消えた記憶の花


「やあ、ここから見るムーンブルクの景色は本当に美しい。美しい噴水と綺麗な花々。城のかつての記憶の通りだ。復興は見事に果たされまし たな。」

「ありがとうございます。」

他国の使者を迎え入れると、皆が言ってくれる。
ここは、かつてのあのムーンブルクと見まがうほどに美しい。
まるで、あの悲劇など初めからなかったかのようだ、とも言われる。

あの日、ハーゴンの進撃によってムーンブルクはすべてを焼き払われた。
マリアはこの地にもう一度祖国を取り戻そうと、ずっと尽力を続けてきた。
残されたわずかな資料をかき集め、城の間取りや壁の色、広場の場 所や形に至るまで、記憶を頼りに「かつて」を再現をした。

時間も、労力も、心も、文字通りマリアのすべてを注いで築き上げてきたもう一つの新しいムーンブルク。

それは間違いなく、偉業であった。
誰もが称賛し、感嘆の声を惜しまなかった。

けれど。

「全然違うのにね。」

ある時、マリアはそう呟いた。
その瞳には、拭いきれぬ寂しさが宿っていた。

どんなに目に見えるものを似せたとしても、音も、匂いも、人々の声も、完全には取り戻せない。

傍らでマリアの笑みを見つめていたカインは、そっと拳を握り締めていた。

自分は“あの頃”のムーンブルクを知らない。
マリアの言う「違う」が、分からない。
マリアが何を足りないと言っていて、何が違うと言っているのか、カインにははっきりと分からないのだ。

「マリアがいれば、そこがムーンブルクだ。」

それがカインの想いだし、国民も皆そう思っている。

けれどきっと、マリアだけが「ここはムーンブルクではない」と今も感じている。

「多くの貴重な古文書が燃えてなくったの。この街路樹や石畳も、昔とは違う。市場の賑わいも違うわ。
 ……それにね、戦火で燃えて消えちゃった花もあるの。」
「マリア……」

ぽつりと呟いたカインの声に、マリアがふと気づいて、はっとしたように表情をやわらげた。

「ごめんなさい。子どもみたいな事を言ったわ。」

そう言ってほほ笑んだマリアの笑顔は、どこか強がるように明るい。
その笑顔の奥に、寂しさを封じ込めていることを、カインは気づいてしまう。

「今こうして皆が元気に暮らしている、それだけで奇跡のようにありがたいことだものね。私は感謝しなきゃいけないわ。」

マリアの微笑みは深く優しいものであった。
その姿に、カインは改めて自分の無力さを感じた。


+++


自分の記憶力の無さが情けない。

確か、カインも子どものころ、ロト祭の帰り路などにこの国に立ち寄った経験はある。それでも滞在時間はほんの短いものだったし、なにせ子 どもの記憶というのは実にあやふやで、その記憶なんて淡いものでしかない。

大方の人が言う通り、カインも思い浮かべると、このムーンブルクはかつてのムーンブルクの記憶のとおりに再建されているように思うのだ。
それでも、暮らす人が違うんだから、かつての城や城下町の様子は勿論完全に再現できるものではないだろうが…。


マリアが口にした「燃えて失われた花」という言葉が、少し引っかかっていた。

ムーンブルクの庭園や花壇は綺麗に整えられているし、訪れるものたちは皆その花々の美しさに感嘆の声をあげている。

でも、それでも、あの日燃えてなくなってしまった種もあるらしい。
それは、どんな花だったのだろうか。

カインは城で色んな人に聞いて回ることにした。

ムーンブルクの城は崩壊してほとんどの国民はいなくなったが、それでもここには元ムーンペタの住人もいる。
自分よりずっと旧ムーンブルクについて詳しい人は多い。

「以前のムーンブルクに咲いていた花……ですか?」
「……ああ、ありましたね。紫で、風に揺れるとほのかに甘い香りがしたような……」
「え? いやいや、あの銀色に光る小さな花のことじゃないですか? 夜になるとまるで灯るように咲く……」
「違うって。昔は、白くて淡い色の花だったはず。香りが強くてね」
「青い房になってるやつじゃないです? 春先にわーっと咲いて……」

驚くほど、人によって話はまちまちだった。
皆、なにかしら「ムーンブルクの花」を記憶している。けれど、何故かその姿も色も違う。

「おかしいなあ……」

聞いて回るんじゃなかったと思うほど、なぜか皆いう事が違う。
皆違う花を思い浮かべているんだろうか。それとも自分みたいに記憶が曖昧なのだろうか。

頭の中がハテナでいっぱいになった。

カインには、もう一人聞いてみたい人がいた。

「クナさんなら、分かるかな。」

クナは、旧ムーンブルク兵として、ただ一人今も国に仕えている男だ。
かつてのマリアと同じ時代、同じムーンブルクの空気の中で暮らしていた。
彼ならムーンペタの人たちより、きっと確かな記憶を持っているに違いないと思った。

今ごろは城の東側にある訓練場で兵士たちの指導をしている頃だろう。
そろそろ稽古の時間も終わるころだ。

夕方の冷たい風に混じって、訓練場から賑やかな掛け声が聞こえてきた。
そっと様子をうかがうと、若い兵士たちは木剣を構えて声を張り上げていた。

あの様子じゃ、もう少しかかるかな。

カインは石垣の影に身を隠して様子を見守った。

姿を見せれば、兵士たちが「稽古をつけて欲しい!」と次々に頼みに来るのだ。だから最近はなるべく目立たぬようにしていた。

しばらくすると稽古も終わったようで、片づけが始まった。
そろそろ声をかけても大丈夫だろう。

「クナさん、今……少しいいかな?」
「カイン様? どうなさいましたか。」
「少し聞きたいことがあるんです。」

しかし、こっそりと声をかけたはずが、すぐに周囲に気づかれてしまった。

「カイン様! 稽古をつけに来てくださったのですか!?」
「そんなところにいらっしゃらず、どうぞ中へお入りください!」

次々と飛び出してくる兵士たちに、カインは申し訳なさそうに手を振った。

「ごめん。今日は用事があって……また今度。」

丁重に断りを入れると、カインはクナを訓練所の脇へとそっと誘導した。

「珍しいですね。カイン様がこんなところにまで来てくださるなんて。」

クナはどこか嬉し気だった。カインが訓練場に近寄らないようにしているのは、クナも知っていた。

「うん。騒がせてごめんね。聞いてみたいことがあって。
 クナさん、昔ムーンブルクに咲いていた消えた花の事、知っていますか?」
「は…、花ですか?」

思いがけない質問に、クナはきょとんと目を丸くした。

カインは先ほど城下で聞いてきたあれこれを順に説明しはじめた。
紫にも、青にも、銀にも、白にも見える不思議な花。

自分で言っておきながら、自分で混乱してくる。無茶苦茶だと思った。
誰かの記憶間違いか、複数の花が混同されているのか。言っているうちに、自分でも何を探しているのか分からなくなりそうだった。

しかし、しばらく黙ってカインの話を耳を傾けていたクナは、一つ一つの情報を思い出すように反芻すると、逆に何か点が線につながったよう で、ぽつりとつぶやいた。

「……ひょっとして、ルーンヴィオラの話ですか?」
「……ルーン、ヴィオラ……?」

聞きなれない花の名前に、カインは少し首を傾げた。
クナも古い記憶を遡るように、ぽつぽつと口を開いた。

「私もそんなに花には詳しくないのですが、紫にも銀にも見えるその花は王様が特にお気に召していらした花……だったのではなかったでしょ うか?」
「あ、そうなのですか…!? ほかに分かることはありますか? どこに咲いていたのですか?」

カインが身を乗り出すように問いかけると、クナは頷いた。

「はい、とても珍しいものだそうですね。
 確か、王城の裏の丘のところ、幼いマリア様がよく王様とご覧になられていたそうです。私たちのような庶民にも裏の丘は開かれているの で、それで見に行ったことがあります。」

「わああ、さすがクナさん! やっぱり一番ムーンブルクのことを覚えていた!」

「そ、そうですかね?」

思いがけず褒められてクナは照れくさそうに頭を掻いた。

「でも、それがどうかなさったのですか?」

クナが尋ねると、カインは先ほどのマリアの寂しそうな様子を伝えた。
新しいムーンブルクに多くの者が賞賛する中でも、彼女の心にぽっかりと空いた何かは、まだ埋まっていないこと――。

「全てを元通りにはできないけれど、かつてのムーンブルクにつながるものがあれば、マリアの心を癒せるんじゃないかって思ったんだ。」

真剣な声で語るカインを見て、クナは驚いたように目を見開いた。

「……カイン様はお優しいですね。そのお気持ち、きっとマリア様にも届くでしょう。」


++


城の書庫の一角。
カインは書庫にある図鑑を何冊も引っ張り出しては、静かにページをめくっていた。

「ルーンヴィオラ……紫に銀が混じる。風のあたり具合で白くも見える不思議な色合いの多年草。温暖な気候を好む。自生地はムーンブルク地 方。」

静かな声で読み上げる。

「近年は確認例はなし……」

マリアが言う通りだった。
もう本当に、この世から失われてしまった花なのかもしれない。

他国から苗を探せないかいうことも調べたが「ムーンブルク固有種」と書かれているので、他地域からの移植はやはりできないのだろう。

……咲かせてあげたかったな。

遠い記憶のマリアの大好きな花。
それをもう一度咲かせられたらと思ったのに。

これじゃ何もできなかったのと同じだ。

せめて探していたことは隠しておこう。
マリアをまた落胆させるくらいなら、黙っていたほうがいい。


そう思ったとき、軽く息を切らせてクナが駆け込んできた。

「カイン様! こちらですか?」
「はい、クナさん慌ててどうしたんですか?」
「あの花を調べていらっしゃるんですよね?」
「ええ、でも残念ながら、今は確認例がないそうで……本当に途絶えてしまったようです。」

残念そうにいうカインにクナがぶんぶんと首を振った。

「思い出したんです。あの花、まだ……残っているかもしれません」
「えっ、本当に!?」

身を乗り出したカインにクナは少しひるんだ。

「私、一度だけ、かつての兵隊長に案内されたことがあるんです。ムーンブルクの西、少し城から離れたところに旧ムーンブルク兵団の見張り 台があるんです。そこの屋上で、確か王様の花を育てているんだと言っていたんです。」
「見張り…台?」

カインにとって、初めて聞く施設の名前だった。

「兵以外は立ち入り禁止でしたから、書物などに記録がないのも当然かと。私も当時下っ端でしたから行ったのは、その時一度きりで。」
「場所を教えてください。すぐに見に行きたい。」
「ええ……。あ、でも……。」

クナは不意に表情を曇らせた。。

「見張り台はムーンブルクが滅んでから放置されていて荒れているので、今も咲いているかは……正直分かりません…。」
「構わないよ。今のところ、それだけが唯一の手がかりなんだから」


+++

外に出ると空はうっすらと曇っていた。
風も冷たく、空は季節の移ろいを静かに告げていたが、春はまだ少し遠いようだ。

ムーンブルクの城を抜け、裏手の道をしばらく進んだ。

木立の奥に、ひっそりと古びた石造りの塔が姿を現した。
かつては見張り台として使われていたその建物は、今や時の流れに風化し、石壁のあちこちに苔が張りつき、鉄製の門扉はまるで魔物の突進で も受けたのか歪んでいた。

「ここです。……旧見張り台。」

クナの声はいつになく慎重だった。
彼にとっても、ここを訪れるのは新人兵だった遠い昔以来なのだ。

「行ってみましょう。」

カインは無言で頷くと、門扉に手をかけた。
錆びた扉はもう何年も使われていなかったようで、重く固まっていたが、無理やり押し込むと、鈍い金属音を響かせてゆっくりと開いた。

「開いた…。
 って、うわ、なんだこれ。」

塔の中は思った以上に荒れていた。床には砕けた木材や壊れた棚、倒れた椅子が散乱していた。
そして長い時間で厚く積もった埃。

室内の空気は澱んでいて、カインは思わず咳き込んだ。

「……酷いな…。放置されていたのがよく分かるね。」
「あの日から時が止まっているんですね。」

屋上にはどうやったら行けるだろうか。しばらく塔の中を散策すると、クナが上の階へ進む階段を見つけた。

「ありましたよ!」
「階段の手すりが落ちちゃってる。気をつけて。」

朽ちかけた階段を慎重に上る。
二階の部屋は、かつての兵たちの気配を微かに残していた。壁際には、ムーンブルクのエンブレムを模った古びた盾が掲げられ、埃をかぶった 鎧や武具が無造作に残されていた。

積もった埃の中をかき分けながら、崩れかけた棚の下に古い木箱が落ちていたのを見つけた。木箱の底に何かの束が見えた。
何通もの紙の束だ。

拾い上げてページを繰ると、整った字で淡々と日付と報告が書かれていた。
その日付は、もう何十年も前のものから始まり、そしてあのムーンブルク襲撃のその日までの記録が綴られていた。

「……これ……なんだろ。日誌かな……?」

内容は主に、見張り台周辺の巡回記録や物資の受け渡し、訓練の様子などだった。ぺらりとその報告書を巡っていると、ある一文がカインの目 に留まった。

『王が寵愛されるルーンヴィオラの種を下賜された。屋上で育てて、その目をお慰めしたい』

「あ、本当だ!クナさん、見て、ここに……っ、ゲホッ、コホ」

カインは埃に咽せながら、クナを呼んだ。

「だ、大丈夫ですか? ここの空気、本当に悪いです……。床板も、ちょっと踏み外したら危ないかも……」
「ええ、見てください。これ。」

クナも顔をしかめながら、カインの隣に屈んだ。
紙に記された懐かしい文字をじっと見つめた後、ぽつりとつぶやいた。

「……隊長……」

懐かしい兵隊長の名前と文字に、クナは目が潤んだ。
ここに載っている人々は今はもう誰もいないけれど、消えてしまったあの日々が脳裏に思い浮かんだ。

カインはその様子を横目に見て立ち上がった。

「それ、持って帰りましょうか。」
「え、これですか?」

探しに来た花とは違うが……。

「ムーンブルクの貴重な記録だ。マリアも喜ぶかもしれない。
 他にも何か貴重なものはない?」
「そ、そうですね…!探してみます。」

クナも頷いて立ち上がった。木箱を持ち上げるとまた埃が舞い上がる。
カインは嫌そうにマントで口を覆って、埃から顔を背けた。

「ふぅ……、僕は屋上を見てみたい。どこから行けそうかな。」

そっと息を整えて、周りを見渡した。階段はもう無さそうだが……。

「はい、確かはしごがあったはず……」

塔の屋内から屋上へは、窓から取り付けられたはしごを通って、外へ出る造りになっていた。屋上に行ったことはないが、はしごは外からでも 見えていたのだ。
しかし、確認してみると、かつて取り付けられていた木製のはしごは、とうに朽ちており、今にも崩れそうなほど脆くなっていた。

「引っ張ると取れちゃいそうだ。」
「確かに…、これでは上るのは無理そうですね。」

窓からはしごを触れながら残念そうにするクナに、カインは微笑んだ。

「いや、大丈夫だよ。この上だよね?」

カインは窓から屋上を見上げた。

「ちょっと見てくるよ。」

そう言ってカインは窓辺に足をかけた。

「あ、わ……カイン様!?」

慌てて手を伸ばしかけたクナをよそに、その体はふわりと風に乗った。淡い光が彼の足元を支えていた。

「お、お気をつけて!」

一瞬窓から身投げでもしたのかと焦ったが、カインは空を飛べるのであった。ついて行きたくとも、クナには真似ができない。だから、ただ見 上げながら願った。

あの空の下には、紫と銀の美しい花々が、きっとどうか、咲いていますように。

もし咲いてるなら、カインはきっと教えてくれる。けれど、しばらく待っていても何も声がかからなかった。

ダメだったのだろうか…。

クナは、待っている間二階の探索を続けることにした。
貴重な品がまだ残っているかもしれない。
しかし、いかんせん埃がすごい。

「まずは掃除をしよう」

くしゃみが出そうになるほどの埃に閉口しつつも、手を止めることはなかった。

しばらくすると、窓から声が聞こえた。

「……クナさん、ちょっといいかな?」

ぎい、と軋む音がして、2階の窓から泥だらけの顔がひょっこりと覗いた。

「カ、カイン様!?」

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埃まみれの書類を片づけていたクナは、思わず声を上げて立ち上がった。
カインは、なぜか髪も頬もマントの裾までも、見事なまでに泥にまみれていた。

「すみません……ちょっと手間取って。あの、さっきの木箱ってまだありましたか?」

「あ、はいっ、これです!」

クナは慌てて木箱を持ってきて、埃を払った。

「中、空けてくれるかな。」
「え?は、はい…。」

先ほどの報告書を取り出すと、カインは箱の中に何かを入れた。

「これ、屋上に咲いてたんです。……ほんの少しだけど、蕾があったんだ。
 それと、地面の根元にいくつか種が残ってたんで……大事に包んできた。」

箱の中には、小さな植え替え用の土に埋められた一株の苗があり、ほんのりと紫が滲む蕾がひとつ顔を出していた。
そして丁寧に包まれた、黒く小さな数粒の種。

「花!咲いてたんですね…!?」
「いや、……咲いてるって言っていいか…」

カインは少し肩を落として残念そうに言った。

「屋上も結構荒れてたんだ。土も冷えててカチカチだったから……周りの花はほとんど枯れてた。だけど……この子だけ、頑張って蕾をつけて たんだよ」
「そ、そうでしたか……!」

今はもう花が枯れてしまってたと言う事実は悲しいものだった。あと少し早くこれれば、まだ状況はましだったかもしれないのに。
それでも小さな蕾がまだ一つ生きていたと言うのは、ギリギリで間に合ったのだと感じられた。

「本当に不思議な花みたい。
 紫だと思ったけど、光を受けると銀色に輝いて見える。風が吹くと、白くも見えるんだ。」
「ええ、間違い無いです。小さなルーンヴィオラですよ。」
「良かった。」

2人はこの小さい蕾の発見を喜んだ。

「これを持って帰って、城の裏の丘に植え替えたいと思うんだ。
 マリアが、あの日見た花を、もう一度……目にできたらいいなと思って」
「ええ。やりましょう。」

クナが頷いたその直後、カインがまた何度か咳き込んだ。
そして息を整えるようにゆっくり深呼吸した。

「大丈夫ですか?本当に。」
「うん。ちょっと…飛んだまま作業するの大変で。
 壁の蔓をはがして、土を掘って、根を包んで、そしたら泥だらけになっちゃった。」
「そ、そんなに。冷えたんじゃないですか?マリア様がお知りになったら心配されますよ」

「……うん、それは僕もちょっと反省してる」

そういうとカインは申し訳なさそうに外を指差した。

「城に帰ろう。まだ何か見つかりそうだけど、この埃はちょっと苦手だ。」
「ええ。あとの探索は私がやります。また見にきますよ。」

クナはここにはまだ何かお宝があるんじゃないかと気分が高揚していた。

「ありがとう、クナさん。あなたがいなかったら、ここまでこれなかった。助かりました。」
「い、いえっ…、私は何も。カイン様の行動力の方が、それはもうすごくて。でも少しでもお役に立てたなら、幸いです。」

少し頬を赤らめるクナに、カインはふっと穏やかに笑った。


+++


マリアに会う前に、せめて泥だけでも落とそうと廊下を歩いていたのに、
ちょうど執務室から出てきたマリアと遭遇してしまった。


「どうしたの!?その恰好……」

マリアの声に、カインは気まずそうに片手を上げて応えた。

「あ、ただいま……」

顔にも髪にも乾いた泥がこびりつき、マントの裾は湿った土でずっしりと重たくなっていた。靴も埃まみれで、服も汚れていた。
そして、手には何やら汚れた木箱を持っていた。

「いや、ちょっと土作業をしてて……。ケホッ、コホッ」
「ど、どうしたのよ。土作業ってなんのこと?」

カインが咳き込んで右の袖で口元を覆うのを見て、マリアはすぐに駆け寄った。

「だ、大丈夫。ちょっと埃ぽっかっただけ」
「どこへ行っていたの?」

そばにいたクナが後ろから補足するように言った。

「……あの、旧ムーンブルク兵団の見張り台の視察に行っておりました。
 そこがちょっと、中はかなり朽ちておりまして……長年の埃が積もっていて……」
「ど、どうしてそんな場所へ行くのよ。あなたは……っ」

カインはマリアの言葉を遮るように、左手で持っていた箱を差し出した。

「何?これ……。」

それは泥と埃に塗れたくたびれた木箱だった。
マリアは一瞬、何が入っているのかわからず眉を寄せる。

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中身が全く分からないまま、箱を開けてみるとそこには小さな蕾をつけた花の苗と、丁寧に包まれた数粒の種があった。

「……?」

一瞬何かわからなかった。
でもその小さな紫に少しだけ見覚えがあった。

「え……、これ……どうして? どこで? どうしてこれが……?」


信じられない、というようにマリアは箱の中を見つめたまま動かない。

かつて父と見上げたあの花だ。
あの日、全てが燃えて、全て消えてなくなった。いくら探しても、もうどこにも見つけられなかった。

「クナさんが教えてくれたんだ。
 昔のムーンブルク兵団の見張り台の上に、マリアのお父さまから授かったムーンヴィエラが咲いていたって。」
「…………」
「マリアが探していたのは、この花であっていた?」

聞かれてマリアはこくりとうなずいた。
その様子にカインはクナと顔を見合わせて笑みを交わす。

「良かった…!」

しかし、マリアは信じられない思いだった。
だってこの花のことは、ほとんどカインに話していない。
話しても仕方がないと思っていたし、ましてや見つかるなんて思っていなかった。

「信じられないわ…。どうして見つけられるのよ。」
「全然分からなかったから、沢山人に教えてもらったんだよ。」

そういって見せたカインの笑顔は確かに嬉しそうだった。

けれど、その顔色は青白くて、どこか疲れて見える。
私が無理をさせてしまっていないだろうか?

カインは呼吸器が悪いので、埃まみれの廃墟を探索するなど、本来は絶対にしてはいけないことなのだ。

「だ、大丈夫だよっ。いたのは本当に少しだけだったから。すぐに出たし……」

マリアが何を思ってるのか気づいたのか、カインが慌ててフォローをしてきた。ごまかそうとしている。

でも、彼がどれほどの気持ちでこの花を探してくれたのか、マリアには痛いほどわかった。

「あなたのそういうところ、ほんと昔から変わらないわね。」
「え……?」

花を探し回ったことなんて、今まであったっけ?とカインは少し首を傾げた。そんな彼に、マリアはふっと微笑む。

「ありがとう、カイン。それにクナも……。
 嬉しいわ。」

マリアの声は少しだけ震えていた。
クナは恐縮したように深く頭を下げた。

「二人とも食事もまだでしょう?少し休んで。
 植え替えは私がやります。
 城の裏の丘に、昔と同じように咲かせてみたいわ。」

マリアは子どものように目を輝かせて、木箱を大事そうに見つめて行った。

「僕も行くよ…!」
「いいわよ。あなたは休んでいて。」
「一緒に行きたいんだ」

マリアは、胸の奥でため息をつきたくなった。
この人は私の気持ちを汲んでくれているのか、汲んでくれないのかどっちなんだろうかと、マリアは少し恨めしく思った。

「外は寒いのよ?」

そう言ってもちっとも揺るがないカインの目に宿るまっすぐな光を見て、しばらくの沈黙のあと、ふうっとため息をついた。

「なら、上着を着て。絶対に無理はしないって、約束して。」
「うん、わかった。ありがとう。」


++


日が傾きかけた夕方、城の裏手の丘には冷たい風が吹いていた。

カインとマリアは、かつて父とマリアが訪れたという丘に並んで立っていた。
その地面の一角に小さな植え床を用意した。

「ここでいい?」

カインが問いかけると、マリアは静かに頷いた。

カインは上着を羽織り、首にはマリアが持たせた薄手のストールを巻いていた。まだ少し咳は出るが、顔色は戻ってきていた。

「……じゃあ、植えるよー」

カインはそっと膝をついて、木箱を開いた。
箱の中には、小さな蕾をつけたルーンヴィオラの苗と、丁寧に包まれた数粒の種。

「これ……塔の屋上で、たった一株だけ生きてたんだ。最後の一株だったんだよ。
 あのまま放っておいたら、もうだめだったかもしれない。」
「……間に合ってよかったわ。」

マリアも隣にしゃがみ込み、そっと苗を地面へ移していく。
やさしく根を包むように土をかけた。

「これで大丈夫かしら? 楽しみね。」
「……うん。ねぇ、そうだ。これも一緒に持ってきたんだ」
「何?」

カインは懐から小さな紙の束を取り出した。
それは、あの塔で見つけた報告書。

「当時の兵隊長が残してたものなんだって。
 クナさんが見つけて驚いていたよ。
 日誌みたいな記録で……その中にね、こう書いてあった」

カインはページをめくり、ある一節を読み上げる。

『王が寵愛されるルーンヴィオラの種を下賜された。屋上で育てて、その目をお慰めしたい』

読み終えたカインは、顔を上げてマリアを見る。

「……君のお父さま、花が好きだったんだね?」

マリアは驚いた表情をして報告書を覗き込んだ。
けれど、少しだけ首を振った。

「違うわ。ルーンヴィオラを好きだったのは……お母さまよ」
「え?」

マリアは懐かしそうに眼を細めた。
マリアの母はもうずっと前に、マリアが幼いころに亡くなっている。

「母が好きだった花だったの。
 お母様がよく花の世話をしていて……父は、それを見ていた。
 だから大事だったのよ、父にとって」

マリアは、土の上の小さな蕾を見つめながら、懐かしそうに微笑んだ。

「それで、母が亡くなったあと……父は、ずっとこの花を絶やさないように育てていたの。
 この丘で、私と一緒に眺めながら、よくお父さまはお母さまのことを話してくれたわ」

よくクナがこの丘でルーンヴィオラを愛でる王と姫を見かけたと言っていたが、
それは亡き母の話をする大事な時間だったそうだ。

「知らなかった、そうだったんだね。」

マリアは遠い日を思い出しながら、笑みを浮かべた。

「母が好きだった花をずっと父は守っていた。
 その花を守れなかった。なくなってしまったのが、私は寂しかったの。」

ひどい戦火の中で奪われたものは大きかったのに、
子どもじみた感情だと思うものの、その中でもどうしても忘れられない思い出の一つであった。

「だから……この花がまたここに咲くなら、父も母も……喜ぶと思うわ。」

マリアはスカートについた土を払って立ち上がった。

「カイン、ありがとう。」

マリアの言葉にカインは少し表情をやわらげて頷いた。

「……この花がまた、いつかムーンブルクの丘を紫に染めてくれるように、頑張ってお世話しなきゃね。」
「大丈夫、きっと咲くわ。あなたと植えたんだもの。」

過去と現在がひとつになって、そしてまた未来へ。
思い出をつなげていけることをマリアは祈った。


+++

ある日の夕方。

訓練を終えたクナが武具を片づけていると、マリアの侍従が駆け込んできた。

「クナ様、マリア様とカイン様が、すぐに来るようにと……!」
「えっ……!? い、今すぐですか!?」

慌てて身なりを整える間もなく、クナは顔をこわばらせながら廊下を駆け出した。

『な、なにかあったのか……!?
 訓練場で何か問題があったか? それとも……私は何かやらかしただろうか?』

少し息を切らしながら扉を開けると、そこには真剣な顔で椅子に座るマリアとカインの姿があった。

「マリア様、カイン様……! お呼びとのことで……っ」
「うん。来てくれてありがとう、クナさん」

カインが静かに頷いた。
マリアも静かにクナを見つめると、やがてゆっくりと口を開く。

「……実はね、少し……重大な報告があるの」
「っ……! じ、重大な……!?」

クナはごくりと息を呑んで身構えた。緊張で背筋もぐっと伸びる。

「今日、咲いたのよ。ルーンヴィオラが」

マリアの唇が、ふっとやわらかく綻んだ。

「あ……咲いた……? って、え……咲いたんですか……!?」

クナは最初は意味が掴めなかった。
数度ぱくぱくと口を開閉し、そして一拍遅れて、ぱぁっと顔がほころんだ。

「それは……それは……っ!」
「うん。今朝咲いてたんだよ。あなたのおかげだ。」

カインの言葉に、クナはぶんぶんと頭を振った。

「いえ、そんな!私なんて何も…っ」

慌てて否定するクナに、マリアが微笑を浮かべながら口をはさんだ。

「カインがね、クナがすごいすごいって、昔のことを何でも覚えていて、すごく頼りになるんだって言うの。」
「そ、そんな……」

クナの耳が赤く染まる。

「今度、私も連れて行って、旧ムーンブルク兵団の見張り台。
 まだ何か見つかりそうだもの。」
「えっ……。あそこですか、ほんとうにぼろぼろで……埃がすごくて。」
「分かってるわよ。それは聞いたもの。」

カインはダメだからね、と釘をさすと少し不満そうに唇を尖らせた。

「……僕は行っちゃダメなの?」
「当たり前でしょう。もう少し大事にしてもらわなきゃ困るわ」

マリアが鋭く釘を刺すと、カインはあきらめたように肩をすくめた。
そして、ふたたび視線をクナに戻す。

「クナ、ありがとう。」

自分が仕えるべき今の我が主、マリアの役に立てた。
それはクナにとって、何よりも誇らしいことだった。

「……こちらこそ。……本当に、光栄でございます……!」

その声は、かすかに震えていた。

- 終わり-


2025/08/14

▲


【後書き】
クリア後のムーンブルク。
クナさんにスポットをあてたかったカイマリの話です。

女王さまのために、すごく真剣にお花探しする男二人がなんだかかわいいなあーと思ったので書いてみました。

クナはあんまり強くはない人ですが(おい)、マリアとカインはこの人を頼りに思ってるんだろなとおもいます。

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