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俊ちゃん

第一章/ステッキの女

「俊ちゃん、お誕生日おめでとう」
「おめでとう!」
「おめでとー」
「ははは、おめでとうっ、しゅ〜んちゃん」
「ヒューヒュー!」

「ありがとう……」

これは、小学生がクラスのお友達を呼んで開いた「お誕生会」ではない。
21歳になる男のために開かれた、れっきとした「誕生パーティー」である。


(なんで、この年になってまで、こんなパーティしなきゃならないんだ!?)
俊は内心そう思っていた。しかし隣りで目に涙を浮かべて喜ぶ母には、笑顔を向けるしかない。このような集まりを企画するのはいつも母だった。俊が知らない間に大勢を招待している。
「俊ちゃん、大きくなったわねぇ……ママ、うれしくて……」

本当に祝ってくれている友人もいるが、半分以上は
「おい、聞いたか? 俊ちゃんだってよ」
と顔に書いてある。 それに俊本人が気付かないわけはないが、両親は全くお構いなしだ。(これ以上)場をしらけさせるわけにもいかず、俊は両親の前で必死に「俊ちゃん」を演じている。

俊が幼い頃、母は病気を煩っていて、父が忙しいときは俊が母の横についていた。それにも関わらず、当時の父は会社役員で、接待やらなんやらで滅多にヒマができなかった。その甲斐あって今は社長にまで昇りつめたのだが。
母親が回復してから後は俊は甘やかされた。両親は、息子に引け目を感じているらしい。

金で裏から入学してからこっち、中学、高校、大学と学校は受験して入った経験がない。お小遣いは欲しいだけもらえたので、当然俊は遊び惚け、いつもつるんでいるグループの中ではリーダー的な立場になっている。黒髪長身、社長の御曹司。顔は端正とはいかないまでも、これだけのものを持っていれば、男女にかかわらず遊び相手に困ることはない。

そんなリーダーが、母親からは「俊ちゃん」と猫なで声で呼ばれ、父親から「俊ボウ」と肩を叩かれる。そのような姿を目の当たりにすると、大抵の友人は翌日から1歩引いた態度を取るようになる。せっかく手に入れたグループ内での権力も、毎年誕生日でリセットされるわけだ。俊にとっての誕生日は、皮肉なことに、まさに生まれ変わりの記念日なのである。

今日という今日は我慢できそうになかった。大学に入って3年、毎年恒例のこの行事のおかげで、もはや学校中にこの「俊ちゃん」の噂は浸透しようとしている。

パーティーの後。
「母さん、ちょっといいかな」
「どうしたの?怖い顔しちゃって」
母がにっこりと笑いかける。
「もうやめてくれないかな」
俊は表情を変えずに言った。友人が帰った今、もう感情を偽る必要はない。
「なんのこと、俊ちゃん?」
母は困った顔をしている。

「その、呼び方だよ!」

俊が急に大声を出したので、母が飛び上がった。

「何だ、急にでかい声を出して!」
父が怒鳴り返す。
「俊ちゃん……」
「うるさい!そんな呼び方をするなって言ってんだ!」

母親は泣き出した。
「あたしの優しい俊ちゃん、いったい、どうしちゃったの……?」
「……もう、俺に構わないでくれ」

「何をエラそうに!」
父は、息子に負けないくらいのでかい声で喚き散らす。
「欲しがるものは全部与えて、さんざんかわいがっているのに、一体なにが不満なんだ!?」
「そういうのを、やめてほしいと言ってるんだ。こんなに親に依存してるやつは、俺以外にいないよ。そのおかげで友達もどんどん減っていく……」
「ふん、自分の不都合を、全て親のせいにするわけか」
「そんなことは言ってないだろ」
「同じことだ」
父は鼻を鳴らす。
俊は父を睨みつける。
「ここを出ていく」
「勝手にするがいい。キャッシュカードも全て置いて行け。持って行っても使えないように手配してやる」
「あなた、そんなことしなくても!」
「こいつはわしらの愛情をはねつけたんだ。気に入らないというなら、こちらから扉を閉ざすまでだ」
俊は父親の顔を睨みつけたが、何も言うことができなかった。
「何をぼさっとしている? さっさと出て行ったらどうだ!!」

俊は小さなボストンバッグにありったけの現金と、少しの衣類などを詰め込み、急いで家を後にした。
(まさか、親父があんなに怒るとは思わなかった。いや、あんなに怒らなくてもいいじゃないか)

夜道を歩いているうちに、ふと思った。

これから、どこへ行く?

俊には、こんな夜半に気軽に訪ねられる友人がいない。
普段はいつも、俊が友人を自宅に泊めている。こっちから出向いたら、なんて思われるだろうか。そう思うと、俊のプライドは友人宅を訪ねることを許さない。
今夜のパーティの後では尚さらだ。きっと俊が訪ねたら、「俊ちゃあん、ママに追い出されたのお? ぎゃははは!!」とバカにされるのが関の山だ……。
ホテルを探そうにも、今までそういうことはすべて親に任せてきた。何一つ自分でやったことがない。
この21歳の青年は、1人では何もできない。彼はまさに裸の状態だった。

呆然と立ち尽くす彼を、電柱の影から観察する者がいる。
一見、周囲の景色に溶け込んでいるように見えるが、一つだけ不自然なのは、ステッキを持っていることだ。 服装からすると、若い女のようである。古ぼけたステッキは似合わない。

俊は家に帰ろうと思った。さっきのことは全て謝って、家に入れてもらおうと。かっこ悪すぎるが、一人では生きて行けない。

振り返りかけた時、若い女がステッキを振った。何も無い宙に文字を書くようにして。
俊は消えた。

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