「はぁ、はぁっ・・・」
カインは一目散に全速力で走りながら、
一瞬だけ後ろを振り返った。
「いち・・にぃ・・・さん・・3匹!!
3匹のスライム!」
背後にいたのは3匹のスライムだ。
1匹ならともかく、3匹も出現していた。
カインはスライムから全速力で逃げていた。
「ど、どうしよう、・・どうしようかな・・。
あ、そうだ!」
ごそごそと荷物を探った。
その中には、昨日作っておいたおにぎりが三つ入っていた。
「夜に・・食べようと思ったけど・・・。
えいっ!!」
おもむろにそれを掴むと
カインはそのままそれをスライムに向かって投げ捨てた。
スライムは飛んできた餌に気づいて
おにぎりを頬張り始めた。
「いまだーーー!!!」
その隙にカインは逃げ切ることに成功した。
まだ、まともな戦闘は一度もしていなかった。
***
勢いそのままにサマルトリア城を一人出立したカインであったが、
その旅の道中、聖水が使えるうちは良かった。
旅慣れないカインにとって、
深い森や歩き慣れない砂漠は、
ただ通行するにも困難を極めたが、
それでも何とか攻略することができた。
岩陰で休息を取り、
見様見真似でやってみた野外調理も
意外となんとか食べられるものができた。
無事に「勇者のいずみ」にたどり着くことが出来たとき、
その時は心地よい達成感すら感じた。
だが、それは勘違いだった。
あくまで聖水を使った道中なんて言うのは
ピクニックのようなものに過ぎなかった。
洞窟の中は、聖水が効かず
カインは初めて見る魔物たちに逃げ惑うしかなかった。
逃げ切れず魔物に襲われた時は、
唯一使える魔法、ホイミを使って、なおも逃げた。
魔法力が尽きたら、薬草も使った。
先ほどのように残った食材を餌にして、
魔物の群れから逃げたりもした。
あんな見たこともない魔物に、
戦い方を知らないカインは為す術がなかったのだ。
息も絶え絶えに洞窟の奥へと逃げるように進んでいくと、
そこには大きな泉があり、老人がいた。
老人はカインの到着を歓迎してくれた。
「勇者のいずみへ、よく参られたな。」
朗らかな老人の笑みに、
本能的にここは安全な場所だと感じ取った。
ほっと安堵を覚えると同時にどっと疲れを感じて
カインはその場に膝をついた。
だが、いの一番にどうしても聞きたかった事があった。
「あの、アレン王子はここに来ていませんか!?」
大きく雄大なその泉は
不思議な癒しの効果があり、口にすると
身体の疲れが取れていくようだった。
結局アレンはここにいなかった。
しばらくカインはここでアレンを待つことにした。
荷物を下ろして、息をついた。
やはり、泉の効果は確かなようで
先ほど負った傷は癒えていた。
「それにしても、ここは本当に魔物が多いですね。」
カインは老人に今思っていることを尋ねてみた。
すると老人は緩く首を横に振りながら言った。
「残念ながら、ここだけのことではなかろう。
今はどこも魔物が溢れておる。
まぁ、確かにこの中は聖水が効かんからそう感じるのかの。」
「そ・・そうですか・・・。」
カインは少しため息をついた。
ここが洞窟だから魔物が多い、と言うわけではないらしい。
魔物が増えたのは本当らしかった。
魔法も剣も自信がないカインは
出くわした魔物に対して、いまだ戦いを挑むことすら出来なかった。
だからと言って、必ずしも絶望している訳ではない。
『アレン王子が一緒なら・・・きっと・・』
何故かそんな思いがカインにはあった。
あまり話をしたこともないが、
自分と同じロトの血を引くローレシアの王子だ。
子供の頃から御伽噺のように
ロトの勇者の伝説を聞いていた。
まさか自分がロトの勇者と同じように
旅に出るとは子供の時には思いもしなかったが・・・。
そうしてアレンを待っていたカインであったが、
結局待ってもアレンは現れなかった。
「・・・・アレン王子・・・何かあったのかなあ。」
「さての・・・。」
心配なのは、食料が尽きてしまうことだ。
ここには新たに調達できる食材などは何も無かった。
「もしかして、アレン王子忘れ物をして
家に戻ってるとか?」
「・・・・・さての?」
カインの呟きに老人は何とも言えない表情で
首を傾げるしか出来なかった。
「確か、ここから南にいけばローレシアでしょう?
ちょっと行ってみようかな。」
そう言うカインを老人はじーっと見つめるだけだった。
「どうかしました?」
「では、王子の旅の無事をいのってしんぜよう。」
「あ、ありがとうございます!」
カインは素直に頭を下げた。
アレンにはきっと会えると言う確信的なものがあった。
そして、カインは洞窟を後にすることにした。
実際にはアレンと行き違いになってしまうのは
蛇足的な話である。
***
「アレン様?アレン様がここにいる訳がありません。」
「えっ・・?」
再び聖水を駆使して、
息も絶え絶えに到着したローレシアには
待ちわびるアレンの姿はなかった。
それどころが、アレンがいる訳がないと言われてしまった。
「アレン様は、大志を抱いて世界へと旅立たれたのです。
その本懐を遂げるまでは、戻られるはずがありません!」
「そ・・そうですか・・・。」
言われてみれば、それもそうだろう。
さすがにカインは肩を落とした。
「忘れ物を取りに戻ったり・・とかしないですか?」
「馬鹿な。子供ではありませんよ。」
一蹴されてしまった。
ローレシアには長居しても仕方がないと分かった。
では、アレンは今頃どこにいるんだろうか?
「アレン様はサマルトリアの王子殿を探して、
今頃はムーンブルク大陸へ渡っているでしょう。」
「そ、そうですか。」
カインは微妙な笑顔で礼を言った。
自分がサマルトリアの王子だとは名乗っていなかった。
それにしても、自分を探すのが目的なのであれば
まだ次の大陸には渡っていないはずだった。
「うーん・・・・。
リリザかなあ。」
この近辺であと行ってない街といえばリリザくらいだ。
カインはリリザに行ってみようと思った。
その前に、せっかくローレシアに来たのだ。
カインは兵に聞いてみた。
「アレン王子はどんな方ですか?」
「アレン様ですか?そうですね・・・・。
アレン様は一言で言って、我が国で最強です。」
「さ、最強・・・ですか?」
目の前にいるのも屈強な大人の兵だ。
きっと強さに覚えがあるんだろう。
そのプロの兵が、アレンが最強だと言っていた。
「あなたより、アレン王子は強いのですか?」
「私などは子ども扱いですよ。」
「・・・・・・・。」
カインは唖然とした。
自分とは全然違う。
「きっと今頃は、さらに強くなっておられるでしょう。
その辺の魔物などは一撃の元に斬り捨てて、
勝負にもならないでしょうね。」
「そんなに強いんですか!」
スライムに逃げ惑っている自分とは大違いだ。
「ええ、何と言ってもロトの血を引いておられる。
強いのは当たり前でしょう?」
「・・ああ・・・そ、そうですね。」
その言葉にドキッとした。
『強いのは当たり前』?
アレンはそこまで言われる存在なのか。
比べて・・・自分は何て非力なんだろうか。
同じロトの血を引いているのに。
「ところで、そういうあなたはもしかして・・・?」
兵は、ふとカインが誰か思い当たったらしい。
アレンの事などこの国の人間なら誰でも知っている。
それをわざわざ聞いてくるような人物と言えば・・
「もしかして、あなたはサマ・・」
「あ。あの!色々ありがとうございました!
これで失礼します!」
何度も丁重に頭を下げて、
カインは名乗らず、その場を逃げるように、立ち去った。
同じロトの血を引く自分がこんな逃げ惑う格好悪い人物だなんて、
それをローレシアの人間に知られるのは恥ずかしさを感じた。
自分と同い年なのに、
既にこの国で一番強いと言われて、
一人旅でも魔物と対等に戦えるアレン王子・・・・。
カインはちらっと大事にしまいこんだ
聖なるナイフを取り出した。
妹からもらったこの護身用のナイフが、
自分の武器だ。
出来るかどうか分からないが、
自分も・・・・これを使って戦ってみよう。
***
ローレシアを出立したカインは
西のリリザを目指すことにした。
あとはそこしか残された街は無い。
あそこで待てばきっとアレン王子に会える。
絶対会える。
だから、そこまで行くんだ!
ローレシアの道具屋で道具の調達はしたが、
聖水は使わないことにした。
リリザに行くには平原を通る道もあるが、
砂漠を突っ切ってしまうのが近道だ。
そうすればきっと今日中にたどり着ける。
カインが選んだのは砂漠の近道だった。
砂漠に入る前に水を蒸留して
飲み水もたっぷり作っておいた。
肉や果物を干して、食料も用意した。
こういう準備はここに来るまでに結構出来るようになった。
それだけでもきっと自分は成長している。
だから、大丈夫。
そう思おうとした。
視界が開けているはずの砂漠において、
砂埃に隠れて見えなかったスライムが出現した。
「スライム!今度は逃げないぞー。」
敵は一匹。
相手はスライム。
これで倒せなかったら、アレン王子の仲間になる資格なんてない。
カインは聖なるナイフを持って、スライムに斬りつけた。
スライムは斬りつけられて驚いて飛び上がった。
どうやら一撃では倒せなかったらしい。
ではもう一撃と思って武器を振り上げた所、
スライムが自分の足に絡まってきた。
「うわっ。」
思わぬ反撃に足を取られて身動きが取れなくなったが、
幸いに武器は自分の手にあり、
そして魔物は自分の足元から動かない。
逆に好機だった。
「えいっ!」
カインがナイフをつきたてると、スライムは足から外れて
ぐにゃんと力尽きた。
しばらく様子を伺っていたが、動かない。
どうやら、倒したらしい。
「やった!倒した!」
カインはスライムを倒すことに成功した。
初めて魔物を倒したのだ。
これで、アレン王子も認めてくれるだろうか?
そう思ったとき、
次の魔物がすぐ傍まで迫っていた。
バサバサっと不快な羽の音が聞こえる。
「キィキィ!」
現れたのはドラキーだ。
でもまた一匹だった。
なら、何とか倒せるかも?
カインはそう思ってドラキーに斬りかかった。
聖なるナイフはドラキーの羽を少し裂いた。
やっぱり一撃では倒せなかったらしい。
ドラキーは反撃で、カインの右手元に噛み付きに来た。
あわてて手を引くと
ドラキーは右手ではなく、ナイフに噛み付く形になった。
その口端から紫色の血液が流れ落ちた。
きっとそのまま一気にドラキーの体内を突くだけで
この魔物を倒せただろう。
だが、一瞬の躊躇と戸惑いの隙に
ドラキーはナイフを口にしたまま飛び立ってしまった。
「あっ、あ!待て!!」
ドラキーが逃げるのは良い。
だが、その口にしているあの武器はマイからもらった唯一の武器だった。
渡すわけにはいかなかった。
しかし、あわてて追いかけても、
空高く飛び上がったドラキーには届きもしない。
普通、こういう時はどうやって戦うのだろうか?
きっと、魔法だ。
「魔法、魔法・・!」
もちろんホイミじゃ駄目だ。
攻撃魔法。そうギラのような。
サマルトリアで何度も練習してきたとおり、
カインは型通りのギラを唱えてみた。
「炎の精霊よ、我に力を貸したまえ・・
ギラー!!」
大きな声で唱えてみたものの、
その手からは、ほんの小さな火の玉すらでない。
「ーーーー っ!!!」
出来ない。
初歩のギラも出来ない。
既にドラキーの姿ははるか遠くに見えなくなっていた。
羽を攻撃したはずが、あんなに飛んで行けるなんて
きっと最初の一撃も大したダメージは無かったのだろう。
「・・・なっさけない・・。」
カインはその場に立ち尽くしていた。
ギラはマイだって使えたのに。
そのマイが用意してくれた聖なるナイフも奪われてしまった。
「なにやってんだろ、僕は・・・。」
なんでこんなに戦いの才能が無いのか嫌になる。
きっと、ここにいるのがアレン王子なら、
最初の一撃でドラキーを倒しているんだろう。
「アレン王子ー、どこにいるのさ・・・。」
思わず弱音が出た。
そして急に感じた寒気に、思わず身震いした。
気が付けば、回りは夕暮れで気温が下がっていた。
「寒いし・・。武器もないし・・・。
どうしたら良いんだろう。」
途方に暮れつつ、カインはその場に腰を下ろした。
暖を求めるにも、こんな砂漠には風除けすらない。
「こういうとき、炎の魔法使えたらなあ・・・。」
そう言ったとき、先ほどギラを唱えた左手が
ほんのり暖かいのに気づいた。
手を頬に付けてみると確かに、熱いくらいだ。
「・・・・・これって・・・。」
先ほど自分は炎の精霊に力を求めた。
結局ギラの炎は出なかったが、
きっと精霊は応じてくれていたのだろう。
だから、手が熱くなっているのだ。
・・・・・そこまで考えて、くすっと笑った。
そんなの証拠は無い。
たまたまちょっと手が熱いだけかもしれないのだが。
でも、少し力が湧いた気がした。
ふと顔を上げた。
水平線の向こうに少し街の灯かりが見えた。
あれはきっとリリザだ。
そして・・・ここからは見えないが南のムーンブルク大陸には
きっとマリアがいるはずだった。
今頃マリアはどうしているんだろうか。きっと困っているはずだ。
「行こう。」
先に進もう。
ここでこうしていても仕方ない。少しでも先へ行こう。
武器もなくなった今、自分には戦う術は無い。
だから結局、聖水を使うしかない。
倒せた魔物はスライムだけだった。
こんな弱い自分をアレン王子は仲間にしてくれるだろうか?
呆れて断られるも知れないが・・・
「駄目だったら、何度でも頼もう。
ギラも、何回でも練習しよう。
そして、いつか使えるようになろう。」
だって、この旅の間に水も作れるようになったし、
炎の精霊も・・応えてはくれたんだし・・・。
ゆっくりだけど成長している。
魔法を使えないところから始まり、
やっぱり結局使えないんだから、
これのどこが成長だと言う気もするが。
あー、きっと笑われるだろうな。
でも、良いや。
情けないのは本当だ。
剣はアレン王子に教えてもらおう。
そして少しづつ強くなろう。
「行こう、アレン王子に会いに行こう!」
カインは仲間を捜し求めて先へと進んでいった。
- 終 -
2012/12/02
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