視線



「サトリ、危なかったね!
 大丈夫だったかい?」



見上げると、ロランが爽やかな笑みを浮かべて
俺に手を差し伸ばしている。

さっきまで他の魔物と相対してたはずなのに、
颯爽と風のように俺を助けに来た。
勿論、相対していた魔物も既に事切れている。

なんでこいつはこんなに強いんだ。

『 いやあ、助かりましたよ。』

そんな風に、こいつの手を取るのが正解だろうか。
だが、何故か今の俺はそんな気分にはなれなかった。

「サ、サトリ……?どうしたの?
 怪我でもした??」

ロランは仏頂面したままの俺に戸惑っているようだ。

「何でもねえよ。」

そう言って俺は立ち上がった。
ロランは手持ち無沙汰気味に手を差し出したままだ。
顔は困惑気味だ。

俺が手を取らない限り、手を引っ込めないつもりだろうか?

「ホイミ」

俺はその手を取らずに、
代わりに魔法を唱えた。初歩の回復魔法だ。

一瞬驚いた顔をしたロランだが、
すぐにまた笑顔になった。

「ありがとう、サトリ。」

ありがとう?

何がだ。
ロランは別段怪我なんてしなかったし、
回復魔法してくれなんて言ってなかった。
俺がこいつに何かしたかっただけで、
ただの自己満足だ。

「ほら、また魔物が出る前に行こうぜ。」

そう促すと、
すっと、俺の前にロランが立った。

俺の視線の先には、いつもこいつがいる。



+++

「ムーンペタの町はこの先、
 もうしばらくだよ。」

「知ってるよ。
 無駄口叩いてる暇は無いぜ。」

俺達はローラの門を出て、
間もなく、ムーンペタの町に差し掛かる所にいた。

この近辺の魔物は、今までと違って強力だ。

徐々に、俺は軽口を叩く元気もなくなっていき、
度重なる激しい戦いに魔法力も尽きていた。

先ほどの意味のないホイミが悔やまれる。

本音では、疲れ切っていて、
早く町について欲しかった。

だが、ちらっと見上げたロランは
息一つ切れていない。
その太刀筋も一つも乱れていない。

なんて体力馬鹿だ。
一体こいつはどんな体をしているんだ。

だが、ロランがそんな様子なので、
俺は「疲れた」とも「休みたい」とも一言も言えなかった。

ロランがチラチラとこちらを見ている気がする。
ええい、見るんじゃねえよ。
お前から見える俺はさぞ頼りなく映ってるだろう。
こんな仲間で悪かったなと思う。

「おい、ロラン。前を向け。」

「サトリ?
 っうわ!」

気遣いげにロランはこちらを見て…
そして、目の前の木にぶつかった。

「あいたた。」

ロランは木にぶつかった額に手を当てた。
思わぬ出来事に俺は少々呆れた。

「お前、言わんこっちゃねえじゃねえか。
 ちゃんと前を見ておかないと。
 しっかりしてくれよ。」

「うん、ごめん。僕はどじだなあ。
 あはは。」

「ったく、気をつけろよ。
 魔物だって出るんだから、
 ぼーっとしないで欲しいぜ?」

「そうだね。気をつけなくちゃ。」

ロランが申し訳なさそうに、ようやく前を向いた。

軽口を叩いていた俺はふうっと息を吐いた。
そうだ、こっちを向くな。
俺のほうを見るな。

あいつの役に立てて無いんだ。
だから、せめてロランのお荷物にはなりたくなかった。


その後も、戦闘は続いた。
ロランの剣術は冴え渡った。

マンドリルのような馬鹿でかい魔物にすら、
ロランの剣は通じた。
その気迫は凄まじかった。

そんなときでも、俺の目線の先には、
いつも あいつの背中があった。




「はぁ…はぁっ。」

ロランの激しい息遣いに俺は顔を上げた。
あの体力馬鹿だったロランが疲労している。

「ロラン、大丈夫か!?」

思わず駆け寄った俺だが、
この大事な一番に情けないことだが、
先ほどからもう魔法力が無い。
ホイミが出来ない。

俺に出来ることがなかった。

「大丈夫だよ。
 怪我はしてない。
 それより、リザードフライだ。
 サトリは危ないから下がって。」

こんな状況でもロランはそんな事を言って、
また俺に背中を見せた。
いつもの視線だ。

怪我をしてない?
そんなはずは無い。

あんな化け物と戦って、無傷の人間なんているはずがない。
剣を持つロランの手が震えているように見えた。

「…………。」

俺はロランの前に通せんぼするように手を出した。

【 挿絵を見る  】



「下がってろ。ロラン。
 たまには俺にも良いとこ、見せさせろよ。」

「サトリ!?」

剣を持って俺は最前線に出た。
前にロランがいない。
前にいるのは凶悪な魔物だけだ。

今まで旅をしてきて、
初めての視線だった。

俺は背中にたらっと汗が流れるのを感じて、
ごくっと息を飲んだ。
これがいつもロランが見ている光景か。

あいつ怖くないのか?

あいつも化け物みたいなもんだから、だから怖くないのか。
そう思ったが、違うだろう。

裂帛のロランのあの気迫。
魔物になど負けられないという気合。

あいつがきっと修行の上、身につけたものだろう。

俺だって、こいつと同じなんだ。
負けてられない。

「サトリ、危ないよ!
 僕が代わろう!!」

「うっせえ、怪我人は下がってやがれ!」

そう言って俺は地を蹴った。
リザードフライは火を噴く魔物だ。
だが、それを気をつければ、身の守りはさほど強くない。

俺の剣だって通じる……!!

駆け出した俺は
剣を持つ手に力を込めた。






+++




「………………。」

気が付くと、俺の視線には何故か空が映っていた。
なんだっけ?
俺、寝てたんだっけ……?

「サトリ、大丈夫かい?」

ロランの声に俺はがばっと起き上がった。
寝てたんじゃない!

って言うか、寝てる場合じゃない。
魔物と戦ってたんだよ。

確か、リザードフライへの一撃は通ったんが、
死角から襲い来る尾の一撃が見えて…。

で、ぶっ倒れたのか?
俺なにやってんだ!!?

「ロラン、魔物っ……!リザードフライは!?」

「ああ、それならもう。」

ロランの指差す先はリザードフライが真っ二つになっていた。

ああ、なんだ。
やっぱりロランに助けられたのか、俺は。

「悪かったな……。足を引っ張ってばかりで。」

情けなくてロランの顔が見られなかった。

「え、何を言うんだい。サトリ。
 サトリのおかげで、僕戦えたんだ。」

「は?俺、何もしてねえだろ。」

「さっきホイミをしてくれたじゃないか。
 おかげで、今最後の一撃を振るう事が出来た。」

「…………。」

ホイミ?
大分前にやったあれの事か?

「戦闘は本当に紙一重だからね。」

あれのおかげで、ロランの体力が持ったって言うのか?
そんな訳無いだろう。

「俺におべっかなんか使わないで良いぜ。
 結局、俺はお前に助けられてばっかりだ。」

「そんな事は無い。
 君だって、僕を助けてくれたじゃないか。
 なんだい、リザードフライを倒したの気にしてるのか?」

「……気になんかして無い。」

何ていうのは嘘だが。

「サトリは剣だって強くなっていて、
 びっくりした。」

「は?嫌味かよ。」

今しがた助けられてばかりで
こいつ何言ってんだと思った。
だが、ロランは首を振った。

「違うよ。
 ここらの魔物は本当に強い。
 サトリもそう思うだろう?」

「そうだな。」

「だから正直僕はびびってたんだ。
 1人で戦わないといけないと思ってた。
 糸を張り詰めるように。」

頑なに俺に背中を見せて
1人率先して戦ってたのはそれか。
俺を守ろうとしてたのか。やっぱり。

「ごめん、僕は、サトリがあんなに戦えるなんて
 思わなかった。」

「馬鹿にするなよ。」

といいつつも、馬鹿にしたくもなるだろう。
今の言葉は俺を認めているようで、違う。
俺の事なんて少しも頼ってなかった。
弱いと思ってたってことだ。

でも、それもしょうがない。
今までの事を考えると。

情けないことだが、逆に燃えてきた。

今は駄目かもしれないが、
俺は絶対、強くなってやる。

そして、いつか、こいつを助けて、思いっきりびびらせてやる。

いや、いつかじゃないじゃないな。
こいつをびびらせるなんて、今でも出来る。

「仲間がいるって良い事だよね。」

「そうだな。」

「あ、でもそしたらさ、サトリ怒ってはいないんだね。
 さっきからサトリが機嫌悪そうだから、
 僕心配して……」

いい笑顔を見せているロランに、俺は言った。

「ロラン、こっち向け。」

【 挿絵を見る  】



俺は邪気のない顔でこちらを向くロランを捕まえて、
その頬にやってやった。

キスを。

こんなの、俺は国で妹に挨拶のようにやってるし、大した事無い。
どうだ、驚いたか。

と思ったが、邪気の無いロランの顔が
驚きと戸惑いと色々な感情を隠しきれないように
真っ赤になった。

「サ……ササササササトリ!?
 い、今のは、何だい!??」

お前のその表情が、何だいだよ。

「何って、別にただの挨拶だよ。
 お前何だと思ったんだよ。」

「ああああ、そっか、挨拶か!!!
 そっか、サマルトリアでは、こういう挨拶があるんだね。
 僕知らなかったから、てっきり……。」

てっきり……?てっきり何だ?
ロランが恥ずかしそうに顔を伏せた。

ちょっと待て。
俺はちょっとこいつを驚かせてやりたかっただけなんだが。

今俺の視線には、
顔を真っ赤にして座っているロランが映っている。

……乙女か。
俺よりでかいくせに。乙女か。

気が付くと俺まで恥ずかしくなってきた。
こいつ……なんか可愛いじゃないか。

て言うか、なんて純粋な奴なんだ。
旅の先々、純粋培養なこいつが邪気に染まらないよう、
俺はこいつを守ってやる必要があるだろう。
と無駄な決意に燃えた。

「ロラン。
 なあ、今日はもう野宿しようぜ。
 先に行っても危険だ。」

俺は野宿を提案した。

「ムーンペタはもうすぐだよ?」

ロランは南を指差した。
確かに距離はもうすぐだろうが。

「良いだろ、別にそんな急がなくても。
 つか、俺もう魔法力ないから、これ以上無理~~」

そう言って俺はごろんと転がった。
珍しく弱音を吐いたりして、こいつの気を引いたのは、
もう少しじっくり話してみたかったのもある。

「うん。じゃあそうしようか。
 実を言うと、僕もくたくただったんだ。」

なんだと?

「そうなのか?
 そうは見えなかったけど。」

「気を張ってたからね。」

ああ、そうか。
そんな事言ってたな。

「俺の前で気を張るな。
 俺の前でくらい、ありのままのお前を見せろよ。」

「そうだね、仲間って良いね。
 僕はずっと1人だったから……。」

勿論仲間として、気を許して欲しいというつもりだったが。

「って、サトリ……そ、それは、そう言う意味だよね?
 ありのままって、あのその……!!」

純粋培養のロランは、
また何を考えたのか赤くなっている。

「馬鹿だな~。
 言葉の通りだよ。」

そう言って笑う俺の視線の先には、
やっぱりロランがいた。