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夏季と六季

第一章/プロローグ

私は独り、暗闇の中に立っていた。

辺りを見回しても誰もいない。漆黒の闇だ。

突然、目の前に白い顔が現れた。

私は驚かない、見知った顔だもの。

「久しぶりね」

私が言う。

相手はその白く美しい顔で微笑んでいる。

「時が来たのよ」

「え?」

「六季、時が来たのよ……。迎えに行くわ」

 目覚めると、自分の部屋にいた。
皺だらけになった布団とシーツ。カーテンの隙間から差し込む淡い陽光。いつもと変わらない、朝の風景だった。
目をこすりながらぼんやりと考える。
(今の夢はいったい? どうして、今頃あの人が出てきたのだろう)
考えても答えは出るはずもない。次々と疑問が湧くばかりだった。

「お母さあん、ごはんできてるよ」

居間から娘の叫ぶ声が聞こえてきた。
「はいはい、今行くから」

居間へ入ると既に朝食がテーブルの上に用意されていた。
「うん、おいしそう」
「もう。何回呼んだと思ってるの? あたしもう行くからね。お皿適当に片付けといてよ。帰って来て洗うから……」
「今日はずいぶん早いのね」私は娘が作った目玉焼きに食いつきながら言った。
「当番」娘が一言で答えると、
「そっか」私も素っ気なく返した。
「じゃね、行ってきまーす」
「あ、夏季。ちょっと」
「なに?」
玄関に向かう娘を咄嗟に呼び止めていた。虫の知らせだったのかもしれない。
「……えーと、今日の夕飯、どこかに食べに行こうか」
咄嗟にそう言っていた。
「どうしたの、急に?」
「そのう、ちょっと話したいことがあるから」
私は適当なことを言った。
「ふーん。うん、わかったよ」
不可解な顔をする娘。
「だからね、早く帰ってきなさい」
「そっちこそね」
夏季はそう言って、にやりと笑った。

ドアの向こうに消えようとする娘の背中に向かって私は言った。


「行ってらっしゃい」

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