久々にその姿が見れて、
マイは思わず顔をほころばせて、にやけてしまった。
「なあんだ。
この世の終わりみたいな手紙が来たから、
どうしてるんだろうって心配して来たら、
ニヤニヤしてさ、元気そうじゃない。」
カインはそう言いつつも、
元気そうな妹の姿に安堵の表情を浮かべた。
「本当に、昨日までは、
熱も高いし、何も食べられないし、
頭もガンガンするし、死ぬかと思ったんだから〜〜!」
そう訴える妹の姿に、
カインは少し顔を曇らせた。
そして、マイの額に手を当てた。
「熱は……大分下がったのかな。
まだちょっとあるけど。」
「え、あ……うん。
だから、昨日までは大変だったんだよ。」
マイは一瞬戸惑いつつ答えた。
が、さらに兄は戸惑う事を唐突に言い放った。
「ねえ、服を脱いでよ。」
「は?」
目を点にさせると、
次の瞬間マイはカインをぶん殴っていた。
「って…いったーーい!
殴らなくても……。」
「なななな、何を言ってるの。
お兄さま変態じゃないの!?」
ぶん殴った手をふるふる震わせながら、
マイは怒っているが、カインは至って真面目な顔をしている。
「いや、ふざけてるんじゃなくて、
胸の音を聞きたかったんだけど。」
「え、はっ?」
マイは一瞬体を強張らせて、その意図を理解した。
変な病気じゃないかってきっと心配してるんだ。
「でも、まぁ確かに嫌だよね。
ごめん。良いよ。
じゃあ口を開けて。」
今度は逆らわず素直に従って、口をあーっと開けた。
「おいいさまって、おいささまだったわえ。」
「え?なんだって??お爺さまが何だって?」
口を開きながら喋ったせいで、
言葉になっていなくて、
怪訝な顔をする兄に、思わず吹き出した。
ごほんと咳払いして、もう一度言った。
「そう言えば、お兄さまってお医者様になったんだったねって。」
「うん?うーん、まだ卵だけね。
うん、もう良いよ。
喉の腫れも引いてきてる。
ご飯も食べれるようになった?」
「うん。今日は……食べれてる。」
「そっか、良かった。
風邪だと思うよ。心配しないでも大丈夫。
でも、無理はしないでね。
薬は飲んだ?
もう起きてなくて良いから、寝ておいで。」
カインに優しく頭を撫でられて、
マイは顔を赤らめた。
そっか、兄は変な病気とかじゃないかって、
きっとすっごく心配してきてくれたんだ。
わざわざムーンブルクから。
きっとすごく心配を掛けてしまった……。
でも……。
「あ、ありがとう。」
やっぱり会えてマイは嬉しかった。
マイが素直に横になると、
カインはふっとランプを消した。
「もう、遅いからおやすみ。」
「あっ。」
そう言って背を向けたカインに、
マイは慌てて声を掛けた。
「お兄ちゃんもう帰っちゃうの!?嫌だ!
一緒に居て!!」
「ど、どうしたの?」
急に慌てたように必死にしがみ付いてくる
妹にカインは驚いて足を止めた。
「やっと会えたのに!
すぐに帰っちゃうなんて嫌だ!!」
「ま……まだ帰らないよ。
大丈夫だよ。」
「うー……。」
「ぷっ。何その顔。
分かったよ。ここにいるから。
でもマイはちゃんと寝てよ。もう夜なんだから。」
最初部屋を出て行こうとしていた兄は
ベッドの傍のソファに座った。
「え、ここに?
ちょっと!寝るのは別にここじゃなくて良いんだよ??
帰んないでって意味で。」
「ここにいてって言ったのはマイじゃない。
ここにいるよ。」
「ここ!お、女の子の部屋だよ!?」
そんな事を今更言うマイに、カインは笑った。
「知ってるけど。
僕お医者様だからね。
患者が暴れたり抜け出したりしないか看てないと駄目だもんね。」
「あ、暴れないわよ!
お兄さまだって疲れてるんじゃないの?
駄目よ、休まなくっちゃ。」
マイからすると
『夜寝るときは、ベッドで寝る。』
こんなのは太陽が東から昇るのと同じくらい
常識的なことだ。
それ以外は考えたこともないことだった。
「気にしないで良いよ、そんなの。
ソファで寝るとか、旅の間も普通にあったことなんだから。
大変な事でも何でもない。
気になるんだったら、床で寝るぞ。」
「いやいや、床って!悪化してるじゃない!」
どうやら本気らしい。
マイは急に気恥ずかしくなって、ベッドに横になった。
私が寝ているすぐ傍に兄がいてくれる。
ドキドキして、こんなの眠れない!
と思ったのは、一瞬のことで、
やや火照った顔を隠すように布団にもぐりこんでいると
不思議なことに、今度は逆に気持ちが安らいできた。
こんな気持ちになるのは何年ぶりだろうか……。
深く深く、
いつしか安心したように、マイは寝入ってしまった。
+++
「おはよう。」
寝ぼけ眼でぼーっとしていると、
見たことのある顔が覗き込んでいることに気付いた。
「お兄ちゃんだ。わ〜い。
えへへ。おはよ〜。」
寝ぼけたままでそう答えて、直後すぐに我に返った。
「おおおおおお兄さま!!?
ほ、本当にずっとここで起きてたの!?」
「はは。寝ぼけてたね、今。
いや、寝てたよ。さっき起きたんだよ。
今日は調子、良さそうだね。」
少し笑ってから、
カインはまた額に手を当ててマイの熱を計った。
「熱も下がったみたいだよ。良かった。」
確かに、気分もすっきり爽快で、
重かった体が楽になったと感じる。
「これで一安心だね。」
医者として付き添ってくれていたから、
きっと元気になったらいなくなる。
いつも通りの日常に戻るだけ。
なのに、マイはまだ少しだけワガママが言いたかった。
「うん、私元気になったから、
だからお兄さまの作った朝ごはんが食べたい。」
「へ?」
兄が少々怪訝な顔をしている。
「良いじゃない。
やっとお腹が空いてきたの。
私、お兄さまのお料理が食べたいの。」
「わ、分かったよ。」
目を見て話す、有無を言わさぬこの作戦で、
嫌とも言えない様子で兄がしぶしぶ頷いた。
それを見て、内心ガッツポーズをしつつ、
外には出さないように平静を装った。
こんな機会でもないと甘えられないし、
たまには良いのだと自分を納得させる。
席を外したカインは、
しばらくすると戻ってきた。
「急だったし、ありあわせの食材を使わせてもらっただけだけど……。」
「わあ、美味しそう!」
「何も珍しいメニューはないよ……?」
綺麗に巻かれた卵焼きや、優しい味のソテーなど、
マイはほくほくとそれを平らげた。
「美味しい、美味しい。」
「そう?それなら、良かったけど。」
やっとまともに食べれるようになり、
お腹も喜んでいるようだ。
なんだかまだもっと食べれそうな気がする。
「ねえ、デザート!私、デザートも欲しい!」
「え……?まだ食べるの?」
添えてあったフルーツなど、ぺろりと食べてお腹の中だ。
「やーだあ。お兄さまの手作りのデザートが良いの。」
「…………。
なんかマイ、アレンみたいになってきたね?」
「え、アレン様みたいに?
それは望む所よ?!」
自分でもややテンションがおかしいんじゃないかと思いつつ、
笑顔で頷いた。
「何が良いの?」
「え、リクエストして良いの?
じゃあね〜じゃあね〜〜。ええっとプリン!」
「プリンね……。
えーっと、久しぶりだなあ。」
ぶつぶつ言いながら、兄はまた厨房へと消えていった。
久しぶりって事は、やっぱり作ったことあるんだと思いつつ。
マイはホクホクとしていた。
「何も珍しいものは入れてないし、
お店で買ったほうが美味しいでしょう?」
「ううん、美味しいよ!」
兄の作った素朴な味のプリンは
病み上がりの自分に優しい味だった。
「元気そうだね。良かった。」
元気そうに朝食とデザートを平らげた妹を
安堵したようにカインは見つめた。
「何か、もっと他に食べたいものはある?
なんでもするよ?」
「え、さすがにもうお腹いっぱいだよ。
でもお兄さまありがとう。美味しかったです。
ご馳走様ー」
もっと色んなおねだりをしたい気もしたが、
さすがにもう食べられなかった。
でも貴重な機会で嬉しかった。
きっと、兄といつも一緒にいるマリアは
いつもこうやって色んな兄の料理を食べたり、
ねだったりしているのだろう。
「マリアが?
マリアは何もねだってこないよ。」
マリアが羨ましいなと思って、言ってみると、
意外にもマリアは何もカインに頼んでこないと言う。
「え、そうなの??
ずっと一緒にいるのに?」
「ゼロって訳じゃないけど、
マリアが僕に何かして、何が欲しいなんて言って来るのは、
ほとんどないよ。」
「そ……そうなんだ。」
でも、それもそうな気がする。
あの毅然としたマリアが、2人っきりになると
でれでれに甘えているのかと言うと、
あんまりそんな様子も想像できない。
でも少しはそんな姿も期待したのだが。
「だから、マイみたいに
あれやってこれやって〜って言われる方が、
ある意味助かると言うか……。
まぁ、アレンもそんな感じだったんだけど。」
「そ、そう……。」
アレンもそうなのか。
でもそうすると、マリアだけが、
ただ1人、人に甘えることが出来ないのだろうか。
結婚して、1人じゃなくなった今も……。
少し切ない気持ちになった。
「お兄さま、マリア姉さまが何も言わないからって、
何もしてないんじゃないの?」
「え?」
「何も言われないからって、何も思ってないのとは違うよ?
きっと何か思ってることがあるはず。
直接口にしなくても、お兄さまはその傍にいるんだから、
ちゃんとそれを受け取ってないと駄目だよ!?」
「なんか、怒られた…。
マイは…結構鋭いよね。
うん、分かってるよ。」
頷いてカインは座りなおした。
「完璧にはいってないだろうけど、
出来るだけ、そうしたいと思ってるよ。
じゃないと、何の為に傍にいるんだかって感じだもんね。」
どうやら心がけているらしい。
具体的にどうなのかはよく分からないが、少し安心した。
「そろそろ心配してるだろうから、帰ろうかな。
マイの事もう大丈夫だって伝えなきゃ。」
「あっ……。」
そろそろ帰ろうと兄は立ち上がった。
帰っちゃう。
そりゃ、そうだ。私は元気になったし、
今しがたマリアを無視するなと助言した所だ。
でも、私だってせっかく会えたのに……。
「お、お兄さま帰る前に……。」
「ん?」
「久しぶりに教会の祭壇にお立ち寄りになりませんか?
一緒に朝のお祈りでもしませんか?」
マイがねだったのは、少々思いがけない願いだった。
+++
教会はマイの部屋を出て、
少し離れた所にある。
城内を歩いていると、
久々に王子が帰っているじゃないかと
人々が嬉しそうに手を振っている。
兄もそれに手を振って応えている。
皆だって、兄が好きなのだ。
ずっとサマルトリアにいてくれたら良いのに……
と言う言葉を、駄目駄目と胸の奥にぐっと押し込む。
「私は毎日、毎朝、
ここでお祈りを捧げるのが日課なんだ。」
カインも小さい頃から
それを習慣にしていたから、知ってはいる。
「創造主様に祈りを……って奴だね。」
「うん。私はずっとお兄さま達の旅の無事を祈っていたよ。」
「…………。」
「私だけじゃなくて、お母様もよ。
ずっとずっと毎日、雨の日も嵐の日も雪の日も
毎日祈ったわ。」
「そう…だったんだ……。
ありがとう。」
改めてそんな事を言って、そんな礼を言われたが、
何だか少し違和感がある。
「お礼なんて言われることじゃない。
完全に、私の自己満足だもんね。こんなの。」
「どうして?」
「私が祈ろうが何をしようが、
お兄さま達の武器が強力になる訳でも、
魔物が減るわけでもないじゃない。」
「そんな事……。」
「だから、祈りなんて、完全に自己満足。」
だけど、それでも良いんだ。と思っている。
必死に無事を祈ったあの日々は
決して嘘じゃない。
それしか出来なかったけど、
私はそれでもありったけの思いをこめて、祈り続けたのだ。
きっと亡き母もそうだったと思う。
日々弱っていく身体で、それでもずっと祈ったその思いは
決して無駄なんかじゃなかったと思いたい。
「自己満足なんかじゃない。」
兄は私の言葉を静かに否定した。
「意味が無かったなんて、そんな事ない。
マイや、亡き母さまが、僕らの事を考えてくれていたこと
すごくありがたくって、心強い思いがする。」
「……ふふ、ありがとう。
そう言われると、私救われる思いがするよ。」
カインがどこかを見上げながら、
ゆっくり喋りだした。
「人の思いってとてもとても尊いものだよね。
形としては、目には見えないかもしれないけど、
それは他には代えられない、何かになるんだよ。」
「何かって?」
「うーん……。
何かをやりたい、何かを成し遂げたいって言う思いも
そうだよね。
それが全ての始まりだと思うんだ。
それは逆も然り。
憎しみやマイナスの気持ちも、大きくなっていくと思う。」
うーん?何の話だろうか?と思ったけど、
何となく兄は昔の事を思い返しているのだろうと思った。
マリアを救いたい、そう思い、願った事が全ての始まりで。
世界を救うことだって出来たんだから。
「皆がこうやって、
例えば平和を願ったとするよ。
その思いが伝わって広がっていって、
世界中の人が平和を願うんであれば、
もう戦いなんて起きないって思うじゃない?
それが信仰ってものなのかな〜。」
「あはは、お兄さまそれは平和脳だね。
そんな簡単じゃないわ。」
「でもキッカケにはなるかもしれないよ。
思わないと、願わないと、何も始まらないんだから。」
何もしないよりは、ずっと意味があると言う事か。
「お兄さま、私は今は毎日それを願っているよ。
お兄さまやアレン様、マリア様が作ってくれた平和が
一日でも長く続きますようにって。」
今だって毎朝の祈りは習慣なんだから。
そして今は毎日平和を願っている。
こういうと、また話が大きいから、
少々気恥ずかしいのだが。
「マイは、本当に偉いねえ。
世界の平和を願ってるなんて。」
「ちょっと何よ。
世界を救った本人が何を言ってるの。」
呆れたように笑ったが、どうもカインは真面目な顔をして
予想しない事を言った。
「僕は……、そんなに大きいこと考えてなかった。
僕はもっと人間が小さいみたいだよ。」
「へ?そうなの?
じゃあお兄さまは何を祈っているの?」
「僕が願ってる事は、
マイがずっと元気で幸せでいる事だよ。」
「え?私……?」
おもがけない言葉にマイは一瞬ドキッとした。
「さっきマイが自己満足って言って、
まぁ、そうなのかもしれないなと今更思ったけど。
でも、ずっと苦労してきたマイが、
苦しんでいないかって、何か嫌な思いをしていませんように、
楽しく過ごしていますようにって、ずっと祈ってるんだ。」
「……嘘でしょう?」
「いや、それは本当だよ。
近くにはいられないけど、大事な妹が
今もいつも幸せでいますようにって願うのって、
そんなにおかしい事じゃないでしょう?」
「…………。」
その思いがけない言葉に、
マイは胸が溢れて、涙が出そうになった。
「マイがさっき言ってた通り、
こんなの自己満足で意味がないこと、かもしれないけど。」
「そ、そんな事ない!
私、う、嬉しいよ。」
「…それは、良かったよ。それなら意味があったね。
今なら、僕が世界でマイの幸せを
一番願ってるんじゃないかって思うよ。」
少し自慢げに言う姿に少し笑った。
「……何それ。本当?」
ただ嬉しい、とても嬉しい。
遠く離れた兄がずっと自分を思ってくれていると言う事実。
願った所で、何の形にもなってはいないかもしれないけど、
本当にその尊い気持ちが伝わり、マイの胸を打った。
これが人の気持ち、祈りの気持ちなのかなって思った。
「いずれ二番になるかもしれないけどね。」
「?」
カインは口に出さずに思った。
いつか、マイに本当を好いてくれる大事な人が
現れたらきっとその人が一番になるんだろう。
でも、それまでは一番で、と。
遠く離れて直接は何も出来なくなってしまったけど、
大事な妹の幸せを祈る気持ちは、決して偽りじゃない。
「わ、私も一番願ってるからね。
お兄さまの幸せを!!」
「あ、ありがとう。」
涙を拭いながら、マイもそれを誓った。
すごくすっきりとした気持ちだった。
「お兄さま、あんまり喋ってたら、
マリア様が心配しちゃうよ。
お昼になっちゃう。」
「あ、もうそんな時間?
じゃあ、そろそろ行こうかな。」
今度こそ兄は行ってしまう。
もうしばらく会えない。
でも、なんでだろう?
今はもう、少しも寂しくない。
遠く離れていても、きっとその思いは繋がっていられるって知ったから。
「大事なマリア様の事も、私精一杯祈ってます。
だから、お兄さま頑張らないと駄目だよ。」
「うん。ありがとう。
マイも、何かあったらいつでもまた教えてね。
何かSOS飛ばしてくれたら、いつでも来るから。」
「ありがとう。お兄さまも元気でね。」
実際風邪を引いただけで飛んできてくれた。
きっと本当に来てくれる。そう思うと心強い。
しばしの再会の時間を楽しんだ兄妹は
そう言って手を取り合って、別れを告げた。
- 終-
2015/09/18
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