※注意※
こちらの小説は、クリア後のアレクレ(アレンとクレハ)の小説です。
そして、クレハが妊娠中のころとなっております。
├ お題41.
強がり
├ お題07.信用・信頼
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こちらの続きあたりになります。
窓から明るい日差しを感じる。朝が来たのがは分かる。
「ううう……。」
昨日深酒でもしただろうか、と言うくらいに気持ちが悪い。世界がぐるんぐるんに回っている。
最近朝になると決まって気持ちが悪いのだ。つわりというやつだろう。体調にも波があり、非常に困っている。
でも、いくら今辛かろうと、起き上がって少しだけでも食べて、気合で動くしかない。
私は気合と根性で起き上がった。
体が重くてふらついたが、寝坊している場合ではないのだ。
アレン様はいつも私の食事を待っておられる。
私は食事の支度を急いだ。
朝食の準備中も料理の匂いに思わず眉をしかめる。妊娠中は匂いに敏感になってしまった。
こんなことでへこたれてはいけないと、私は自分を叱咤した。
出来上がった料理を食卓に並べる手がほんの少し震えてしまう。
「アレン様、おはようございます!」
「ああ、おはよう!クレハ!」
満面の笑顔で朝稽古を終えられてお戻りになられた。
良かった、間に合った。
アレン様は毎日日課で兵たちに稽古をつけていらっしゃる。
兵たちが言うには、足腰立たなくなるほど相当ハードらしいが、アレン様にとっては文字通り朝飯前の運動と言った様子だ。
それでもお腹は空いていらっしゃるに違いない。
アレン様が席につかれた。
今日は厚切りトーストと、卵料理に季節のサラダ、具沢山スープ。
デザートにフルーツプレートと紅茶。
それと、多分これだは足りないだろうから、おにぎりも作っておいた。
私は料理は実はそんなに得意ではないから大したものは作れない。
でも、とにかくアレン様に満足していただきたいと量だけは準備させていただいた。
「うまそうだ!腹が減ってたんだ!」
満足そうにお召し上がりになるアレン様の様子に私はほっと安心した。
料理長が作った方がきっと色どりも鮮やかになるだろうに、
私などの料理を好んで希望してくださっている。おいしそうに召し上がっていただけると嬉しいし励みになる。
だから、存分に腕を振るいたいのだが、
ただ、少し……今は料理のにおいがきつい。
トーストの香ばしさでさえ重く感じられるし、卵を油で炒めるだけで胸がむかむかしてくるのだ。
「お前は食べないのか?」
「ええ、私は味見でいただきまして……。」
「………… 」
アレン様は私の顔を凝視して手を止めた。
何かをいぶかしむように、その時だけ、ほんの少し眉をひそめていた
「あ、すいません。行儀が悪いですよね…!
それにアレン様より先に食べてしまうなんて申し訳ありません。」
アレン様を不快にさせたのではとちょっと不安になった。
実は、味見もほとんどしていない。
食欲がないのだ。朝は気分が悪いから特に食が進まない。
今日は先ほど紅茶を頂いたので、もうこれで十分と思った。
「これでも食ってろよ。
俺今日は甘いものの気分じゃないんだ。
こっち、もらうから。」
そういっておにぎりを頬張りながら、アレンはフルーツプレートを差し出された。
「………… 」
アレン様ほどの大食漢の方が、甘いものの気分じゃない……なんていう事はありえないのだ。
甘かろうが辛かろうが、本当は出されたものは全部食べておかわりまでする方である。
多分、私がちゃんと食べていないことを見抜いていらっしゃるのだ。
お優しく聡明な方である。
実際フルーツなら食べられそうだった。プレートを受け取って私はお礼を言った。
「ありがとうございます」
グレープフルーツの酸味と甘みが体にしみいる。
さりげないそのやさしさにクレハは感謝した。
それにしても、先ほどからアレン様はじっと私の顔を見つめている。
どうしたのだろう。顔に何かついてしまっただろうか、と不安になってそっと頬に手をやった。
けれど、アレン様はそのまま何も言わず、ただ私を見つめている。
やがて、ふいに目を細めて、
「ちょっとは顔色良くなったな。」
と、ぼそりと優しく言葉を落とした。
その一言に、胸の奥がふっと温かくなる。
ずっとアレン様に心配をかけてたのだ。
最近つわりで以前のように動けないのはアレン様にも知っていただいている。
心配かけたくないから、なるべくしゃきっと立ち振る舞っているつもりだったが、やはりアレン様には隠せない。
「アレン様…!私はすっかり元気です。
この通り、なんだったら今から剣の稽古もできますよ!」
素振りの真似をして、元気さを無理やりアピールしようとする私にアレン様はふっと笑った。
「えー、いいよ。お前と剣の稽古しようとしたらカインにも怒られんだ。
無理すんなよ。」
「いいえ、アレン様にこんなに良くしていただいて私は幸せ者です。
今日の公務こそは、しっかり務めさせていただきますから。」
何だか本当にアレン様とお話していると気合が漲ってきた。
先日、無事に……いや無事ではないが、何とかかんとか結婚式を終え、私クレハは王妃という立場になった。
そして公務デビューをすることとなった。
そこからは見てるだけではなく、今まで経験したことのなかった王宮の仕事に私も実際携わるようになったのだ。
が、それが私にはあまりにも目まぐるしく、慣れないことばかりでどうもうまくいかない。
アレン様のあり様は幼いころからいつも近くで見ては来ていたが、まさか自分がそのアレン様の隣に立つような日が来るなんて思ってもおら
ず、見るのとやるのは大違い。
そんな自分を不甲斐なく思うが、アレンは決して無理強いさせることはなかった。
「今日は確か、謁見があって……夜には晩餐会もあるんですよね。他国からお客様がいらっしゃると聞いていますが……。」
「そうそう。でも今日のはそんなに気張らなくても良さそうだぜ。」
「本当ですか?どなたがいらっしゃいますか?昨日はラダトームから使者の方がお見えで…。」
他国からはるばる来賓があると、やはり失礼が無いようにと緊張するものである。
しかも、皆さま本当に親切で、自分のような新米王妃にも気さくに話しかけてくださるのだ。
その優しさがありがたい一方で、うまく受け答えできずに何度も言葉に詰まってしまう自分が情けなくて仕方がない。
お相手の気分を害してしまっていないだろうかと後から思い返しては、不安で胸が苦しくなる。
「今日はサマルトリアで。」
「ああ、カイン様!」
「違って、王様の方。」
「ああ…… 」
サマルトリアは一番近しく、ローレシアとの縁も深い国だ。
それに、カイン様であれば、何度かお顔合わせをさせて頂いて、色々なお話もさせて頂いて、以前ほど緊張せずにいられるようになった。
しかし王陛下となると話は別で、私などがご挨拶できるような機会はなかった。しかも厳格なお方だと聞いている。
「…………そうなんですね。」
まだ一度もきちんとお話ししたことがなく、それも国の頂点に立つ他国の王様。
自分のような者が、本当に失礼なくお相手できるのだろうかと、不安が波のように押し寄せてくる。
どんなふうに振る舞えばよいのか、どんな言葉を選べばいいのか……。
「ははは、カインじゃないからって、あからさまにそんながっかりするなよ。」
「いえ、決してがっかりしている訳では……。」
「大丈夫だって、王様は俺たちじゃなくて、うちの父上と喋りたいんだと思うぜ。」
「ああ、そうなんですね」
サマルトリア王と、ローレシアの前王すなわちアレンの父君は知己の関係であり、今も親しくしているのだそうだ。国は違えど、長く続く友情
には変わりがない。久しぶりの再会に、二人の話はきっと尽きないはずだ。
きっと自分などはお呼びではないだろう。
とりあえず私はアレン様のそばに控えているようにしようと思った。
食事を終えたアレン様は正装姿にお召替えになられるという事だったので、私はその支度を手伝うために、そっと後を追った。
式典服に袖を通すと、いつもの快活の印象とはまた異なる引き締まった気品があった。普段は無邪気に笑顔を見せるアレン様だが、今は凛とし
た表情だ。
その格好良さはやはり生まれ持った気高さと自信から生まれるものであろう。
そのご立派な姿を見ると私はいつも胸が熱くなる。
そして人の事ばかり手伝っている場合ではない。
私も支度しなければ。
本来は王妃として王の隣に立つならばドレス姿が正装と言えるだろうが、私は今は妊娠中であった。
そこでアレン様の母上様がゆったりとして薄青色のローブを誂えてくださった。胸元には王家の紋章があしらわれており、素材も肌触りが柔ら
かい。侍女たちに手伝ってもらいながら、私はこのローブに袖を通した。
王家の紋章を見ると緊張もするが、どこか守られているような心持ちにもなって安心できた。
+++
応接の間に行くまでの間も、私は緊張で心臓がバクバク高鳴っていた。それに気づいたのか、アレン様も歩幅を緩めて私を待ってくれていた。
追いつけるように慌てて歩を進めた。
アレン様の隣に立たなければ。
「ようこそお越しくださいました、陛下。」
「ローレシア城は相変わらず荘厳で美しい。アレン殿、お会いできて嬉しいぞ。」
サマルトリア王は堂々とした風格でお出ましになられた。そしてアレン様とご挨拶を交わされている。
厳格で厳しいお方と聞いていたが、どこか温かいまなざしも感じられた。そのまなざしはカイン様にも似ているかもしれないと思った。
などと思っていたら、アレン様にひじで小突かれた。
「王妃殿?」
「あ、は…、はい!!?」
「新しい暮らしにはもう慣れたか?王宮で不自由なことはないかの?」
サマルトリア王が私を気遣って下さっているのに、私としたらぼーっとしていていけない。
いつにもまして、さらに口元がひきつってしまう。
「は、はい…。皆さまにはよくして頂いておりますので…」
なんとかそれだけ返すので精一杯だ。
私は今までもアレン様の世話役としてそばに控えていることはあったが、このような格式ある場で、誰かが話しかけてくるという事は
今まで皆無だったのだ。だから、王様が親しく声をかけてくださるのは本当にありがたく、嬉しい事なのに、いざ返答しようとすると言葉がう
まくでてこない。
「そうか。アレン殿がいれば安心じゃろう。」
本当にそうなのです、アレン様ほど頼りがいがあって、思いやりのあるの方はいない…。
そう、どんなにか優しい人かを切々とお話したい。
色々お話したいのに、結局「はい」と答えるのが精いっぱいだった。
しかしアレン様を見るとやはり堂々としていらっしゃる。
アレン様は緊張という言葉を知らないのだろうか?
目上のサマルトリア王を前にしても、まるで普段と変わらない様子でにこやかに会話を続けている。
「クレハはすごいんですよ、王様。」
突然話題がこちらを向いて、私は内心飛び上がりそうになった。
なんだ、アレン様は何をいうつもりなのだ?
「ほう、それはまた。どんな風に?」
アレン様は満面の笑顔で言う。
「料理の腕がめきめき上がってるです。ただ腕がいいだけじゃなくて、食材の無駄も許さない。最近はニンジンの皮やブロッコリーの茎まで
使って料理を作ってくれたんです。これがまた驚くほどおいしくて。」
王様は少し驚いたように「ほう」とうなずいている。
ちょーーーーー!?ちょっと待って、アレン様!
それを王様の前で言うんですか!?
思わず盛大に吹き出しそうになったが、さすがにそんなわけにもいかず、必死に顔を取り繕った。
王宮で百面相をしている変な王妃がいたら、それはきっと私…………
そんなふうに心の中で言い訳したくなる。
クレハをお褒め頂けるのはありがたいけれど、それはただの食費節約のコツです。しかもアレン様が大食漢過ぎて、食費かさむ事による苦肉の
策の節約の工夫……。
ローレシアの王家はどれだけ質素なのかと思われるじゃないですか。
改めて思うと、一国の王に何を野菜の皮や茎を食べさせているのか……。格式や品格を重んじるこの場で、こんな話をされると恥ずかしい気持
ちでいっぱい になった。
恥ずかしさで顔が熱くなるのを、どうにか隠すので精一杯だった。
けれど、アレン様はそんな私の気持ちなどまったくおかまいなしに、屈託のない笑顔で会話を続けていらっしゃった。
その表情を見ると、本当に悪気なんてこれっぽっちもないことが伝わってくる。
ただただ、私のことを王様にも知ってもらいたい……、本当にそれだけなのだろう。
こういう無邪気なところは、昔から少しも変わらない。
話題が話題なだけに、私は心臓が飛び出しそうだったけれど……。
それでも、決して完璧とは言えないアレン様の、そのまっすぐさにどこか救われる思いもした。
やがてアレン様の父君や母君も合流して、晩餐会の時刻となる。
煌びやかな食堂には豪華な料理が並べられた。
私は長い公務の間、ずっと緊張で気を張っていたせいか、少しの疲労を感じて、徐々に体が重く感じ始めた。
ふとした瞬間に、軽いめまいのようなものが押し寄せてきた。
それでも笑顔を絶やさないようにしなければと、私にはそれくらいしかできないのだからと自分に言い聞かせて席へと歩を進めた。
賑やかで華やかな宴席。
今までだったら食器を並べたり、空いたお皿を下げる裏方の役割が私の役割であった。
こんな豪華な席に主賓の方々と肩を並べて王妃として座るなんて、どうしたって場違いな気がして、落ち着かない気持ちを拭えずにい た。
隣のアレン様は豪華な食事を嬉しそうにお召し上がりになられている。
私の拵えた朝食なんかとは味も見栄えが違うからアレン様はきっと満足されているに違いない。
私の目の前にも銀の食器とクリスタルのグラスが並べられている。
目にも鮮やかな料理に圧倒されながら、私はそれを小さく口に運ぶだけでもう胸がいっぱいである。
アレン様のご両親……父君様はやはりサマルトリア王と旧知の仲であるようで、久々の再開に会話を楽しまれている。母君様も気
さくに来賓をもてなし、時折ユーモアも交えて場を和ませていた。
「王様もカインにニンジンの皮を使ったきんぴら作らせてみてはどうですか。あれ、本当に美味なんですから。」
ああああ、アレン様はまだそんなことを言ってらっしゃる。
思わず心の中で悲鳴をあげた。
サマルトリア王は軽く笑いながら首を振った。
「カインが?いや、あやつは絶対に作らないでしょう。」
その様子にアレンはいたずらっぽく笑った。
「もしかしてカイン、サマルトリアでは料理しないんですか?あいつ料理うまいんですよ?」
王は驚いたようにこちらを見て、愉快そうにうなずいた。
「ほう……それは初耳ですな。アレン殿と話していると知らないことばかりで新鮮ですよ。」
場が柔らかく笑いに包まれる。和やかな雰囲気だ。
きっとアレンなりに精一杯にもてなしをされているんだろうと思った。
私はまだ自分の居場所に戸惑いながらも、和やかで笑いがあふれるこの場にいられることが貴重なことだと思った。
晩餐会の席は、終始賑やかだった。私は、なんとか会話に加わろうと、勇気を振り絞って微笑みながら話題の輪にもいくらか加わってみた。
アレン様のご両親やサマルトリア王が、気遣いながらもさりげなく話題を振ってくださる。
最初のうちは何とか答えられていた。
が、徐々に会場に満ちる肉料理やワインの匂いが、時間とともに次第に重く感じ始めた。
ふいに、胸の奥から波のような吐き気がこみあげる。
視界がぼやけ、手元のグラスが妙に遠く見えた。
どうしよう……。
この場にもっといたい。ちゃんと自分の役割を果たしたいのに。胸の奥から込み上げる吐き気に必死に耐えるしかできない。
「クレハ大丈夫か?」
そのとき、アレン様がそっと身を寄せ、低い声で耳打ちしてくれた。
はい、大丈夫です。なんともありません。
そう答えたいのに、今口を開けると本当に吐いてしまいそうで、返事もできない。
「部屋に戻ってろ」
それだけ言うとアレン様は侍女を呼び寄せて少し休ませるように指示をしていた。
皆様にご迷惑をおかけすることはあってはならない。場の空気を壊さないよう、何とかその場を離れることができた。
自室に戻ると、私はもう何をする気力も残っておらず、ローブ姿のままで寝台に身を横たえた。薄暗い寝室は、物音ひとつせずに静まり返って
い て、自分だけが真っ暗な世界にいるような気持ちになった。
悲しさと情けなさがどっと襲いかかって、どうしようもなかった。
今日こそはちゃんと務めを果たしたいと思ったのに、またちゃんと出来なかった。
アレン様はいつも優しい方だけれど、こんな風にご迷惑をおかけして、私の不甲斐なさに愛想をつかしているんじゃないだろうか。ポロポロと
涙がこぼれてくる。不安と悲しさが混じり合い、私はしばらく声を立てずに、ただ静かに枕を濡らしながら泣き続けた。
どれくらい時間が経っただろうか。
涙はちっとも乾いておらず、枕がじっとり濡れてしまっているから、それほど時間は経っていないと思う。
扉がぎぃっと静かに開く音がした。誰かの気配が部屋に差し込み、私はじっと目を閉じたまま、それを感じ取った。
誰かの視線を感じる。
誰かが……そう、アレン様が、じっと私を見下ろしている。
その表情を伺い知るのが怖かった。
呆れたような表情をされているんじゃないだろうか。
王妃らしいことを全然できない私の状況にきっとうんざりして……
「もう寝てるのか?」
そういわれて、返事をするべきなのに、声も出ない。
このまま寝たふりをしようかとすらと思った。
情けない。
そんな卑怯な発想になった私がさらに情けなくて仕方ない。
また涙がでてくる。
せめて静かに泣いていられたら良かったのに、ずずっと、鼻をすする音を立ててしまって、もう抑えることができない。
みっともないやら、情けないやら、私は両手で顔を覆った。
「ごめんなさい……、本当にごめんなさい……。」
もう限界だった。取り繕うこともできない私の目からは涙があとからあとから溢れて止まらなくなった。
壊れた蛇口みたいに、どうしても涙が止まらなくなってしまった。
今日の私は、もうどこかおかしい。
そのとき、アレン様がそっと私の手を取って、顔を覆っている私の指を少しだけ広げて、そして泣き晴らした私の顔を覗き込んできた。
「どうしたんだ。」
アレン様に心配をかけてしまっている。
何でもないんですよと言いたいのに、のどが張り付いたように声がでない。出てくるのは、うめき声のような泣き声ばかり。
「そんなにしんどいのか?どこが苦しいんだ?それともどこか痛いのか?」
苦しくないです。
ただ、蛇口が壊れてしまっただけです。
もう自分でも訳が分からない。
アレン様は私を起き上がらせると、小さい子どもにするように背中をぽんぽんと撫でてくださった。
「落ち着けよ、大丈夫だから。」
「で……でも………」
泣き虫な私をどうにか落ち着けようとしてくださっているのが伝わる。
一刻も早く大丈夫ですと言いたいのに、胸がいっぱいで、相変わらず喉の奥からはひっくり返ったような泣き声ばかりしか出ず、まともな返答
ができない。
そんな私に、アレン様は静かに言った。
「お前が一番頑張ってるよ。」
その一言に、私は驚いて顔を上げた。
どうして……?
どうして?そんなことをおっしゃるのか?
隣にいる、それだけのことすらできなかったのに。
自分がどれだけ情けないのか、私は自分の罪状を読み上げようかと思うのだが、いかんせんまともに声がでない。声が出ないので、ぶんぶんと
首を横に振る ばかりしかできない。
アレンはそんな私の手をしっかり握って、まっすぐな目で言葉を紡いだ。
「いいんだよ、クレハ。
お前は本当によくやってくれてるよ。」
「………?」
「急に王妃になれって言われて、生活もがらって変わってしまって、知らない事ばかりで不安な思いさせてごめんな。今日は朝からしんどかっ
たのに、ずっとお前笑顔でいてくれただろ。」
何にもできない私は、せめて笑顔でいたいと、それしかできなかった私だったが、それもアレン様は見てくださっていたのだ。
「晩餐会だってさ、野菜の皮料理の話したとき、サマルトリアの王様すごく楽しそうにしてたじゃん。あれもお前のおかげだろ。」
ああ…、待ってください?
それは……、その話はやめて欲しかったんですよ?
一言アレン様にご注意申し上げたいところ。
心の中では盛大にツッコんでみたけれども、不幸なことにそれも声がでなくて、顔が赤くなるばかり。
「隣に立とうとしてくれてありがとうな。
お前はちゃんと、役目を果たしてる。」
アレン様はそう言って私の頭をなでてくれた。
私の方が年上なのに、さっきから気恥ずかしいやら、……嬉しいやら、申し訳ないやら、感情が大忙しだ。
でも、その温もりにふれているうちに、
胸の奥の不安や情けなさが、ゆっくりと溶けていく気がした。
ふと、昔のことを少し思い出す。
ロトの血を引くアレン様は、勇者の家系でありながら、魔法が使えないことで人々に噂され、小さいころ人々から距離を置かれていた。その分
誰よりも修行を重ねて、やがて誰にも剣技では負けなくなった。
世界を救う旅に出られてからは、同じ血筋の対等なお仲間ができて、アレン様は嬉しそうだった。でも、使命を果たして、それぞれが祖国に
帰っ ていたあとは、どこか寂しそうで、私はそのアレン様の背中を見てきていた。
いつも孤独だったアレン様のおそばに、
そう、アレン様のそばにずっと一番近くにいることが私にできる唯一の事だと思っていた。
その私に向かって、アレン様は「ありがとう」と言って下さった。
それがどんなに特別なことか、私は胸が熱くなった。
「ありがとう……、ござい……ます。」
まだ少し声が上ずるが、やっと少し呼吸が落ち着いて言葉が返せた。
こんな自分でもアレン様のお役に立てているなら嬉しく思えた。
「あ、少しは落ち着いたか?」
アレン様の問いに、私は「はい」と何度もうなずいた。
「皆さま…どうされて、いますか?」
「ん?父上たちが昔話に花をさかせてるよ。俺がいてもなんの話だか分からんし、任せてきた。」
「そう…、ですか」
アレンが来賓を放っておいていいのか心配だったが、どうやらそこは大丈夫そうだった。
「アレン様、申し訳ありませんでした。
子どもみたいに、ぼろぼろ泣いて。」
そういうとふふっとアレンが笑った。
「本当にな。びっくりしたぞ。
あんまり泣いてるから、これはまた何か大変なことが起きてるのかと思ったぜ。」
「本当に……申し訳ありません。」
ただ、私のメンタルがぼろぼろだっただけです。
私は深く頭を下げた。すると私のお腹をアレン様が撫でた。
「気にするな。
お前今、赤んぼ育ててんだから。
一番すごいことやってるのはお前だよ。
この国で一番えらそうにしてていいくらいだ。」
「い……いいえええ。」
一番えらそうになど、できるはずはなく、高速で首を振った。
先ほど「お前が一番頑張ってる」と言ってくださったのは、このことのようだ。
そうだ、私はアレン様のお子様を預かる身。
元気なお子様を無事に生む…それこそが、今の私に与えられている最も重大な務めなのだ。
「つわりって随分しんどいんだろ?
母上からも聞いたよ。もういいから、ちゃんと休んでくれ。
昨日も今日も無理させ過ぎた。」
今度は私の頬を撫でながら、そう言って下さった。
「昨日も今日も駄目でした。
明日こそは、…きっと。」
「うん。明日もよろしくな。」
明日こそは、ちゃんとアレン様のそばに立てるよう、私は心に誓った。
+++
そして、翌朝驚くことがあった。
「クレハ、なあ見てくれ!朝ごはんができたぞ!」
アレン様がなんと朝食を用意してくださったのだ。
アレンが運んできたお皿には、薄いトーストと、目玉焼き、そして果物が添えられていた。
「あ、アレン様が……!?すごい……!」
きっと私が作った昨日の朝食を思い出しながら、同じように作ってくださったのだ。
トーストはちょっと黒く焦げていて、卵焼きには小さな卵の殻が混じっていて、リンゴもサイズがバラバラだ。だが、そんなことはどうでも良
かった。
アレン様は、ご自身の卵焼きに殻が入っていたことに気づくと、べーっと舌を出した。
「うえー、失敗だなこれ。お前、無理に食わなくていいぞ。」
「殻なんて取っちゃえばなんの問題もないですよ。」
「そうか?」
失敗なんて何も気にならなかった。
それどころか、不思議と黒焦げのトーストが食べたくて仕方ない気持ちになっていた。
「クレハ、今日は食えそうか?」
「はい、こんな美味しそうなお料理…初めてですもの。クレハは元気百倍です…!」
「美味そう?どこがよ、どう見てもまずそうだぜ…?」
だって、私のアレン様はこんなにもお優しい。
私はこの幸せを全世界に吹聴して回りくらいだった。
- 終わり-
2025/07/22
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【後書き】
何年ぶりだろうかというアレクレです。懐かしすぎた。
妊娠中のクレハさん、メンタルぐしゃぐしゃになっております。妊娠中ですからな。
とにかく優しいアレンを書きたかったのでした。相変わらず食いしん坊万歳だけども。
アレンも王様精一杯やってんだと思います。
なんかサマルトリア王が良いポジションみたいなので最近よく出てきますね(笑)
良い感じの親戚のおじちゃんになってきた。