ティータイム


「ねえ、皆〜。
 ちょっとティータイムにしようよ。」
「……なんだってぇ?」

モンスターの群れとの戦闘を命からがらきりぬけて、今ようやく腰を下ろしたばかりだった。
そんな、息も絶え絶えの空気の中、場にそぐわないのんきそうなカインの声が響いた。

「俺たち今ヒババンゴの猛攻やっとしのいだばっかだぞ?お前なんか頭かち割られそうになってただろ。
 なーにをのどかな事言ってんだよ。」
「それはベホイミで治ってるから、大丈夫だよ。
 だから、お茶でもどうかなって。」
「治ってんならいいけどさ……」

アレンはその場にごろんと寝転んだ。

「二人とも、疲れたでしょう? いい葉っぱを手に入れたんだよ」
「なんだよ良い葉っぱって? 今日の晩飯は草かよ?」

カインが、そんな訳があるかという顔でアレンを見た。

「カイン、何か良い薬草が手に入ったのかしら?」

マリアがくすくすと笑いながら会話に加わる。

「薬草じゃなくてさ。さっきルプガナでハーブティーのいい葉っぱが手に入ったんだよ。」
「そうだったの?」
「それで、せっかくだから皆でお茶がしたいなあと思ってさ。
 見てみて、……クッキーも買っちゃったよ。」

そう言ってカインは、まるで秘密道具でも取り出すような顔で、嬉しそうにハーブティーの束と、紙に包まれたクッキーを見せてきた。

「ハーブティーだあ? おまえまたそういうオシャレなこと言い出して」
「おしゃれっていうんじゃなくて、疲れがとれるんだ。温まるし。試してみようよ」

そう言ってカインは、焚き火のそばでそそくさと準備を始めた。
鍋に湯を沸かし、茶葉を入れてしばらく待つ。

漂ってきたのは、甘くて爽やかな香りだった。

「サマルトリアでは、こういうハーブティを飲むんだ。これはカモミール。乾かしておけば、旅の間でも使えるでしょう?」
「良いわね。」

マリアも少し身を乗り出して、その香りに触れた。

夕刻の時間になり、ようやく辺りは少し涼しさを取り戻しつつあった。けれど激しい戦いの名残で、体にはじっとり汗がにじんでいる。
野営地と言うには、あまりにも草が深いただの野原の上だ。

そんな場所で、カインは器用にクッキーの包みを広げ、火からおろした鍋の温度を確かめた。

こんなところでティータイムなんてできる?と思うが、カインは何も違和感がないかのようだ。

「……そろそろ、ちょうどいいと思う」

そういうと、カインは旅道具の袋から薄手の布を取り出した。
何の変哲もないのない普通の布地だったが、それを野原に広げて即席の茶席を作った。
そして、これも旅の途中で購入した木製のカップを一つ一つ並べていく。

それだけのことなのに、どこか背筋が伸びる様な気がした。

このカップは、いつも使っているものでありふれたもののはず。
けれど、カインの所作が妙に落ち着いた静けさがあって、見ているこちらまで、少しだけ緊張感が生まれるようだった。

マリアは思わず問いかけた。

「カイン。あなた、こういうの慣れてるのね。」

カインはいつも毎日の料理をしてくれるのだが、それともまた違う、穏やかな空気感があった。

「母さまがね、よくこうやってお茶を入れてくれたんだ。
 サマルトリアの人って、疲れたときにこうやって温かいお茶と甘い香りで一息ついて気分を整えるんだよ。」

カップに茶を注ぎながら、お皿にはクッキーを添えていく。

「アレンも、一緒に食べるでしょう? もう一枚食べる?」
「勿論。分かってるじゃん。」

アレンのお皿には、少し多めのクッキーを乗せた。

なんだかんだと言っていたアレンが素直に頬張るのを見て、マリアは微笑んだ。

渡されたカップを手に取ると、ふわりとした甘い香りがした。
カップの温かさが指先にも伝わって、確かに少し心が落ち着くのを感じた。

あたたかい心遣いに感謝をしつつ、心がほどけていく。

――けれど、あれ…?
どこか、違う。

マリアの中で、ふとよぎる感覚があった。

カインも先ほど言っていた。
そうか、これはきっとサマルトリア風のお茶だ。
人を安らがせてくれて、あたたかくて、優しい香り。

だから、きっとこれはムーンブルクのお茶とは少し違う。

カインの言葉を思い出す。
これは「気分を整える」ための、穏やかなお茶。
国ごとにお茶の時間の意味合いも違うのかもしれない。

「ねえ、アレンのローレシアの国もお茶の時間ってあったの?」
「んん?」

こういったお茶の作法なんかも国によって違うのかなと、ふと思った好奇心であった。

「まあ、儀礼のときとかに茶が出ることはあるけどさ。
 あとは剣を振って、茶を飲むくらいだよ。」
「剣を振って? 本当に? そんなことある? 」
「稽古中に茶が差し出されるからさ。水分補給だな。」
「ええ? さすが質実剛健の国ね。」

思わず笑ってしまった。
やっぱりローレシアは、ムーンブルクともサマルトリアとも違う。
でもそれがアレンらしい気もした。

草の上に並べられた木のカップ。
その隣には、ほんの少しだけ多めに乗せられたクッキー。

そんなささやかなティータイムだ。
けれど、心にじんわりと沁みてくるようなあたたかさがあった。

マリアは、再度カップを持ち上げた。
口をつけると、優しい甘みが広がって、疲れた心にそっと染み渡る。

「……おいしいわ」

そういったマリアは、自然と微笑んでいた。
ふと横を見るとアレンもクッキーを頬張りながら満足そうな顔をしていた。

「そう、マリア。良かったよ」

カインも二人の様子を見て、安心したようだ。どこか懐かしい休息の形にほんの少しだけ肩の力を抜けたように笑った。

……そう、きっと、皆気を張っていたのだ。
自分が思っている以上に、戦いの連続に、疲れているのだ。

カインはこうして小さな優しい時間を作ってくれる。
マリアの心が、じんわりとあたたかくなる。

……ありがとう。

心の中でマリアは感謝の言葉をつぶやいた。

それに、カインだけじゃない。
アレンだって、いつも自分が一番危険なところで私たちをその身一つで守ってくれる。先ほどもヒババンゴの剛腕の一撃からアレンがかばって く れた。
アレンがいなかったら、私たちはここで休息をとることすらできていないだろう。

二人はいつも自分を支えてくれる。
祖国も失って、文字通り全てを失ったはずの私を、ムーンペタまで助けにきてくれたのはこの二人だ。

生きる理由と戦う力を与えてくれて、癒しの時間まで与えてくれる。

ずっと感謝をしている。
だからこそ、ただ受け取るだけではいけない気がした。

ただお茶を飲んで微笑むだけじゃなく、この旅の間にマリアも二人に何かを返したかった。

旅の中でできることは限られている。
かつては一国の王女であったが、今は自由に使えるお金もほとんどない。
それでも、何かできることはないだろうか?

マリアはそっと目を伏せた。
カップの湯気が揺れている。そのハーブティーの湯気の向こうに、何かの形を探し始めた。


+++

翌日から、マリアは二人には内緒で、贈り物探しを始めた。

町に立ち寄るたび、まずは市場を覗く。
大通りの露店や、裏通りの雑貨や、道具屋や武器屋まで足を運ぶ。

アレンとカインに、何か「ありがとう」を形にして渡せるようなものを探した。

しかし、そこで直面したのは想像以上の難しさだった。
二人は同い年で、同じ立場の王子たちだ。

一緒に生活をしていると会話も楽しい相手なのだが、贈り物となると同じ年齢の男性というものが何を好むのかが、マリアは正直分からない。

アレンって、どういうものが好きかしら?

元気印の塊のような彼だが、いつもお腹が空いているようだし、食べ物でもあげれば喜ぶのだろうか?

……待って、それって餌付けみたいじゃない?

思わず自分にツッコミを入れて、盛大に頭を振った。
大体、料理だったらカインがした方がよほど喜ぶだろうし。

武器屋も覗いてみたが、分からなかった。
いや、きっとどの武器を渡してもアレンは様になるし使いこなすことができる。

彼は武器に関しては、本当にプロなのだ。
だから素人考えで「これがいいんじゃないか?」などとマリアが買う武器じゃ、きっとアレンの本領を発揮することなんてできない。

雑貨屋では、ふと小さな犬のぬいぐるみに目が止まった。
アレンは動物とか嫌いじゃないみたいだし、こういうのはどうなのかと思いながら、次の瞬間慌ててぶんぶんと首を横に振っていた。
旅の道中にぬいぐるみって、私はアレンにどんな旅をさせるつもりなのだ。

きっと今のは私がかわいいぬいぐるみに惹かれただけだ。

カインの方が、好みを分かるだろうか?
気を取り直して、もう一方の相手のことを考え始めた。

しかし、それもまた難しかった。
カインはパーティにとって必要なものはそつなく買い求めるが、それ以外の個人的な物欲というものが、あまりない印象だった。

本なら、もしかして……。

書物の並ぶ棚に足を運んだ。
魔法の勉強はとても熱心だ。きっとマリアが魔法の本を与えたなら喜んで読んでくれるだろうと思った。

でも、それって、まるで「この魔法を覚えたら?」って私が言ってるみたいじゃないか?

カインとは魔法の得意分野は違っている。
マリアにしか使えない魔法もあれば、逆に、マリアには扱えない魔法を、カインが使って助けてくれることも多い。

彼は私にない力を持っている。

だから、求められてもないのにマリアが何かを押し付けるのは、きっと違う。

一番旅で必要なのは武器と魔法。
だが、それが違うとしたら、あとは何があるだろうか?

指輪やブローチなどのアクセサリーや、万年筆などの文房具、木工品や、装飾の小瓶、市場に並ぶ手作りお菓子に、綺麗な絵皿、
どれも見たこともないような美しさだ。
ひとつひとつは素敵な逸品で、マリアは手に取る度に心が逸った。

でも、どれも違う気がした。
2人への贈り物にはならないと棚に戻す。

あれでもない、これでもないと探しているうちに、気が付けば、もう昼になっていた。
そろそろ戻らないと、ふたりに怪しまれる。

ただ、ありがとうを伝えたいだけなのに、存外難しいものだなと思った。

後日、次の土地に向かった時も、結局これという贈り物が見つけられなかった。


+++


そんなある日、
三人はサマルトリア近くの海上を移動していた。

取り立てて急ぎの重要な用事があるわけではないが、ちょっとした休息と物資の補給もかねて、少しだけサマルトリアに立ち寄ることになっ た。



久しぶりに訪れたサマルトリアの城。
だが、カインは王への挨拶もそこそこに、城下町に物資の調達に出かけていた。アレンもそれについて行った。

すぐに国を出る予定だったので、大仰な歓迎などの騒ぎにはしたくないという配慮から、マリアはマイの部屋で少しの休息を取らせてもらって いた。

「ようこそようこそ、マリア様。
 お疲れでしょう?お茶でも飲んで、遠慮なく体を休めてくださいね。」

優しく出迎えてくれるマイに、マリアは素直に感謝した。

「ごめんなさいね、突然にお邪魔しちゃって。
 マイさんも忙しくしていたんじゃないかしら?」
「いいえ、とっても暇でしたよ。サマルトリアって本当にのどかで何も起きないんです。いつも暇で暇で。」

そう言ってマイはふふっと笑った。
その笑顔がカインとよく似ているなと思った。

「だから、お兄ちゃんたちがサマルトリアに立ち寄ってくれて嬉しいです。それに今はマリア様を私が独り占めできちゃう。
 なんて贅沢な時間でしょう!」

ただ自分と話をするだけのことを、こんなに喜んでくれるなんて……。
マリアは胸が温かくなるのを感じた。

「せっかくだから、旅の間の苦労話とか聞かせてくださいよ!」
「苦労話…?そうねえ……」

旅の間の一番大変なことと言えば、やはり過酷な戦闘だろう。
命からがら逃げ延びるような局面も何度もあったが、そのたびに仲間たちは少しずつ強くなっていった。

マリア自身も、新しい魔法を習得したり、戦術の幅が広がっている実感はある。

マイは、マリアが女性1人では何かと苦労が多いのではないかと心配をしてくれていた。体力は確かに男性陣には劣るが、気遣いやサポートも してもらっていて、なんとかやっていけているとマリアは答えた。

生々しい旅の様子に、マイはごくりと息を呑んだ。

そうだ、今ちょうど良い機会だ。
最近ずっと悩んでいた、アレンとカイン、ふたりへの贈り物のこと。
ちょうど、彼らがいないうちに、これをマイに相談してみようと思った。

「……実はね、ちょっと困っていることがあるの」
「困りごと、ですか? なんでしょうか、私にできることなら、なんでも言ってください!」
「ええ。カインとアレンへの贈り物を探しているの。」
「贈り物? どうかしたんですか?」

マリアは自分が二人の仲間にどれだけ感謝の気持ちを抱いているのか、それをマイにだけは話してもいいかと思った。
自分を助けてくれた二人に何かお礼をしたいと思っているのだと。

「だけど、旅の途中でお店を覗いてみても、なかなかぴったりのものが見つからなくて……」

マイはぱっと顔を上げた。

「わあ、そうだったんですね。なんて素敵なこと。
 贈り物選びって、楽しいですよね。一緒に考えましょう!」
「ありがとう。心強いわ。」

マイが力になってくれるのは嬉しかった。
さしあたって、まずは兄のカインが欲しがっているものがないかと聞いてみた。

「え、お兄ちゃんですか? そうですねー。なんだろー。お兄ちゃん何が欲しいんだろ?」

マイは腕を組んで真剣な表情で頭を傾げた。

「小さいころからの好物、とか。」
「うーん…。あの……お兄ちゃん、そんなに物欲がある方じゃなくて。」
「ああ、やっぱりそうなのね。」

マリアはその返答に小さくため息をついた。その様子にマイは慌てて手を振った。

「あ、でもでも! 多分何をあげても喜ぶと思いますよ!
 それこそ道端の花でも、綺麗に咲いてたとか何とかいえば喜ぶんです!」

なんだか、想像はできる。カインはそんな人なのだ。
でも、自分が贈るのに、嬉々として道端の花をあげるのは違う気がした。

「私と同じ年代の男の人に対して、何を贈れば喜ばれるのか分からなくて。
 普通はどういうものを喜ぶかしら。」
「ああ、そうですね…。男の子って何を喜ぶのか……」

マイは少し考えてから、色々なアイディアを出してくれた。

例えば上質の革製のベルトや手袋など。
旅にも使えるふかふかのタオルとか。
安眠効果のある香り袋や、携帯できる懐中時計なんかもオシャレで良いかもしれない。

そのひとつひとつに、なるほどとマリアは頷いた。

自分は今まで王宮で一人っ子として随分甘やかされて育ったようだ。
マイの考えを聞くと、自分が誰かのためにプレゼントをするという事をしてこなかったんだなと思わせられた。

それでも二人に、と思うとそれらのアイディアも少ししっくりこない。

「二人にお揃いのベルトをプレゼントしても…、どうなのかしら。」
「ううーん? お二人に、ですもんね。なんか、仲良しすぎる感じ? 不思議なことになっちゃいますかね。」

その様子を想像して、マイは苦笑しながらうーんとうなった。

「そういうんじゃないかもしれないですね。」

自分が贈りたいのは、ただの“便利なもの”じゃない。
旅の仲間として支えてくれたことへの感謝、言葉にはしきれない、もっと深い思い。

マリアは、そんな想いをどう表現したらいいのか分からず、膝の上で手をぎゅっと握った。


そのとき、ふと思い出した。

カインが疲れた私たちに安らぎのティータイムを提供してくれたことを。そして、あの時に感じた少しの違和感。

サマルトリアでは、疲れた心体をほぐし、気分を整えてくれる安らぎのお茶としてふるまわれるものだった。

ムーンブルクは少し違うのだ。
私は人をもてなした経験こそなかったけれど、いつも父がしていた。
遠方からムーンブルクへ来てくださった大事なお客様へ、感謝の気持ちを込めてお茶の席を設けるのだ。

あれは確かに、ムーンブルク流の礼を尽くす場でもあった。

私も、私なりのやり方で、二人に感謝の気持ちを伝えればいいのではないか。
『ティータイム』を、私も開いてみたらどうだろうか。

「え、それ、すごく素敵じゃないですか!」

マイは満面の笑みで、マリアの考えに太鼓判を押してくれた。

「国によってお茶の意味って違うものなんですか?へええ〜」
「ええ、ムーンブルクはお客様に満足してもらえるように、見た目も重視してたわ。器も銀や透き通ったガラス製のものを使って、 光のきらめきまでも楽しんでもらうの。」

そう言っておいて、マリアは口を噤んだ。
そんな茶器へのこだわりなんて、もう再現はできないのだ。
ムーンブルクの全てはあの崩壊の日に失われて、マリアには何も残されていない。

「無理……ね。無茶なことを言ってしまったわ。」

絞り出すようなマリアの声に、マイはぶんぶんと首を振った。

「できますよ!
 私は、そのムーンブルクのお茶会は参加したことないのですけど…でも、とっておきの良いものがありますよ。」

マイはそういうと立ち上がって、部屋の棚の奥をごそごそと探索し始めた。

「……あった、これです!」

そう言ってマイが取り出したのは、どこかで見覚えがあるような丸い缶だった。その缶は、やや古びていたが、丁寧に布に包まれており、マイ が大切にしまっていたことがうかがえた。

「それは……?」

マリアが首をかしげると、マイが嬉しそうに答えた。

「昔、お母さまからもらったムーンブルクの茶葉なんです。『お店では手に入らない貴重なもの』って言ってました! 」

その言葉に驚いて、マリアは思わず息をのんだ。

「大事なものだからって、少しずつ飲んでいたんです。まだ残っていますよ。これ、間違いなくムーンブルクのお茶ですよ。」

恐る恐る手を伸ばして缶を受け取ると、マリアはそっと蓋を開けた。中からはほんのりと懐かしい香りが立ち上った。

花のような甘い香りには覚えがあった。

その香りだけで、穏やかで格式あるあの空間が思い出された。亡き父が、来客をもてなすために幾度となく席を整え、茶器や香り、温度にまで 心を配っていた姿が蘇ってきた。

「……本当…だわ、これはムーンブルクのものよ。」
「えへへ。やった。……お母さま、昔ムーンブルクの女王さまと親しくしていたそうで、その時……いつだ? いつだか分かりませんが、その 時にもらったものだそうですよ。」

もう二人の母親からその思い出を確かめることはできない。けれど、今こうして茶葉が受け継がれ、今でも茶葉が残されていたことが、マリア は胸が熱くなった。

「これを、どうか使ってください。
 茶器が少しくらい揃ってなくても、大丈夫。これできっとマリア様の気持ちは伝わりますよ。」
「マイさん、ありがとう…。本当に貴重なものを。」

このめぐりあわせに、マリアは感謝を伝えた。


+++

夜の海は静かで、心地よい風が吹いていた。

サマルトリアでの短い用事を終え、三人は船へと戻っていた。
結局、滞在時間はほんの数時間程度なものだった。
しかしそこで食材も調達できたとカインは言い、いつもより少しだけ豪華な夕食を作ってくれた。

マリアはその夕食の片づけを自ら買って出た。
だが、目的はほかにあった。ささやかなティータイムの準備だ。

マイが分けてくれた紅茶葉を袋から丁寧に取り出してポットに詰めた。
乾いた茶葉に湯を注がれると、ふわりと香りが立ち上った。ほのかに甘く、花にも似たその香りは、遠い故郷の庭を思い出させてくれた。

少し緊張してきた。
こんな風にマリアが仲間たちを改まってお茶を誘うのは初めてだ。

甲板の小さな机に、クロスを敷き、器を並べた。

準備が終わると、マリアは船室で休んでいる仲間たちを呼びに向かった。

「甲板へ? どうしたの?」
「なんだよ、魔物でもでたのか? 武器だな、武器…!」

すぐさま立ち上がる二人に、マリアは少し吹き出しそうになった。

「違うわよ。武器はいらないわ。」


甲板に出てきた二人の目が、一瞬驚きに見開かれる。

ランタンの灯りが、夜の甲板を照らしていた。
小さなテーブルには、白のクロスと蒸気の立ちのぼるポット。
カップは月明かりを反射してほのかに光り、風が紅茶の香りが運んでいた。

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「ど、どうしたの!? これ……。」
「お前が用意したのか?」

マリアはほほ笑んだ。

「そうよ。たまには、いいでしょう?」
「ああ、なんかデジャブだな。いつかもあったな……ティータイムってやつか?」

マリアは二人に微笑んでお礼を言った。

「そうよ。ティータイム。」
「マリアが……、珍しいね。嬉しいよ。」

カインが嬉しそうにしている。マリアからのお茶の誘いなんて初めてだったからだ。

「あのね…、ムーンブルクではお茶は大事な人への感謝の気持ちをこめてお茶を差し出すの。」
「感謝って、なんの…?」

アレンは不思議そうにしている。
マリアは一度視線を伏せてから、真っ直ぐに顔を上げた。

「私はずっとあなたたちに感謝しているのよ。
 遠いムーンブルクまで助けに来てくれて、私を救ってくれた。今も、こうして一緒にいてくれる……その全部に、感謝してるのよ。」

あらためて口にすると、思った以上に照れくさい。
でもどれだけ、マリアは彼らに感謝しているのか。
簡単な言葉では言い尽くせないほどだった。

「そんなの……、僕たちの方こそだよ? 何度マリアに救われたことか。」
「確かに、……支えてもらってるのはこっちだぞ。お前の魔法が無かったら、何回全滅してることやら。」

二人は気にしていないという風に言う。優しい人たちだなと思った。

マリアはそっと器を差し出す。ひとつはアレンへ、もうひとつはカインへ。
カインは差し出された器を胸元で丁寧に受け取って一礼した。

「大切にいただきます。ありがとう、マリア」

その声に、マリアの胸がふっとあたたかくなる。

長い旅のなか、こうして気持ちを伝えられるひとときがどれほど貴重か。
それがやっと伝えられたのだと感じて、自然と笑みが浮かんだ。

「お菓子は? ないのか?」

アレンがきょろきょろしながら聞いてきた。
マリアはクスッと笑って首を振った。

「うちはね、紅茶だけなの。お菓子は添えないの。」
「なるほど。じゃあ今夜は、ムーンブルク流の礼儀に則ってってわけか」
「ふふ……そうね。」

アレンの声に、マリアは小さく微笑んだ。

アレンは一口すすると、「へぇ、なんか、不思議な味だな」と言いつつもすぐに二口目を飲み、お茶の味を楽しんでいるようだ。
カインはゆっくりと口に含み、香りを確かめながら、深く味わっているようだった。

それから三人は、月明かりとランタンの灯りの中で静かに紅茶を楽しんだ。

器の中の温かな液体は、ほのかに花の香りがして懐かしい味がした。
海風に混じって、ほんの少しだけ、ムーンブルクの庭園の記憶を運んでくるようだった。



アレンはムーンブルク流だと言ってくれたが、
……でも、マイから茶葉をもらえただけで、まだこれは正式なやり方ではない。
旅の途中でできる、せめてもの簡易的な茶席だ。

マリアは思った。
いつか、いつか、ムーンブルクが再建したときには、あの城で。
父がそうしていたように、敬意と誇りをもって、正式な作法できちんとした器と道具を揃え、あの頃と同じように心からのおもてなしをし たい。

そうして、もう一度。
大切な客人として、きっとこの二人をお迎えするのだ。

- 終わり-


2025/08/28

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【後書き】
冒険中の3人組です。
とある日のティータイムをきっかけに、マリアが二人の仲間に対して色々思いを巡らせるようなお話です。

彼らは王族なのでお茶なんかもたしなんでいるかなあって思いました。
国によってちょっと違う部分もあるんだろうかとか無理やり深堀して。

マイちゃんも出せて、思いのほか話が膨らんだなあって思います。

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