61.船・航海

「いっやー。雲ひとつない快晴と、波一つない静かな海だ。
 平和だなあー。」

俺が悠然とそう呟くと、目の前にいる人物にぎろりと睨まれた。

「さっきからっ!もう何回目だよ。その言葉!!
 空は青!海も青!もー。さっきからこの風景ばっかり!」

そう言うのも青い瞳のアレンだ。
どうやら飽き飽きとしているらしい。

「いや、海の男としては、この光景はいつ見ても飽きねえな。
 ほら、見てくれよ。あそこにしびれくらげの足が見える。」

はは、としびれくらげに俺は手をふった。
しびれくらげはこちらをちらっと見たが、
興味なさそうに海にぽちゃんともぐってしまった。

いや、平和だ。

「おーれーは、飽きたの!
 そりゃさっき、行きみたいに超特急で行く必要はねえって言ったけど。
 なんだよ、この帰りの鈍行は!!
 ミゲル、どうなってんだよー。」

船の航海士を任されている俺と青い瞳の兄ちゃん・・ことアレンが
お手上げとばかりに手を挙げている。

俺達は今ベラヌールに向けてアレンと二人、のんびりと航海中だ。
話をさかのぼると、少し複雑になる。

緑の兄ちゃんことカインがベラヌールで病床に倒れたと言う事だ。

ものっすごい剣幕で、アレンとマリアの二人が、
世界樹の葉に向けて船を走らせろと行ってきた。
全速力でだ。

人の命が、俺のこの航海術の手にかかってると言っても良い。

これは俺にとっての正念場と言えた。
普段戦闘では役にも立てないが、
今こそ俺の真価を見せるとき。今やらずにどうするという感じだ。

カリカリしている二人をよそに、
冷静に、まぁ俺なりの全身全霊で船を飛ばして
目的の小島まで辿り着くことが出来た。

そして、やきもきしながら二人が帰ってくるのを待った。

てっきり、「帰りも全速力!!」と言われるんだろうと思い
船をいつでも出せるようにスタンバッていたところ、
戻ってきたのはアレン一人。
しかも妙に顔の筋肉が緩んでいると言うか、
緊張感の抜けた表情になっていた。
どうやらマリア一人先に帰ったらしい。

「もう、急がなくても大丈夫さ。」

そんな事を言っていたアレンを乗せて、
船は一路ベラヌールへ向かって進んでいる・・・・。

・・・・はずだった。


そうなのだ、さっきから同じ風景ばかり。
どうにもちっとも船が進んでいない。

「確かに急がなくて良いって言ったけどさー。」

アレンは激しくため息をついた。
そしてふと上空を指差していった。

「なあ・・・帆が破れてねえ?」

「普段から戦闘まみれで、船も多少いたんでら。」

「ふーん。壁もこんなベロンベロンで良いんだっけ?」

「多少ベロンベロンでもしょうがねえ・・・って!?
 なんだ、ベロンベロンって何の話だ!?」

見ると妙に風通しが良い状態に・・・
と言うか船壁が朽ち落ちているところがあった。

「うわーー!!なんじゃ、こりゃ!」

今まで操縦室にいたり、暗かったりでよく見ていなかったが、
船がぼこぼこになっていた。

「兄ちゃんまた船の中で大暴れしたな!?」

「してねーーよ!!!」

アレンはぶんぶんと首を振って否定した。
どうやら、アレンではないようだ。

「ベラヌールにいたときはこんなんなってなかったぞー?」

出発する前に船の点検をしたのだ。間違いない。

「じゃあ、マリアのイオナズンじゃね?
 やっぱ船上でイオナズンは禁止だなー。」

アレンは事も無げに、あくびをしている。
全然動じていない。

「急ぎのときでなくて良かったぜ。
 スピードが出ないのも仕方ないが、
 そもそも下手すりゃ沈んでるぞ。」

「沈んだら駄目だろ。」

「そりゃそうだ。」

俺は地図を広げた。
この状態で遠くまで航海するのは無理だ。

近くの港に一旦停泊したい。

「え、このままじゃあベラヌールいけねえの?」

「兄ちゃん、この鈍行で行ってても辿りつかねえし、
 このままじゃあ行き先は海の底だぜ?」

「げーーー??マジでか。」

ようやく事の大変さに気づいたらしい。
一緒に地図を覗き込んできた。
今どの辺?と聞いている。
まぁ、正直さして進んでいない。

「近くの街に寄航しようと思うが良いか?」

「しょうがないよな。
 しっかし急がなくて良いとは言ったけどさあ、これは予想外だなあ。」

アレンは手を組んでそう言った。
しかし、本気で焦っている様子は無い。
行きと緊張感とは全然違う。
どうやら、カインの事は本当に心配してないのだろう。

「そう決まったら、とっとと港行こうぜ。
 俺さー、肉が食いたい。」

ポンポンと膝を叩いて、そんな事を言っている。
確かに航海中は緑の兄ちゃんもいないから、
いつも魚ばっかり食べていたから・・・それも飽きたんだろう。

この人は本当に大物だ・・と思った。





***


一番近いのはペルポイの街であった。

アレンをペルポイで下ろしてから
俺は船の修理に取り掛かった。


今の時代、世界中を航海している船はほとんどない。
魔物が出るようになったためだ。

そのため、俺達ルプガナの船乗りも
近郊の航海しか出来ないでいた。

それが今は、アレンたちを乗せて文字通り世界のどこへでも
この船で航海が出来ている。

これは奇跡的なことだ。

対魔物に関して、戦い続けられるのは
ひとえにアレンたちの力によるものだろう。

彼らはロトの血を引く勇者の末裔だと言う。
そんな物語のような話があるだろうかと最初は思ったこともある。
だが、何度かその人並み外れた力で、
自分の命も含めて助けられたことがある。

今は心の底から彼らの力を信頼していた。




アレンはペルポイで宿を取ったのだろう。
その夜は帰ってこなかった。

俺は翌日も引き続き、一人で黙々と船の修理を行った。
アレンが帰ってきたら、出航できるように準備をしなければならない。

人目も振らずに何時間も作業を続けていながら考えた。

船の損傷はアレンはマリアのイオナズンのせいだと言っていたが、
そればかりではあるまい。

そして、いつかさらに激しい戦いがあれば、
この船が再起不能になることもあるかもしれない・・。
そんな戦いが起きれば自分だって死ぬのかもしれない。

そんな日がやってこない保障は無い。
・・・このまま旅を続けることに恐怖心がない訳ではない。

だけど、俺は航海士を辞めようとは思わなかった。


実は俺には誇りに感じていることがある。

アレンは、同じロトの血を引く二人の仲間を大切にしているが、
決してその二人以外の人間を、
この危険な旅に同行させようとはしないのだ。

そう、俺以外。

当然自分はロトの血など引いていない。
そんな俺を彼らは連れて行ってくれている。

自慢ではないが、戦闘には役に立っていない自負がある。
だが逆に、船の航海という点においては、役に立てている自負がある。

こっそりと勝手に俺は自分が、彼らの仲間であると思っている。
まぁ・・・アレンたちがどう思っているか分からないが。

きっとアレンたちは世界を救う。
俺はそれを間近で・・・まぁ、実際の戦いは見れないだろうが、
その戦いの軌跡を一番知っている一般人と言えるだろう。

それを誇らしく思っているのだ。
だからこそ、俺はこの船をいつでも動ける状態にしておく。
それが俺が仕事だ。


それにしても、こんなにあちこち壊れているのに、
世界樹の葉を取りに行くときの、あのスピードは何だったんだろうか・・・。
人の命がかかっていると俺も必死だったが、
それでも、何か尋常ならざる力が
この船を突き動かしたような気がする。

それこそが、俺がちょくちょく感じられる奇跡ってやつだ。

勇者を乗せて走る船だ。
時代が時代なら、
こいつは伝説の不死鳥ラーミアと同じことをやってるって訳だ。

俺は口元がにやけた。

修繕の終わった船を、今度は愛情たっぷりに綺麗に拭っていく。
実はこっそりと俺はこの船に名前をつけているのだ。

「さーあ。これで、船の修理は大丈夫だ。
 これからも頼むぜ。『夢見るラーミア号』」

子供の名づけたような名前で恥ずかしくて、
口に出すのは初めてだったが、
一度口に出すとさらに何だか恥ずかしくなった。

「ぎゃはっ。俺が勝手に夢見てるだけだっての。」

独り言の癖に恥ずかしくなって、笑ってごまかしていると、
誰かがその独り言に返事をした。

「良い名前だね〜。」

「はい?」

俺が顔を上げると、そこには信じられない人が立っていた。

「え・・・なんで、ここにいる・・んだ・・?」

その人はぺこりと頭をさげた。

「ミゲルにもお礼を言おうって思って、急いで来たんだ。
 ありがとう。おかげで、この通り元気になったよ。」

あれ?ここはペルポイだよな?
あれ?この人はベラヌールにいるんじゃなかったっけ?

だから、船を直してベラヌールへ行こうとしていたんだが・・・・。

「どうしたの?ぼーっとして・・。」

緑の瞳の少年は怪訝そうに、俺の顔を覗き込んできた。
どう見ても、それはアレンたちが救おうと奔走していた人だった。

「み、緑の兄ちゃん!!!なんで!こんなとこにいるんだよ!」

カインはおかしそうに笑った。

「皆のおかげでね。」

『皆』の中にはどうやら俺も入っているようだ。
しかし、その解答ではどうしてここにいるのかと言う質問には
さっぱり答えがたりない。

ええい、まどろっこしい。
この人はいつも若干言葉足らずなんだ。

でも、良かった。
カインを覆っていた黒い影のようなものはすっかり晴れていた。
表情も晴れ晴れとしていた。元気になったんだ。

「うわあ!!良かったあっ!!!間に合ったんだなあ!!」

「わっ!ちょっと・・・!」

俺はカインに飛びついて、勢い余ってそのまま後ろにひっくり返した。
ガンッと音が鳴った。カインが頭をぶつけたみたいだった。
俺はさーっと色を失った。

「っぎゃーーー!!兄ちゃん、死ぬなーー!」

俺が騒いでいると、別の何者かが俺の頭をがしと踏んだ。

「おい、せっかく助けたのに、お前はこいつを殺すつもりか。」

若干本気の殺気を感じると、そこにはアレンが戻ってきていた。

「あはは、大丈夫だよ。へーきへーき。」

カインは頭を擦りながら、体を起こした。
見るとマリアもやってきていた。
3人揃っていた。

何をどうやって、何故ベラヌールじゃなくて、
ここで3人勢ぞろいしているのか、
そんな事は、俺のつたない頭ではさっぱり分からない。

だけど、これこそ俺が目の当たりにさせてもらってる『奇跡』ってやつだ。
俺は胸が高鳴るのを感じた。


「おかえりなさい!兄ちゃんたち!!」


ほら、やっぱり俺はこの船の航海士は辞められそうにない。






- 終 -

2012/09/15

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  リクエスト小説で「船番している時のミゲルの小説」と言う事で、ちょうど隙間だったペルポイ後にあっただろうカインとの再開シーンを書かせてもらいました。
  ミゲル一人称はもちろん初めてですね〜。
  しかし、一人にしていると色々考えてしまうようですね。(一人の小説自体が珍しいことに気づいた)
  でもこの人にはあくまで一般人代表として、見守ってもらおうと思います。
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