23.涙


ムーンブルクでは昨年病気がちだった王妃を失うという悲しい悲劇があった。
それからというもの、マリア王女はずっとふさぎこんだままだった。

王女は9歳になっていた。



「マリア様、お花を見に行きませんか?」

「かわいい絵本があるんですよ。一緒に読みましょうよ。」

「お歌でも歌いましょう。ハーモニカもありますよ。」

「ケーキを作りましょうよ。いちごをデコレーションしましょう。」



元気のないマリア王女を心配して、
皆色々話しかけて王女を元気付けようとする。


「いらないわよ。放っておいて。」

しかし、決まってマリアはそう言うのであった。


だって・・・
お花だってお母様と見たい。
絵本は夜寝る前にお母様が読んでくれるのが一番安らぐ。
お歌はお母様が上手だから、お母様の歌が聞きたい。
ケーキのいちごもお母様と一緒じゃなかったら美味しくない。

ほら、お母様がいなかったら、何をしたってつまらないもの。

「何もしたくないの。」

そう言って断ってしまうマリアのことは父は心配していた。






「マリア、来なさい。」

父はマリアの手をひいて、どこかへと連れて行こうとする。

「どこへ?私、どこにも行きたくない。」

「いいから、着いて来なさい。」

何も教えてくれない父の顔はとても真剣な顔をしていた。
マリアは、きっと怒られるのだと思った。

怒られるのならば、怒られれば良い。
だって本当に何もしたくない。




父が連れて行ったのは、薄暗い書庫だった。
マリアは左右を見回した。
本が沢山ある。でもいつも行っていた図書室の絵本とは
様子が違うようだ。
大人が読む本のようだ。こんな難しい本は読めない。

「お父様?ここは?」

「ここには貴重な魔法の本が沢山ある。」

「まほう・・・」

少し前からマリアは魔法の講義を受けるようになった。
魔法にはいろんな種類があり、大きな炎を起こして敵を攻撃したり、
相手を眠らせたり、遠い場所に一瞬でいけたり・・
とにかく色々あるらしい。

だけども、マリアはそんなことにも興味がない。

「魔法の本。それが、どうしたの?」

「この本なら、お前でも読めるよ。」

父が差し出したのは、比較的薄くて初心者向けの本らしい。
それでも子供のマリアには難しそうだ。

「・・・・読みたいと思わない。」

「読みたいと思わなくても、読みなさい。」

「いやだ。何もしたくない。」

きっと父もほかの大勢と同じで、
マリアに何かをさせたいたと思ってるんだろう。




「ねえ、放っておいてよ。私何もしたくないの!」

「マリア、どうしたんだ。前はあんなに元気にいろんなことにチャレンジしていたのに。
 皆お前を心配してるんだ。」

「だってお母様がいないもの!
 何をしても、もうお母様は何も言ってくれないもの。」

いつの間にかマリアの瞳には涙が溢れていた。

上手に本が読めても、上手に歌が歌えても
綺麗な花を見れても、美味しいケーキを作っても母は何もいってくれない。

「母様はもう1年も前にいなくなったんだ。
 早くマリアが元気にならないと、母様も安心できないよ。」

「だって・・だって・・・・・お母様は・・。」

マリアは母のことばかりが思い出されてしまうらしい。
父は目を細めてマリアに話しかけた。

「マリアよく思い出してごらん。
 マリアの周りにいたのは母様だけじゃないよ。
 私だっている。城の皆もマリアのことが大好きだ。
 ムーンブルクだけじゃなくて、ムーンペタの人だってマリアがどうしているかいつも心配しているよ。」

「・・・・・・・」

自分の周りに、多くの人がいるのは昔から当たり前のことだと思っていた。


「皆、マリアに喜んでもらいたいから、沢山素敵な報告をしてくれるだろう?
 マリアの笑い顔が見たいからだよ。」

確かに、綺麗な花が咲いただの
今日の天気が良いだの、美味しい果物が手に入っただの
ちょっとしたことでも皆自分に報告してくるようになった。


「マリアを笑顔にしたいと思っているからだよ。
 マリアは、そんなに皆に思われているのに、何もしないのかい?」


わかっているのだ、皆自分を心配している。
元気付けようと、勇気付けようと色んなことをしてくれている。

いつもそれを無下に断っていた。


心の奥底では、本当は・・・・とても嬉しかった。



・・・・でも・・・・
それでも、マリアはとても怖かったのだ。



「だって!だってね・・・!私は何もできないもの。
 お母様にも何もできなかったもの!私は何も出来ないの!」

マリアの瞳が涙がぽろぽろと零れ落ちる。

母はあるときあっけないほどあっさりと死んでしまった。
自分は母を助けられなかった。何も母にしてあげることができなかった。


きっと、こうやって色々してくれる皆もいつか突然いなくなってしまう。
私はまた何もできないのだ。

父はマリアの涙をぬぐって言った。

「何も出来ないなんてことない。
 母様はお前のことばかり話していた。とても満足そうだった。」

「でも・・でも・・だって、私何もできなかった。」

なおも首を振って、マリアは父の顔を見ようともしない。




そんなマリアの手に、父は先ほどの本を渡した。

「そう思うなら、マリア、努力しなさい。」

「え・・・。」

「人を助ける術も、人を守る術も、
 この本に書かれているよ。」

マリアは渡された本に視線を落とした。

「この本・・・魔法の本・・・。」

「いいかい、マリア。」

父はそう言って、膝をついて、マリアに視線を合わせた。

「お前はまだ子供だ。女の子だし、力があるわけでもない。
 それでも、そんな小さいお前でも魔法の力があれば
 自分の考えてる以上のことができるようになる。」

「・・・・・・本当・・・・・?」

「助けたい人を助ける力も
 守りたい人を守れる力も、きっと身につくよ。」

父の言葉を聞いて、マリアは信じられないことを聞いたような顔をして
本をめくった。書いてる言葉は難しい。読めない文字もある。

人を癒す魔法ホイミ。
毒を癒す魔法キアリー。
睡眠の魔法ラリホー。
炎の魔法ギラ。
幻の魔法マヌーサ。
・・・他にも本には沢山の魔法が書かれている。

聞いたことのある魔法もあれば、聞いたことのない魔法もある。
ただ単語として、勉強として聞いていたときは何の感慨もわかなかった。

でも、その魔法の意味を考えると、その一つ一つがとても魅力あるものに見えてきた。
文字通り人を癒す魔法だってある。
それが自分の体一つで叶えられるのだとしたら、すごいことだ。
マリアは涙を腕でごしごしぬぐって言った。

「・・・・わ、私・・・・・私やる・・・!」

「ようし、よく言った!」

父はそう言ってマリアの肩を叩き、満足そうに笑った。
つられて、マリアもようやく・・・もう何ヶ月ぶりになるかというくらいようやく
久しぶりに笑った。

「それには、努力しないといけないぞ。
 魔法は難しいんだ。父さんもまだまだ勉強中だからな。」

「そ、そうなんだ。大変なんだ。」

マリアはごくりと息を飲んだ。魔法の習得は大変らしい。
マリアは少し考えて、そして、とてもいいことを思いついたという風に顔をあげた。

「じゃあ、お父様、私一緒にやりたい!一緒に勉強しよう!」

マリアの瞳はすっかり輝きを取り戻していた。
そしてマリアは自分と一緒に魔法の勉強をしたいという。

父は娘がかわいくて仕方なかった。

「よし!やろう。父さんを超えてみろ。」

そう言って父はマリアを抱きしめた。
マリアは大きくて暖かい父の体を、小さな体でぎゅっと抱きしめた。
もう涙は流れなかった。







それからほんの数日後のことだった。

マリアがホイミを覚えたのだ。
父もいくらなんでも、小さな子供がこんなに早く魔法を覚えるとは思っていなかった。


どうやら、彼女には類まれな魔法の才能があるようだった。



しかし魔法を覚えたというそれ以上に、
マリアには怪我人を自らの手で癒すことが出来ると言うことが嬉しいようだ。


そして徐々に自信を取り戻したマリアは、
以前のように、誰とでも明るく会話が出来るようになったという。

- 終 -

2011/01/17
▲

マリア魔法と出会うよの話でした。

マリア単品で書くとどうしても悲しく暗い話になってしまうので、
なんとか明るさを取り戻してもらおうと必死になって書きました(笑)。

しかし後のことを考えると余計欝になるのですが、
それでもマリアは父が残した魔法のおかげで、頑張っていける・・はず!
そう思って魔法を託してくれたのだと・・願っております。

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