ムーンブルク落城の報が届き、
お兄ちゃんがサマルトリアを出てから3日。
国の皆はその事にすぐ気づいていた。
そして、その理由と事情もそれとなく理解していたようだ。
いかに平穏なこの国でも
サマルトリアの王子であるお兄ちゃんが旅に出るという事、
それが何を意味するか、それくらいは子供でも分かる。
別に穏やかで平和なこの国が
直接何かに脅かされたわけではない。
それでもやはり火が消えたような静けさが国を覆っていた。
それは仕方ないことなのかもしれないが、
だけど私はやっぱりそれを良しとするのは嫌だった。
だから私はいつも通りに、いや、むしろいつもより明るく
日々を送るよう心がけた。
「おはよう!良い天気ね!」
「おはようございます。マイ様、そうですね。」
通りすがりの侍女に笑顔で話しかけてみた。
「ほら、雲ひとつ無い晴天よ。気持ち良いわね。
きっと、何か良いことがありそうよ。」
「良いこと・・ですか?」
侍女は眉を顰めている。
兄が一人で苦しい旅をしているのに、
何を妹は浮かれているのかと言いたいのだろうか?
「こんな良い天気にそんな仏頂面ばっかりしてたら
良い女が台無しよー。ほら笑顔笑顔!」
「は、はあ・・。」
侍女は申し訳程度に笑顔を見せると
そそくさと去っていった。
あのぼんやりした兄がいなくなっただけで
国の表情がこんなに変わるものだろうか。
ええい、なんだか色々と気に入らない!
つかつかと私もその場を去った。
教会を尋ねて、
礼拝堂で神父様といつも通り朝の礼拝を済ませた。
そして今日も兄の無事を祈った。
どうやってあの剣も魔法も使えない兄が
魔物たちと戦うのか・・・
そんな事を思うと頭の中が不安でいっぱいになる。
でもあの兄とてロトの血を引く者なのだ。
きっとやればできるんだろう!・・・多分。
それに、知らせがないのは無事な証拠だと思うことにしよう。
教会を出た頃には、少しの空腹を感じた。
朝食の時間にもちょうど良かったが、
先ほどのむしゃくしゃと、兄への不安と・・・、
とにかく、ごちゃごちゃしたこの気持ちが治まらなかった。
そんな時は体を動かそう!
武器庫で一つ武器を拝借して素振りでもしようと思った。
いつもは細身のレイピアを選ぶのだが、
今日は何故だか棍棒を選んだ。
こんな武器を持つのは初めてだ。
だけど、なんだかこれで不安をぶっ潰したい気分だった。
「よーし、これで・・・素振りを百回・・・って重!」
いつもの細身の剣とは違う重みと迫力で
素振り百回どころか、一回振ろうとして思わず大きくよろめいた。
その時、背後から誰かが自分を支えてくれた。
そして見知らぬ声が耳に届いた。
「おい、あんたふらふらだけど、大丈夫か?」
この時間、この稽古場に兵が入ってくることは無い。
だから誰もいないと思って入室したのに、
誰かが自分を触っていた。
王女である私をだ。
思わず、重い棍棒を手放して、大きく仰け反った。
「だ、誰っ!?」
そこのいたのは、
真っ青な旅装束に身をつつんだ若者だった。
年は兄と同じくらいか・・
見たこと、あるような無いような。
いや、無い。
こんな人間サマルトリアの国で見たことが無い。
つまり・・不審者だ!
「誰かーーー!!ふしんっ。ムガ!」
助けを呼ぼうと大声を出した私の口を
その不審者が抑えた。
ええい、なんて無礼な奴!
だが、振り払おうと暴れたが、全く組み外せなかった。
何なの?何こいつーー!!
「不審者なんて言うなよ。
ちょっと勝手が分からないから、忍び込んだだけで
不審者じゃねえよ。」
「!」
まるで、不審者じゃない理由が見当たらないくらいの
不審すぎる言い訳!!
だが、その若者はそう言うと、
自分を抑えてる力を緩めてくれた。
その隙に私はその場から、さっと離れた。
「お前は何者だ!」
毅然として私は不審者に尋ねた。
使い慣れたレイピアを手にして相手の首元に突きつけた。
相手も武器を持っているようだし、油断は出来なかった。
「それよりさ、俺探してるやつがいるんだけど・・。」
若者は私が持つ刃物はまるで意にも介さないように
顔色も変えずに聞いてきた。
「サマルトリアの王子ってどこいったんだ?
どっこにもいねえ。
ここは剣の稽古ができるようだから、いるのかと思ったんだが・・」
「!?」
こいつはどうやら兄を探しているらしい。
だとしたらお生憎様だ。兄なら3日前旅に出た。
「いないわ。」
「はー?いないー?
サマルトリアの王子がサマルトリアにいないってどう言う事だ。
ってまぁ、俺も同じようなもんだが・・。」
「???」
何をこいつは言ってるんだろうか。
とにかく、こんな不審者は早く追い払って牢屋にぶち込むのが一番。
「ついて来なさい。」
「ん?王子んとこに連れて行ってくれるのか?」
「馬鹿を言いなさい。お前の行き先は牢屋よ!」
若者は嫌そうな顔をした。
牢屋と聞いて、顔を輝かせる者はいまい。
ふん、いくら嫌そうにしても、こんな奴は牢屋行きだ。
観念すると良い。
「じゃあ、王様のところに案内してくれないか?」
まるで悪びれないこの若者に私は呆れた。
「まだ言うの!?この不審者め!」
「不審者じゃないって。
俺はローレシアの王子。アレンだ。」
「!?」
予想しない言葉が若者の口から発された。
は?なんの王子だって?
「で、サマルトリアの王子を尋ねて来たんだ。
俺と一緒に旅を−って聞いてるか?」
「え?え!?ええ・・!?」
ローレシアの王子と言えば初見ではない。
よーく見ると、ロト祭で見かけたときの
あの面影が・・・残っている。
服装が全然違うので分からなかったようだ。
ひゃ〜〜!
私ってローレシアの王子を牢屋に
ぶち込もうとしてた!!
「も、申し訳ありません!!
人違いでとんだ失礼を・・・。」
「いや、良いよ。名乗らなかったのが悪いんだから。
でもなんだ、サマルトリアの王子いないのかー。」
アレン王子は残念そうにそう言った。
「兄は3日前に旅に出ました。
アレン様を探すとも言っておりました。」
「・・・兄?あんたまさかサマルトリアの王女か?
こんな所で何してるんだ?」
怪訝そうな顔でアレンがこちらを見ている。
こんな所で棍棒を振り回していたような私が王女とは
アレンも思わなかったらしい。
ははは、もう笑うしかない。
「少々鍛錬を・・。お見苦しい所をお見せしました。」
「へーー。俺はそういうの嫌いじゃないぜ?
それに、妹姫がこんな様子だったら
兄王子はきっとかなりできる奴なんだろうな。」
ああ、変なイメージを与えてしまった。
でも残念!兄はあまりできない奴ですよーなんて・・。
いや、それよりもアレン王子がここにいると言う事は?
「わ〜〜大変!
お兄ちゃんもきっと今頃ローレシアです!!」
「へ?」
「入れ違いになってしまったようです・・。」
「しょうがねえなあ。」
アレン王子は大仰にため息をついた。
ローレシアからサマルトリアまで一人で来たとしたら
かなり大変な旅だっただろう。
それが入れ違いなのだから落胆もするだろう。
「なあ、サマルトリアの王子ってどんな奴だ?」
「え・・そうですね・・・。」
一緒に旅をするのだ。
どんな人物なのか気にもなるだろう。
そうだな・・兄は穏やかでのんびり屋で、
そうかと思いきや頑固なところもあり、
意外と人の意見を聞かないところもあり・・・。
今回の事だって、そうだ。
よく考えればアレン王子が旅に出たのだから
兄弟国であるサマルトリアを訪れるのは自明の理。
兄はギラ一つ使えないんだから、
一人無鉄砲に飛び出す必要なんてない。
むしろ、見ろ。
ほら入れ違ってるじゃないか!!
そう考えるとあの涙の旅立ちも、何か色あせる。
「おい・・・?」
考え込んだ私を不審に思ったのかアレン王子が
心配そうに声を掛けた。
私は顔をあげて、言ってやった。
「そうですね一言で言うと、馬鹿ですね!」
「ば・・?馬鹿?」
不審そうな顔をしていたアレン王子の眉がますます顰めれらた。
「俺、今からそいつと旅をするんだぞ・・?」
あ・・・。
馬鹿とか言われたら、そりゃ心配だろう。
それにこの国が、馬鹿を輩出したサマルトリアとか思われる。
やばいやばい。
いやいや、兄にも良いところはいっぱいあるんだ。
たとえば・・えーっと。
「兄はですね、意外とですね・・・・意外となんだ?
えー。意外と手先が器用で。」
「ほう?」
「細かい作業なんかが・・・得意かも?」
「かも?」
ああ、いけない・・。
これでは不安は解消されない。
「あ、料理なんか・・多少・・多分できるクチなんですよ。」
「おお。それは良いな。他には?」
「他に・・・?」
「剣とか魔法とか、得意技はなんだ?」
ああ、痛いところを付かれた。
剣も魔法もあんまり得意でもない。
むしろ魔法なんてホイミくらいしか使えない。
じゃあ剣が得意かと言うと、私が見てもスライムにも通じるか・・。
失笑を禁じえない。
「えーっと、そうですね・・・。」
「・・・まあ・・・その沈黙が答えだな。」
アレン王子は呆れていた。
かくいうアレンは使い古した剣を装備している。
この道中に何度も使った様子だ。
剣が得意なのだろう。
「でも、やる気になるととても一途に頑張る兄です。
本当です。きっと剣も魔法も頑張るはずです。
それに、とっても優しいです!」
必死のフォローは伝わっただろうか・・?
「微妙・・・だな。結局強いのか?そいつ・・・」
ああ、なんとも微妙な反応!ですよねーー。
スイマセン。
うちの兄の得意技はベギラゴンです、とか言いたかったです私も。
「とりあえず、この国にいないことは分かった。
追いかけるとするか。」
アレン王子は踵を返して出て行こうとした。
ええ、そんな急に??と思ったとき、
ぐーーーと低い重低音が稽古場に広がった。
そしてアレン王子がもう一度こちらを振り返った。
「あ、悪いんだけど、俺もう何日かまともに食ってなくて・・・。
何か飯食わせてくれないか?」
何事かと思ったら、
アレン王子の腹の音だったらしい。
そう言えば私も朝ごはんを食べそびれていた。
兄がどうしているのかは心配ではあるが、
あののんびり者の兄だ。
きっと魔物にも気づかずのほほんとしているのだろう。
腹が減っては戦は出来ぬだ。
「どうぞ、喜んでご用意致します
良ければ父にも会ってくださいな。」
私はこれからも激しい戦いを続けるであろうアレン王子に
つかの間の休息をお誘いすることにした。
- 終 -
2012/11/08
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