の雰囲気が悪くないのは彼らのおかげかも」ラートンも哲と同じ方を見ながら言った。
「セボでいう兵士みたいなもの?」夏季が言った。
「公式なものではないと思うが……」ラートンが言った。
「飲み屋と、宿屋しかないみたいだな。セボの城下町とはずいぶん違う」哲がキョロキョロと、辺りを見回しながら言った。
「ほんとにね。子供がほとんどいない」夏季はふと、元いた世界の、飲み屋が立ち並ぶ駅前の繁華街を連想した。
「民家は別の地区なんだろう」ラートンが言った。
彼らが見たとおり、宿探しには困ることがなく、文字通り片っ端から順に空室の有無を尋ね歩いた。一軒目は満室で断られ、隣の宿は一部屋しか残っておらず、三軒目はかろうじて二部屋が残っていた。
「祭さえなければこんなに混んでいることもないんだけどね」カウンターの恰幅の良い女主人が快活に笑った。「お代も祭価格なんだ。悪いね」
「屋根のあるところに泊まれるならばなんでも構わないさ」ラートンはカウンターにもたれかかって、相手を急かすでもなく相槌を打つようにさらりと言った。
「夕食はまだかい?」女主人が大きな身体を乗り出した。
ラートンが「ああ」と短く答えた。
「だったら隣の店を勧めるよ。別に結託してるわけじゃあないけど、そこそこ美味いものが食べられる。せっかくここまできてわざわざ不味いものは食べたくないだろう?」
「それもそうだな?」ラートンがふふっと笑った。夏季の目にはそれが愛想笑いのように映った。
三人は、宿屋の主人の言うことを素直に聞き、隣の建物のドアを開いた。カウンターには明らかに宿屋の女と同じ顔の男が立っていた。席はぼちぼち埋まりはじめたところといった感じで、閑古鳥が鳴いているわけではなさそうだった。
「結託もなにも家族経営じゃないか。見たかあの顔。双子だろ」三人でテーブルを囲んでから、哲が言った。
料理は、ユニの店ほどではなかった。しかし、野宿が続き似たような調理ばかりだったため、そのおいしさは割り増しされて感じた。夏季は目を閉じて、口の中の味付けの濃すぎる煮魚を噛み締めた。
三人とも、無言で料理を食べた。哲も夏季と同じように、食事のありがたみを噛み締めているようだった。ラートンはいつもと変わらず、野宿のときさえもそうなのだが、静かに淡々と食事をするのだった。
ふと、テーブルの脇にある絵画が目に留まった。風景画なのだが、この町に着く前に目にした背の高い木が描かれている。
「この辺りの木は、変わった形をしていますね」夏季が絵を見ながら言った。
「海が近いからだ」ラートンが言った。
「へえ。セボは内陸だったんだな」哲が言った。
確かに、言われてみれば地図でセボは真ん中に配置されており、四方を荒野や森に囲まれている。
ひとしきり腹を満たしたタイミングで夏季が口を開いた。
「ラートン隊長の……その、先祖様というのは、漁師さんでしょうか?」
哲が吹き出した。
「だってこれだけ海が近い場所にあるんだからさ」夏季が少し顔を赤くして、質問の意図を説明した。「セボでは魚料理なんか見たことがなかったし」
ラートンは真面目な顔で首を傾げ、しばらく考えてから、口を開いた。
「よく知らないのだ。断片的に話を聞いたことはあっても、わたしも幼かったし、両親も早くに死んでしまったから。今も健在であればそういう楽しい質問にも答えてもらえたかもしれないな」
「なぜ亡くなったんですか?」夏季はラートンの方をしっかりと見て、気になっていたことをポロッと口にした。
哲が度肝を抜かれた様子で、夏季の横顔をまじまじと見つめた。それからおそるおそる、ラートンの方を見た。
ラートンは夏季の目をまっすぐに見つめ返している。怒っている様子でも、困っている様子でもない。不思議なものでも見ているようだった。
「こんな機会でもないとなかなか聞けないのかなと思いまして……」夏季が尻すぼみに言った。「本当にちょっとした好奇心なんですけど。ただ、任務を遂行する仲間として、もう少し隊長のことを知っておいた方が、いいのかな、なんて思っただけなんです」
「まあ、別に構わないさ」ラートンは観念したように、ため息混じりに言った。「そうやってわざわざ尋ねてくる人間もなかなかいない。たまには話すのもいいかもしれない。自分の思考の整理にもなるから」
確かに、セボの城下街で暮らす人間は、幼少だったラートンの両親が命を落とした事件の話などあえて蒸し返したりしないのだろう。
食事が済み店を出ると町はごった返していた。青い波しぶきを表した長い長い旗を手に手に取った行列がちょうど練り歩いているところだった。旗を持たない手にはコップに入ったお酒や、スナックなどを持ち、祭を楽しんでいる人々。小学生の頃、母と行った出店の並ぶ祭が思い出される。幼い夏季もりんご飴を片手におおはしゃぎで、ふと見上げた母の顔は意外なほどに冷静だったのがとても印象に残っている。祭に行きたいとねだる夏季に少しうんざりしながらも外に連れ出してくれた母。明らかに割高な祭の食べ物をねだる夏季に「ひとつだけ選びなさい」と諭す母。ふと頭の中をよぎった思い出に、どこにいたって祭は同じようなものだなと、夏季は苦笑いした。
3人は宿に戻り、前金を払って部屋の鍵を受け取った。

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