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遺国の地を目指して

第二章/ドクラエをめぐる冒険

ドクラエの実が自生している地として有力なのは、荒野を横切りひとつの山を越えて大河の先にあるという、かつてのセボとの友好国の跡地だ。馬を走らせたとしても片道で2周期、10から12日程度。地図を確認したが直線距離にして地図全体の3分の1の距離にわたっている。出かけるたびに旅程が長くなっていくことに夏季はため息をついた。ましてや今回は自分の力が満足に使えない状態で、ラートンの追い込むようなやり方はわかってはいるものの慣れることはないだろう。出たとこ勝負というのは常に未知との遭遇なのだから。それから、今回の目的地からさらに同じくらいの距離の位置には「ルゴシク山」の文字がある。遠くない将来、そこへ向かわなければならない運命をうっすらと思い出すのだった。
俊と倫は何やら耳打ちしあってクスクスと肩を震わせている。その内容が予想できる哲と夏季は非常にがっかりとした顔で2人を眺めていた。よりにもよってカップルになり損ねた気まずい2人を選ぶラートンの無頓着ぶりにあきれる一方で誰も指摘することが出来ない。その原因に一役買っているのが他ならぬラートンなのである。この様子を見てほくそ笑まないほうがどうかしているといったところだ。
「なぜわたしたち2人なんでしょうか」たまりかねず、夏季がラートンに疑問をぶつけた。
「君たちは仲がいいだろう」ラートンが当たり前だろう、という感じで答えた。「旅路で急襲があったとしてもその信頼関係があるからこそ期待できる。戦闘能力に次いで考慮されるべきだというわたしの考えだ。それに他のメンバーを検討したうえで決めたことでもある。倫は忙しい。俊は未知数すぎる」
倫が言いふらした噂もせいぜい下々の兵士たちの暇つぶしのネタと成り下がり、ラートンの耳にまでは届かなかったか、届いたとしても理解が及ばなかったようだった。シエ・ラートンにとって優先事項の中に他人の色恋沙汰など入っているわけがない。感知する機能を持ち合わせていない可能性すらある。ラートンが期待を寄せる「信頼関係」というものに関しては、決して仲が悪いわけではないのだが実はタイミングの悪さとしては最低ラインだとは言い出せない。それに、夏季や哲本人たちにしてみても、わざわざ下世話な話題を自ら披露できるほど、お互いの関係についての出来事を消化しきれていないのだった。

夏季は遠征の経験がない哲を手伝いながら、とりあえずは努めて懸念事項を頭の隅に追いやって、荷造りに勤しんだ。その点については哲も努力を惜しまず可能な限り自然に夏季と接してくれたのでホッとするのだった。
クソ真面目に取り組む二人の姿勢に感心した厩舎のじいさんも手を貸してくれた。
「君は元『氷使い』の娘さんだったか。どおりで見覚えのある顔だと思った」じいさんは、黙々と取り組む若者を相手にするのがうれしいようで、すこぶる機嫌が良い。口数が少ないのは単にお互いが気まずいからなのだが。
「この間君の母親がひょこっと現れてね。もう一度会えるとは思っていなかったものだからそりゃあ驚いたよ。なんでも力を貸しにはるばるやってきたんだそうな? さぞかし心強いだろうな」
「そうですね」
しかし、夏季はふと思うのだった。
母親は確かにかつての「氷使い」だが、今はその力を使うわけではない。
その上今の「氷使い」のカイハはもうじゅうぶんに新しい「氷使い」としての能力を使いこなしているように思える。
母は、なぜ、セボに来たのだろう?
「どうかした?」
愛馬のクララの毛をブラシで梳いていた夏季の手が完全に止まったので、哲が心配して声を掛けた。
「まさかね」
「何が?」
なんでもないと言おうとしたのだが、それだと哲がヘソを曲げそうだったので気晴らしがてら言葉を続けた。
「母さん、なんでセボに来たのかな、って思って」
「俺らが頼りないから訓練を手伝いに来たんだろ」哲はふてくされるでもなく、そんなもんだろという軽い調子で言った。
「母さんは元『氷使い』。新しい『氷使い』のカイハさんを見ていて手助けが必要なように思える?」夏季は再びブラシを持った手を動かした。
「まあ確かにな。それか2人で協力して力を使うとか?」哲は歪んだ鎧(あぶみ)と格闘している。
「意味なくない? わたしとオミリアの例だと力を分散させるよりは1人でフルパワーを使う方が有利な気がする」
「他の『使い』を助けることだってできるだろ」哲の手元でガキンと嫌な音を立てて部品が外れ、真っ青な顔になった。おそるおそる、厩舎のじいさんの方を見やっている。
それならば母である必要はないようにも思えた。
母に、何か目的がある?
「氷使い」の力は使おうと思えば「使える」はずなのだ。
考えすぎだろうか。

最終的にラートンのチェックが入り、細々と足りないものを確保した。例えば、夏季の剣。「水使い」の力が万全であれば必要ないのだが、長剣と短剣を一振りずつ、腰に差した。身体の左側にかちゃかちゃと武器をぶら下げる感覚は当分の間慣れそうにないと夏季は思った。
馬に乗った3人の見送りには限られた人間が現れた。
「様になってる。さすがモテ男」俊の底抜けに明るい声援を哲は無視した。「まだ怒ってんのか? ガキだな」
哲はツンと顔を背けたままだった。
「じゃあ頼んだわ。わたしが行けたらよかったけど」倫が、馬にまたがる夏季の太ももを遠慮もなくパシパシと叩いた。
「最初から行く気ないでしょ」夏季がしらっとした顔で言った。
「まあまあ。その分働いておくから。期待しておいて」倫がニヤリと怪しく笑っている。
このような倫の言葉が信頼に値すると知っていたので、夏季は茶化すことなく頷いておいた。
「いい馬ね」六季が、夏季の馬のクララの鼻の上の辺りをそっと撫でた。
「かわいいでしょ」夏季も馬の頭を優しく撫でた。
「気をつけて行ってくるのよ」六季は夏季の腰のあたりをぽんぽんと叩いた。「いってらっしゃい」
六季が手を振った。
「いってきます」夏季も手を振り返した。

城下町を過ぎ、門を出る。
草木がまばらに生えるあぜ道は以前と変わりなく、馬の横に揃いの青い旗をつけた一行とすれ違う人々は、頭を少し下げていた。しばらく行ったところで小さめの小屋ほどの大きさの荷馬車が向こうからやってくるのが見えた。
「エン! エンだわ!」
甲高い歓声と共に荷馬車の幌から小さな顔がひょこっと飛び出した。
「おう。しばらくだな」
馬の手綱を握る大男が快活に笑っている。
荷馬車が止まった。ラートンもそばで馬の足を止めたので、それに倣い哲と夏季も止まった。
「その大荷物、そこそこ距離のある遠征だな。あんだけの距離を歩いたばかりなのに大したもんだな」
パパスがごろごろと地鳴りのような声で言った。
「仕事なので」ラートンが静かに言った。
「お前さんらしい。そちらはお仲間だな」パパスがラートンの後方を覗き込んだ。
「哲です」
「夏季です」
突然声をかけられて戸惑いを隠さずそれぞれ馬の上で身体を硬くした二人が、不自然に素早く会釈をして見せた。
「俺はパパス・ユエグってモンだ。見てのとおり通りすがりの旅の者」身体の大きな男は図体に見合わない丁寧で穏やかな声音で礼儀正しく名乗った。
「お互い無事にセボに着いたらゆっくり話でもしようや。カイハも城にいるんだろ?」パパスはラートンの方に向き直って言った。
「ええ。ぜひ」ラートンが短く答えて微笑んだ。
「よかったら道中で我が家を使ってくれ。この馬車に積み込みきれなかった分、多少の食料は残してあるし、まだ井戸が使えると思う」
そう言ってパパスは胸元に下げていた錆びついた鍵を首から取ると、ラートンに投げた。ラートンがパシッと片手で受け取った。
「井戸……要るかな」夏季がぼそっと哲に言った。
「君も力が万全じゃないんだから、ちょうどいいかもな」哲が言った。
「それもそうね」夏季が肩をすくめる。
「恩に着ます」ラートンが受け取った鍵についた革紐を首にかけた。
「恩を売ったついでだから自分の希望を言っちまうが、職を探さないといけないんで心当たりがあれば紹介してくれないか?」
「あなたを待ち望んでいる者たちがすでにいますから、その心配は無用かと」ラートンが即座に答えた。
「そいつは嫌な予感しかしねえな。国のための仕事はお断りだぜ」パパスがしかめ面をした。
「健闘を祈ります」ラートンがさわやかに微笑んだ。
「まいったな。お前さんにそそのかされてはるばるやって来たのによお」パパスが首を横に振った。「とはいえ、全部が全部、あんたのせいにしちゃあいかんのはわかってる。俺だってそれなりにわきまえているつもりだ。とりあえずありがとよ。そっちも気をつけてな」パパスは深い声でそう言うと、荷馬車の手綱を引っ張った。
「エン、また遊ぼうね!」動き出した荷馬車から、少女がぶんぶんと手を振っている。
ラートンは無言だが、しかし優しく微笑んで少女に手を振り返した。
「あなたとイルタを助けてくれた、荒野の親子ですか?」夏季がラートンに聞いた。
「ああ」ラートンはそう言ったきり、しばらく馬を進めた。
「じゃあ今のおっさんが昔の『風使い』ってことか」哲が興奮気味に言った。「強そう」ぼそっと付け加えた。
「彼の言葉に甘えて、帰りは荒野の家に立ち寄ることにしよう」ラートンが穏やかに言った。
「帰りだけですか?」夏季が言った。
「行きは十分に食料もあるわけだし、帰りの分の当てがあると思えば気持ちが楽になるだろう?」
「なるほど」夏季と哲が納得して言った。
夏季は、前方を行く哲の背中と、ラートンの背中をぼやっと見つめていた。
先ほどの会話。以前だったらあのようにきちんと返事をしてくれただろうか?
荒野の親子とのやりとりを見ていてもやはり、荒野での生活が明らかに彼を少し変えたようだと、改めて思うのだった。

やがて草木が見えなくなり、土と石だらけの乾いた土地に差し掛かった。そこから先は延々と荒野が広がっている。砂煙をマントで避けながら、道と呼ぶには頼りない窪みを辿っていく。それも消えてしまったらそれからは目印の少ない土地に入る。
ラートンは手綱から手を離すと、器用に馬に乗ったままで別の地図を取り出し眺め始めた。
こんな場所をたった1人で馬で走ることなど不可能だろうと夏季は想像しただけで身震いした。
「迷うしかないな」
夏季の気持ちを代弁するように哲が言った。
「障害物が少ない分、方角さえ間違えなければほぼ直進が可能だ」ラートンが地図を見つめたまま、ボソッと言った。
ときどき地図を確認するラートンが進む方向へ、馬を進めた。

さてと。
夏季を送り出した六季は一息ついた。
わたしにはわたしのやるべきことがある……。
「六季」
突然声を掛けられて、六季の肩がビクッとはねた。
振り向くと、淡いグレーの装束に身を包んだ、背の高いカイハが姿勢良く立っていた。
「カイハ。気付かなかったわ」六季が、ホッと息を吐いた。
「わたしの部屋で、お茶でもどう?」カイハがぽつりと言った。
「いいわね」六季がにこっと笑った。
2人は連れ立って、地下への階段を下りていった。
だんだん下がっていく室温に、六季は身震いした。
「ごめんなさいね。どうも制御が追いつかなくて」カイハが言った。
「あなたらしいじゃない。『使い』としてはすばらしいことよ」六季が笑った。「そういえば娘がだいぶ世話になっているようね。聞いたわ。夏季がセボに来たときの森に不時着した件と、オミリアのこと」
「氷の洞窟のことは本当に偶然だったのよ。縁があるわね」
2人は地下室に入った。氷で作られた灯篭のようなものがいくつも置かれて、部屋はオレンジ色の光でやわらかく照らされている。 六季は1人がけのソファに腰を下ろした。
「強烈な能力が、ダダ漏れなのね」六季は鳥肌の立っている二の腕をさすった。「『水使い』のときだってあなたは強かった。……うらやましかった」
ティーカップを運んできたカイハは、驚いた顔で六季の顔をまじまじと見ている。彼女の天井を向いた尖った耳が、ピクッと動いている。
「まさか。あなたがそんなことを言うだなんて」
「そうよ。わたしらしくない。クロに関わることはなんでもかんでも、まるで自分じゃないみたいになってしまう」
「なるほどね。クロを失って初めてわたしの力を羨んだ、と。いつものあなたなら良くも悪くも他人のことなど、ましてや自分と他人を比べることなどないでしょうね」
「そうなのよ。さすがね、カイハは。年長者はなんでもすぐ理解して言葉にしてくれる」六季が手元のティーカップを見つめて言う。
「まあ」カイハは口に手をあててうふふと笑った。「けっきょくはあなたが自身の力でリカ・ルカを仕留めたのだから羨む必要もなかったわね」
「ええ。恨みは果たしたわ。だけど……」六季は顔を曇らせた。
「次の『使い』たちに託すこと。あなたは優しく見守っていて。夏季をささえてあげて」
カイハは少し、力をこめて言った。大きな灰色の瞳で六季の瞳の奥を覗き込もうとするが六季は目を合わせずに、カップからお茶をすすった。
「うん。わかってる」
六季はようやく顔を上げてカイハに微笑んでみせた。

カイハの居室を後にして地上に出ると、六季はまぶしい陽光に目が眩んだ。三日ほど続いていた曇天が嘘のように晴れ渡っていた。城にいる誰もがその日差しの明るさに喜んだが、六季だけは、今にも涙を溢れさせそうな、悲嘆に暮れた顔つきだった。ひっそりと後を追ったカイハはその表情を静かに観察していた。

日が落ち始め空はオレンジ色に染まっている。数日続いていた曇天が嘘のように暖かい日差しが降り注ぎ、昼間は暑いくらいだった。
手頃な大岩の影を野営地と決め、哲が地面に杭を打ち込んだ。そこに馬の手綱を結びつける。
3人はそれぞれ身体を休めたり荷物を整理したりと口数も少なく過ごした。
「少し見てくる」ラートンがそう言って、地図を手に歩いて行った。
哲は厚手の毛布の上に大の字で伸びている。
夏季は夕食の支度をしようと荷物を引っ掻き回していた。
小ぶりの鍋二つと、手頃な野菜を取り出した。
鍋に向かって手を伸ばすと、目を瞑った。
小さな水のかたまりがじわりと鍋底からふつふつと湧き上がった。

ラートンが小枝を両手一杯に抱えて戻ってきた。
「ありがとう隊長」夏季は素直に笑顔をこぼして小枝を抱えた。
ラートンが首を傾げた。
「なんでしょう?」夏季も首を傾げた。
「そんなにうれしいものかと」
「もうくたくただから、歩き回りたくないなって」夏季が大げさに自分の脚をさすった。
「ちょうど周りに落ちていたんだ」ラートンが、少しだけ微笑んだ。
「何かありましたか?」
「いや。何もない。つまり、安全と言えるだろう」
夏季が小枝で山を作って、マッチを擦り小枝の山に放り込むと、火種がついた。
「哲、風ちょうだい」
哲は寝転んだままで手を掲げた。小枝のあたりにふわっと弱い風が数回流れた。火はパチパチと爆ぜてあっという間に焚き火となった。先ほどまでは夕刻のオレンジの光差していたはずなのに、あっという間にあたりは薄暗くなっていた。
「人選間違ってると思ったけどなんとかなるもんだな」やっと起き上がった哲が、眠そうな顔で焚き火を見ながら言った。
「俊がいたら火起こしが楽だろうし、倫がいたら食料の荷物が少なくて済むだろうしね」夏季も頷いて言った。
「まだ全員が揃う時ではない」ラートンは数本の小枝を火にくべた。
「それはルゴシク山に向かうとき?」夏季が言った。
「そうだな」ラートンの顔がオレンジ色でちらちらと照らされている。焚き火を見つめる黒い瞳が炎のゆらぎにあわせてときおりきらめく。「……そのときは、わたしは城に残るだろう。君たちだけで長い旅路を行かなければならない」
「そうなの?」夏季は目を見開いた。遠征といえばシエ・ラートン。旅慣れた彼がいるからこそ安心して出かけられるのに……。
「心配ないだろう。先ほど君が言ったとおり、大地の根源となり得る要素を持った『使い』が揃えば生きていくのに困ることはないのだから」ラートンはクワンバの皮をナイフで器用にむいている。「それに、魔女に対抗するのにわたしでは手に負えない。『使い』でなければだめなんだ。魔法に対抗するのはやはり魔法なんだ」
「オミリアと戦うときに、隊長はなにか呪文のようなものを使いました。あれは魔法ではないんですか?」
乱切りのクワンバのかけらがぽいぽいと鍋に放り込まれると、夏季が調味料をいくつか選んで目分量で鍋の中に振り入れる。
哲は遠慮のない大あくびをしながら、二人の調理の様子をぼーっと眺めている。
「祖先に伝わる文言で、詳しいことはわたしも知らない。あまり見せびらかすと良い顔はされないのでどうしようもなくなったときに仕方なく使うものなんだ」
「隊長はベラ王女の親戚ではないんですか?」
「ああ。家系的にはなんの関係もない。わたしは異国の出身だから」
「異国?」
「そう。トラルの国」
「トラルって……」夏季は「あっ」と言って、地図にあった地名を思い出していた。「それでは、わたしたちが今向かっている場所は」
「わたしの祖先が築いた王国の跡地だ」ラートンは終始顔を上げず、炎ばかりを見つめている。

切り方が良いのか、鍋の中の野菜はまたたくまにやわらかく煮えた。
それからラートン、哲、夏季の3人は、踏破の疲れもあり、口数も少なく腹を満たし、すぐにそれぞれ毛布にくるまって眠りについた。
夏季はまどろみながら考えていた。
魔女を倒すときにラートンはいない。カイハがいるのが救いじゃないのかな……。「使い」のリーダーになったのはわたしだけど、今の状況ではとてもそんな立場は務まらない。とにかく首の痣を消さなければ。
ラートンはトラルの国の出身で、あの魔法のような力は彼の祖先に伝わるおまじないのようなもの。そのうえドクラエの実が自生するトラルの国とは、いったいどんなところなのだろう。
新しい情報量に頭が休まらないはずなのだが、それに勝る疲労によりあっという間に眠りに落ちてしまった。

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