ローレシア城の屋上から見える景色は雄大で美しい。
見下ろした先には広大に広がる海が、そして背後には猛々しい岸壁が立ちはだかる。
・・・・・などと、感慨にふけっている場合ではない。
ローレシアには今危機的状態にあるのだから。
先ほど、ローレシア城内に化け物のような魔物が現れたと思ったら、
サマルトリアの王子の魔法で避難するよう言われ、半強制的にこの屋上に連れられてきた。
かれこれ、どれくらいの時間がたっただろうか。
何も起きなくても、待つ身になれば、
その時間は非常に長く、まるで永久に終わらないかのように長く感じられる。
だが、実際には1時間も経たないうちに、騒々しくその静寂は破られた。
無遠慮に激しく扉が開かれて、場の空気は一転する。
「よぉ!無事か!!」
無遠慮に扉を開けたのは想像通り、この国の王子だった。
この場にいる私以外のメンバーはそれを何より待ちわびていた。
「アレン!」
「アレン様!」
「あなたこそ、無事で!?」
「ああ、俺も皆も無事だよ。勝ったぜ!」
アレンは、大きな声でそう答え、ガッツポーズをして見せた。
王も王妃も、乳兄弟のクレハも、その言葉に大喜びで歓声をあげている。
まるで万歳三唱でも始めそうな勢いだ。
アレンは、それに応えつつ、こちらに視線を向けた。
自分はあえて視線を向けなかったというのに・・。
「ディアン、お前も無事だったか?」
「まったく問題ない。」
「そうか、よく皆を守ってくれたな。」
アレンはそう言って、笑みをみせた。
・・・・・?
ふざけているのか?あいつは記憶障害か?
ローレシアがこれだけの被害を受けてしまった原因の一端は私にあるというのに。
しかし、そんな私の心境などは全く意にも介さず、
アレンはムーンブルクの王女マリアと共に、事後処理や怪我人の介助に忙しそうであった。
平和になったのだから、少しは休めば良いのに、
彼らは忙しそうに動き回っていた。
王たちもそんな二人を案じていた。
「アレン、少しはゆっくり休んだらどうだ?
マリア王女も疲れているだろう。
平和になったんだ。何も慌てることはないだろう?」
「いや、そうもいかないんだ。あんまり時間がないからな。
父上たちのほうがいろいろ大変だっただろう?今日はもうゆっくり休んでくれ。」
アレンは言葉少なに断ると、逆に王たちをその気遣った。
そう言えば、気になることがある。マリア王女はいるが、サマルトリアの王子がいない。
そのことをクレハも気づいたようだ。
「アレン様、カイン王子はどうしたのですか?お怪我でもされたのですか?」
クレハは自分を気遣ってくれたカインのことも心配だった。
だが、アレンは心配は無用とばかりに手を振った。
「いいや、違うよ。ちょっと用があるってさ。」
「は・・はぁ・・・・?」
要領を得ない返事で、クレハも困惑している。
だがまぁ怪我をした訳でも、喧嘩したわけでもなさそうだ。
「アレン。あとは南の門の付近に怪我をした兵の方がいるそうよ。」
「ああ、分かった。行こう。」
どこからかそんな情報を得てきたマリアは、アレンを連れてその南の門へと向かっていった。
どうやらそこには怪我人が数人いたらしい。
それ自体は大した問題でもなかったのだが、
その他にも壊されてしまった門のや外壁の修理などもあり、
結局アレンたちは夜になるまで帰ってこなかった。
ディアンは自室に戻り、愛用の椅子に腰掛けて、
今日一日の出来事を振り返っていた。
あの横暴かつ放蕩な王子が他国の王子や王女を連れて久方ぶりに帰ってきた。
私が亡き国の唯一の生き残りとなったマリア王女を慰めてやろうとしたら、これはきつく反抗された。
そして、牢獄にいた神官には騙され、この国は一挙に危機に陥ったのだ。
思えば、全くろくでもない一日だった。
死ぬんじゃないかと思わされた。
だが、今平和にワインを片手に休息を得られているのは、あのアレンの奮闘によるものだ。
この国の危機は・・・・・私が招いたといっても過言ではない。
国を思っての行動だったと言うのは、単なる言い訳だ。
間違いなく、私の罪なのだ。
そう、どんな刑に処されても、国を追い出されても仕方がないのかもしれない。
今夜にもアレンは王に私の罪について報告し、
早ければ明日にもその処断は下されるかもしれない。
そうするとこうやって静かに自室で過ごせるのは今日で最後かもしれない。
そう思い耽っていると、部屋の扉をノックする音が聞こえた。
「俺だ。開けるぞ。」
返事をするより先に、不躾に扉を開けようとする人物は一人しかない。
「失礼ではないか?アレン王子。」
「悪かったな。」
口ではそう言ってるが、あまり悪いとも思っていなさそうなアレンだ。
後ろにはマリアも連れていた。
どうやら、少し離れたところに、心配そうにクレハもやってきていた。
明日といわず、早速今夜私の罪について、処断を下そうと言うのだろうか。
まぁ、仕方がない。私は包み隠さず、受け入れようじゃないか。
そう重々しい気分になっている私に対して、アレンは軽く口を開いた。
「夜分に悪かったな。俺も時間がないんだ。
明日にはサマルトリアに行かないと駄目なんでな。」
「は?」
何の話だ?私の罪の重さについて、問い正しに来たのではないのか?
「何をきょとーんとした顔してるんだよ。
約束しただろ、お前とサシで勝負するって。
国中の皆の前でって言ってたけど、悪いが夜なもんでギャラリーはこんだけだ。」
アレンはそう言って背後の二人を指差した。
マリアは厳粛な顔を、クレハは若干場の空気を把握しきれず不思議そうな顔をしていた。
ますます私は怪訝な顔になっただろう。
「勝負だと?本気か?」
「本気も嘘もあるかよ。約束したじゃねえか。」
確かにそんな言葉は交わした覚えがある。
ここは、アレンに従うほうが良いだろう。
当然、大人気なく本気で戦うのではなく、
アレンに花を持たせるのが良いのであろう・・・
などと考えた手の内は読まれていたようだ。
「言っとくが、手とか抜いたら承知しねえぞ。
どうせ、すぐに終わる。本気で、かかってこい。」
・・・・・・
確かに、どうせ明日には国を追われるかもしれない身だ。
王子に花を持たせても仕方ないのかもしれない。
むしろ、ここは当初考えていたとおり、アレンの実力を見極めねばなるまい。
「怪我をしても、文句は聞かんぞ・・・。」
私は、自分の持つ最高難度の魔法を唱えることにした。
ヒャダルコだ。
元々氷系魔法を使える魔法使いは多くない。
それを使えるというだけでも、私の魔法は価値があると思っていた。
「凍てつく氷よ、全てを覆い尽くす衣となって降り注げ!
ヒャダルコ!!」
「また、氷か!」
アレンは右手で氷をガードしている。
しかし、ヒャダルコの凍てつく氷はアレンの体を確実に凍らせていった。
「アレン様!!」
背後のクレハが心配そうにアレンの名を呼んでいる。
よく見るとアレンは武器も持っていない。
本気で戦うといっておいて、武器も持たないというのは
自分を馬鹿にしているのか?
魔法使いなら分からないでもないが、
アレンは魔法が使えない剣士ではないか。
最早アレンの腕も足も、私の魔法によって凍り付き
身動きも取れない様子だ。
「アレン王子、あっけないな!勝負ありだ!」
そうは言っても、並外れた腕力のアレンに近づくのは恐ろしい。
そこで私は、もう一度魔法を使い、アレンに止めを刺すこととした。
「これで終わりだ!!イオ!!」
爆風がアレンを襲った。
足が凍り付いていたアレンは避けることもできず、
さらに腕が凍り付いていたため、防御もできなかった。
イオはアレンを直撃していた。
その様子を私はこの目で見て、勝利を確信した。
「ア、アレン様・・・・!!」
再びクレハは悲鳴のような声をあげた。
無事かどうかを確認するため、イオの魔法が炸裂したあたりへと
駆け寄ってきていた。
だが、爆風の中から聞こえたのはアレンの声であった。
「来るな、クレハ・・・勝負は・・こっからだ!」
声が聞こえたと思うと、アレンは地を蹴り、爆風の中から現れた。
そして、拳を振り上げる姿が眼前に現れた。
私の記憶に残っているのはそこまでだった。
+++
「ベホイミ。」
癒しの魔法が私の体を包んだのを感じると、
私の意識は浮上していった。
「よう、大丈夫か?俺の勝ちだな。
約束だから、ロトの印は渡してくれるよな?」
目を開けると、アレンが私を見下ろしているのが見えた。
なるほど・・・私は負けたのか。
確かにロトの印は私が預かっているものであった。
勝負には負けたことは違いない。
私は痛む体を無理やり起こそうとしたのだが、
激しく頭を打ち付けたのか、くらくらと目が回った。
「一撃の衝撃で意識を失ったけれども、
傷自体は深くはないわ。ベホイミをしたから大丈夫なはずよ。」
背後の声に振り返るとベホイミを唱えていたのはマリア王女であった。
「さすがにアレン王子は、化け物のような力だな。」
自嘲気味に私は言った。
アレンはそれを鼻で笑った。
「化け物みたいとは、余計なお世話だよ。
お前の実戦経験が少なかっただけだ。」
「どういうことだ?」
「せっかく人を凍りつかせておいたのに、自分で爆発起こして
無効化するなんて、魔法に溺れてるとしか思えねーだろ。」
「ぐ・・・・・・・・・・。」
確かに。
氷系魔法も爆発魔法も私の得意魔法であったが、
実際に実戦で使ったことなど無いのであった。
せめて順番を逆にすれば良かった・・などと今更思っても遅い。
「でもそのおかげで、アレン様はその魔法両方受けて
傷だらけじゃないですか!!」
クレハは少し怒って、アレンにホイミを唱えていた。
「まぁ、どっちにせよ回復は俺の仕事じゃないからなあ。」
そんなクレハにアレンは笑って答えた。
「心配する身にもなって下さい!無茶な戦略を立てないでください!」
「はいはい。」
何故かクレハは一方的に怒っている。
それと比べてマリアは冷静だった。
「クレハさん、大丈夫よ。アレンはあの程度の魔法2発で倒れる
やわな体じゃないから。」
戦いの最中も心配そうに声をあげているのはクレハだけで
マリアは冷静に戦略を見守っていた。
彼女にとっては良く見る光景なのだろう。
いや、そんなのどかな会話をしている場合ではない。
きっとこれを最後に私は罪を背負い、刑に処されるのだ。
その前にアレンは約束を果たしに来たのだろう・・。
そう思い、私はすっと両腕を差し出した。
さぁ、刑場に連れて行け・・と心の中で唱えながら。
だが、アレンもマリアも、クレハも不思議そうにその手を見つめた。
「何、腕に怪我でもしたのか?」
「違う!さぁ、私の罪を裁けと言ってるのだ!」
クレハは本気で分からないと言った顔をしているが、
アレンは私の意図することを理解したようだ。
どうしたものかと一旦沈黙したが、立ち上がると私の目を見て口を開いた。
「なら、ローレシア第一王子の名にかけて命じる。」
マリアはアレンが何を言い出すのかと、驚いて見上げた。
さぁ、どんな重い処罰が言い渡されるのかと、覚悟を決めていた私の
耳に聞こえたのは意外な言葉だった。
「お前はその魔法の力で、この国を守り通せ。
俺が戻るまで・・・な。」
「はぁ・・・!?」
思わず私は頓狂な声をあげてしまった。
「『はぁ?』じゃねえよ。命じてるんだから、神妙に聞けよ。」
「いや、そうではなく・・・私はこの国を・・」
「そんなのもう良いから。
俺は、もうすぐまたこの国を出なければならない。
だから、お前の力を見に来たんだよ。」
「また、出て行くというのか!?」
せっかく平和の戻った国からアレンはまた出て行くというのだろうか。
「そうだよ。お前も分かっただろう。魔物たちの力を。
今回はたまたま助かったかもしれないが、また別の国が襲われるかもしれない。
俺とマリアはその根本を断ち切るまでは戻ってこれないからな。」
・・・私がかつて『自由気ままに旅をしている』と揶揄したアレンは
これほどの覚悟を持って世界中を旅していたのか。
「お前の魔法の力、中々すごいんじゃないか?
さっき言ったとおり、後は実戦だな。実戦で磨いていけば良いんじゃないか?」
アレンはそう言って私の肩をぽんぽんと叩いた。
馴れ馴れしい態度に、いつもであれば憎らしく思うものだが、
今日は何故かそう思わなかった。
「このローレシアの貴族である私に言う言葉だと思えないな・・・。」
「あん?」
まだ反抗するか?とアレンは、眉をひそめた。
私は、この誰よりも不躾で、誰よりも無鉄砲で、
そして自分の身を省みない王子に傅くことを決心した。
「アレン王子。その命令・・・忠心より、従わせていただきます・・・。」
足元に跪いた私に少なからずアレンは驚いた様子をしたが
「ああ。」と頷いていた。
が、私は見逃していない。
こっそりと、後ろのマリアに「ちゅうしんって何?」と聞いているのを・・。
うーむ、やはりこの王子で大丈夫なのかと思わずにはいられなかった。
- 終 -
2011/07/11
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