ない。ないのだ。
いくら探しても準備していた旅の用意が丸ごとなくなっている。
今夜にも旅に出ようと思って準備していたのに。
ローレシアのアレン王子は既に旅に出たのだと聞く。
彼と合流して自分も旅に出たい。
ムーンブルクのマリア王女を助けるために。
なのに、なくなっているのだ。
慣れない旅のために用意した武器や薬草が。
「なんで、無いんだろう・・・?」
サマルトリアの第一王子カインは途方にくれて城中を
探し回っていた。城を出ることは誰にも言ってない。
だから誰かに相談することも出来ない。
父王は自分と妹に対して、
ムーンブルク落城の悲劇のことを告げて、
そしてその視察のためにローレシアの王子が旅立ったと
言っていた。
ローレシアの王子は既に国内で無敵の強さを誇るらしい。
そのため旅に出たのも、ローレシア王のお墨付きであり
堂々たる旅立ちだったらしい。
それに比べて自分は国内で無敵などとは程遠い。
本来であれば旅立ちの許可なんて出るわけが無かった。
でもじっとしていることは出来なかった。
無茶と言われても、今夜のうちに国をでるつもりだったのだ。
そしてローレシアの王子と合流して一緒に視察に向かう予定
だったのだ。
「・・・・丸腰で行くしかないかなあ・・。」
丸腰で旅に出て、リリザ辺りで装備を整えなおそうか・・とも
考えたが、丸腰で魔物たちの相手をするなんて、それこそ無謀だった。
「・・・・死んじゃうよね・・・。」
いくらのんき者と言われる自分でも、さすがにそれは無茶だと思った。
当ても無く城内を捜し歩いていると、妹のマイの部屋が見えてきた。
さすがに10歳を過ぎてからは部屋に入ったりすることもなくなっていたが、
妹なら、自分の旅立ちの決意に同意してもらえるんじゃないかと
ふとそう思った。
ついでに手持ちの薬草の一つでも貸してもらえればありがたい。
カインはそう思って、妹の部屋をノックした。
「ねぇ、マイ・・いる?」
「お兄ちゃん?いるよ。何?」
妹は幸い在室であった。
「大事な話があるんだ。入って良いかな。」
「・・・・どうぞ。」
しばしの沈黙のあとに入室の許可がもらえた。
マイは机に向かって座っていた。
「何よ、大事な用って。」
何故か妹は機嫌が悪そうだった。
「あのさ・・・・薬草とか持ってたら貸してくれない?」
そう聞くと妹はますます機嫌が悪くなってきた。
「なんで?なんでお兄ちゃんそんなこと聞くの?」
「必要だから。ねえ。なんでそんなに機嫌悪いの。」
いつもニコヤカな妹がこんなに不機嫌なのは珍しい。
「お兄ちゃん、出て行くつもりでしょう?サマルトリアから。」
図星を指されて、一瞬動揺したが、
あえて平然を装って答えた。
「どうしてそう思うの?」
「だって、お兄ちゃん不自然だよ。いつもは触りもしない
武器なんか持っちゃって。」
「・・・・僕が武器持ってたって知ってるの・・・?」
「知ってるわよ。銅の剣と皮の盾持ってたでしょ。」
それは自分が準備した装備品であった。
でも先ほどからいくら探しても見つからなかった。
妹がそれを知っていると言うことは・・・・。
そして妹が言った言葉は、カインにとって信じられない言葉だった。
「お兄ちゃんが旅に出るなんて駄目だからね。
私が許可しない。武器も道具も川に捨ててきたから!」
見つからなかった旅の用意は妹の手で捨てられていたのだ。
「な、なんで!!大事なものなのに!なんでそんな勝手な事するの!?」
さすがに承諾しかねるカインは妹に詰め寄った。
「何よ!勝手なのはお兄ちゃんじゃない!!!
勝手に国を出て行くなんて、許されると思ってるの!?」
「・・・・お前も聞いただろう。ムーンブルクのこと。」
「聞いたわ。それでムーンブルクまで行ってマリアお姉さまを
探すと言うことなのよね?」
「・・・そうだよ。」
カインは本当のことを妹に告げた。
すると妹はわなわなと震えて泣き出してしまった。
「・・・お兄ちゃん馬鹿よ!無理に決まってるじゃない!」
「どうして、無理って言うのさ。」
泣きながら訴えてくる妹だが、頭ごなしに自分には無理と言われると
さすがに承服しかねた。
「お兄ちゃん、剣だって魔法だって全然使えないじゃない!
魔物とどうやって戦うの。死んじゃうじゃない!!」
妹は心配で心配で仕方が無かったのだ。大好きな兄がそんな危険に
さらされるのは嫌だったのだ。
「・・・・心配かけて悪かったよ。でも大丈夫だよ、ローレシアのアレン王子と
一緒に行くから」
「アレン・・王子・・・・?」
アレン王子がローレシア内でも無類の強さを誇ると言うのは聞いたことがある。
「うん、それにマリアに何かあったら絶対助けに行くって、決めてるんだ。
マイが武器と道具捨てちゃったんなら、もう良いよ。」
兄の決意は固いようだった。
本当にこのままでは丸腰で旅に出てしまうのだろう。
「やだ。やだやだやだ。旅に出るなんて認めない。」
「・・・マイに認めてもらわなくっても良いよ。じゃあね。」
そのまま出て行こうとする兄を妹は引き止めなくてはならなかった。
「だめ、だめえーーー!!」
叫んだ妹の手のひらからは小さな火の玉が生まれた。
無我夢中でそれがカインに向かって投げられた。
「え・・・うわ!」
カインに直撃はしなかったが、火の玉は壁に当たってくすぶっている。
「・・・・・これ・・・ギラ・・・・・?」
「知らない・・・知らないよぉ。やだよ。お兄ちゃん行ったらやだよぉ。」
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妹は泣き崩れている。どうやら魔法は夢中でやっただけで
自覚は無かったらしい。
兄であるカインがまだ使えない火の魔法をこの妹は使ったのだ。
「マイ・・すごいんだね。僕、安心してサマルトリアを任せられるよ。」
「やだ、やだ、そんなこと言わないで。私じゃ駄目。
お兄ちゃんがいないと駄目なんだから。」
ますます妹は泣き出してしまった。
そんな様子を見て、カインはため息をついた。
「そうだよね。僕が弱いから、マイに心配かけてるんだよね。
ごめんね。」
そういうとカインは妹の元に近寄って、
泣きじゃくってる妹を優しく抱きしめた。
「じゃあ、約束するよ。僕強くなるから。マイがびっくりするくらい。
だから・・・・待ってくれる?」
「どうしても行っちゃうの?」
「うん。どうしても。」
妹は泣きじゃくった目で兄を見上げた。
「じゃあ・・・・・じゃあ、私も連れて行ってよ!」
「へ?」
「お兄ちゃんだけじゃ心配だもの。私も一緒に行く!」
妹は決然とそう言い、立ち上がった。
「さっきだって見たでしょ!?私魔法だって使えるんだから。」
初めて使えた魔法であったが、きっとこれは戦いに使えるものだと
妹は思った。
妹は旅支度をしなければ、と思った。
だが、動き出した妹の手をカインは捕まえて静かに言った。
「・・・・それは・・・・駄目。」
「なんで、そんなこと言うの。お兄ちゃんが行くんなら私も行く。」
「駄目だよ。父様だって母様だって許さないよ。」
「お兄ちゃん勝手だよ!」
妹は納得が出来なかった。
そんな妹にカインは静かに、しかし毅然として言った。
「駄目だよ。
僕がいなくなったら、マイが最後の国民の希望なんだから。」
「いなくなったらって・・どういうこと?」
怪訝な顔をする妹。
「ごめんね。もう行くよ。」
そういうと兄は顔も見ないで部屋を出て行ってしまった。
一人残されたマイは呆然としていた。
「いなくなったら・・・って・・・・」
兄はやはり生きて帰れないかもしれないと考えているのだろう。
いつも自分の言うことならなんでも聞いてくれた兄が、
いくら引き止めても聞いてくれなかった。
もうその決意は止められないだろう。
でも。 それじゃあ、これが、・・・今のが最後の別れと言うことになってしまう。
いやだ。
いやだった。最後の思い出がこんな喧嘩別れなのは。
最後の顔が兄のあんな悲しそうな顔なのはいやだった。
マイはあわてて部屋の中を探し回った。
何か兄に渡せるものがあれば渡したかった。
旅に役に立つものがあれば、少しでも渡したかったのだ。
捨ててしまった武器は川に流してしまったので、もう探しても見つからないだろう。
マイは激しく後悔した。
旅立ちを止められないなら、武器を捨てたのは完全に裏目となった。
本当に何も持たなくても出て行ってしまうだろう。
カインはこのまま城を出るつもりだった。
誰も旅立ちを応援してもらえないのは残念だったが、サマルトリア国のことなら
父や妹がいれば大丈夫だと確信できたのは良かった。
だが、城に背を向けて、歩を進めようとしたとき、
聞きなれた声が聞こえてきた。
「おにいちゃーん!!!」
妹の声だ。また引き止めに来たのだろうか。
聞こえないふりをして、走って逃げようとしたとき、
マイの大きな謝罪の声が聞こえた。
「お兄ちゃん!ごめんなさい!!」
「え?」
「勝手にお兄ちゃんのもの捨てちゃってごめんなさい!!」
息を切らして走ってきたマイは自分に頭を下げている。
「な・・なんで謝ってるのさ。僕のこと許せなかったんでしょ?」
「うん。でも、喧嘩して別れるなんて、・・・・嫌だもん。
仲直りしよう?笑ってお別れしよう?」
健気な妹の姿を見てカインも深く心を動かされた。
「これね。私の持ってた護身用の聖なるナイフ、こんなのしか無かったけど
持って行って。それから薬草と・・・聖水!これだけしかなかったけど、持って行って。」
マイは手持ちの武器と道具を持ってきてくれた。
「それからね。これ。」
マイは自分が身につけていた赤い色のスカーフを外して兄に渡した。
「これね。魔よけの効果があるんだよ。私だと思って、持っていて。」
妹の心づくしの用意を受け取って、兄も素直になって応えた。
「ありがとう・・・。お兄ちゃんも、勝手な事を言って・・・ごめんね。
仲直りしよう。きっと・・・必ず帰ってくるから。」
「うん。私・・・・待っているね。」
兄と妹は無事笑顔で仲直りすることができた。
「アレン王子に会えるまで、気をつけてね。」
「ありがとう。聖水ももらったし、大丈夫だよ。」
嬉しそうな兄に妹も一安心であった。
そして頭を下げて最後に告げた。
「マイはお兄様の御武運をお祈りしております。」
「うん。行ってくるね。サマルトリアのことお願いするね。」
そうしてサマルトリアの王子カインの長い旅の始まりとなった。
- 終 -
2010/10/26
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