女王たちのジレンマ




※注意※

こちらの小説は、クリア後のカイマリ小説で、「温かい スープと紅茶」の後日談に当たります。
両想いですが結婚はしていません。



ある日、マリアは女官のフルートと旅の思い出話に花を咲かせていた。

「…それでね、結局お金がなくなってしまったものだから、食堂にも行けなくなってしまって…。
 そしたら川に行こうってアレンが言って……」
「まあ、お、お金がない……?…それでどうしたのですか、大変じゃないですか。」
「案外大丈夫だったのよ。カインがね、川魚は塩焼きにするのがおいしいんだって焼いてくれるの。」
「まああ、川魚を釣って?……そんな逞しい事……。」
「親切なキャラバンの人が野菜を譲ってくれたりすることもあったのよ。」

すると、時に驚いたり、笑ったり、涙を流したり……、
マリアの話は随分興味深かったのか、フルートは親身に聞いてくれた。

時折こうやって旅の思い出を振り返っていた。話すことでマリアも当時のことを、懐かしく思い出せた。
公務に追われる日々の楽しい息抜きの時間になっていた。

仲間たちと別れてもうしばらく経つが、
未だに旅の間の思い出は、マリアの中でどれも珠玉の宝物だった。


「マリア様、信じられないような過酷な旅の話ばかりなのに、どうしてそんな笑顔でお話されるのですか?」
「……それはそうだけど、でもとても楽しかったのよ。」

そうか、今のは過酷なエピソードになるのか。
マリアにとっては、川に入って魚を捕まえたことも、見知らぬキャラバンの人と交流したことも、
もう二度とできない楽しい思い出の一つでもあった。

「楽しかった…? 不思議ですわ。
 食事のことだけでもこんなに大変じゃないですか。
 マリア様はれっきとした王女様だったのに」

フルートは心底不思議そうにしている。
食べ物一つ、寝床一つとっても苦労が絶えない旅だったのは確かではあるが。

「旅の間に身分のことなんて関係あるかしら?」
「でもアレン様もカイン様も王族のお方たちじゃないですか。」
「ええ、でも出会ってすぐに私たちは対等な立場だから、敬語もやめようって取り決めたのよ。
 だからそのことはあまり考えることはなかったわ。」
「そういうことだったのですね……。」

今思うとアレンのその提案のおかげで、私たちはすぐに友人のような距離感になれた。
王族の旅と言っても、私たちはただの世間知らずの子どもたちだった。頼れるものもお互いしかいない。

そんな中での魔物たちとの戦いはもちろん熾烈だったし、右も左も分からない中で、
このたった3人の子どもたちはよくぞ生きて帰ってきたものだ。
旅の間、仲間たちは本当に頼もしかった。

マリアはなおも語った。

「それで、そのときも宿についたらカインが果物を剥いてくれたのよ。
 一緒に食べようって言ってくれて、持ってきてくれて。
 それで、私はなんだか肩の力が抜けた気がしたわ。」

「うふふ。」

フルートが笑っている。何か今の話おかしかっただろうか?

「私、何かおかしなこと言ったかしら?」
「……マリア様は、アレン様とカイン様、どちらのお話をされるときもとても楽しそうですが、特にカイン様のことをお話しされるとき、なん だか表情が優しくなられますのね。」
「えっ、そうかしら…っ」

焦ったようにマリアは思わず自分の頬を撫でた。
表情が優しい?
どんな顔をして話していただろうか。

「カイン様は先日も来てくださいましたものね。マリア様はその時もとてもお嬉しそうで……。」
「そ、そうだったかしら……?」

嬉しかったのは間違いないのだが……。
なんだか居心地が悪くて、話題をそらそうとした。

「それはもちろんそうよ。カインは大事な旅の仲間の一人だもの。」
「ええ、分かりますわよ。きっとマリア様にとって特別なお方……なんでしょうね。」

そうはっきりと言われてマリアはいよいよ顔を赤くした。
カインに好意を持っていることがこのフルートには見抜かれているのだろう。

「次はいつカイン様来てくださいますでしょうね?」
「………… 」

そういわれて、もう一つ気づくことがあった。
マリアがこんなに昔話に饒舌になったのは、カインが来なくなってからだ。
カインが来ない寂しさをこんなところで紛らわせていたのかもしれない。

以前に来てくれた時は……確か、アレンの持ってきてくれたダイニングセットを運んでくれたり、あとは……私の粗相を助けてくれたりして… あれから、しばらくカインの足は遠のいていた。

彼にはいやな思いをさせてしまっただろうか。だから、来てくれないのだろうか。

「カイン様もお忙しいお方ですから。
 きっとしばらくしたらお顔を出してくださいますでしょう。」
「そう……よね……。」

マリアは返事を口ごもった。

「マリア様大丈夫ですよ。」

フルートはマリアの沈んだ顔を見かねてそっとお茶を差し出してくれた。

「ありがとう。」

その優しい気配りに、マリアはもう一度笑顔を見せた。
そして、ふっと窓の外を目をやった。

「今頃、カインは何をしているのかしら……。」

簡単には会いに行けないジレンマに、マリアの静かな声が部屋に溶けて行った。




+++



そんなある日、サマルトリアから公式の表敬訪問をしたいと伺いがあった。
こんな風に連絡が来るのは初めてだった。

公式、表敬訪問?

少し違和感があった。
アレンもカインも気さくに友人に会いに来る様子で、いつもほぼほぼ特に連絡もなくやってきていたからだ。

珍しいな…と思いつつ、
ムーンブルクでは丁重に迎え入れる準備をしていた。

「マリア様。
 サマルトリア国王陛下御一行様が到着されました。」

サマルトリア国王陛下と言えば、カインのお父さまだ。

そうか。
いつもみたいな気軽な友人の訪問とは違う。
そうすると私は一国の女王の立場でお出迎えをしなければならない。
緊張感をもって、一行を迎え入れた。

「マリア殿、いえ、ムーンブルク女王陛下。
 女王陛下のご即位、そしてムーンブルク国の見事な再建、サマルトリアは心よりの祝福を申し上げます。」

「ありがとうございます。
 私、そしてこの国が今こうしていられるのは貴国のご助力があってこそ。
 こちらこそ、心より感謝申し上げます。」

丁寧な祝福の言葉にマリアは恐縮しきりであった。

サマルトリア王の訪問理由は、公式訪問という形での表敬訪問、そして改めて復興支援と、
両国の永久の友好を祈念するというものだった。

「隣国の立場でありながら、来訪が遅くなってしまい、申し訳ない。」
「そんな、とんでもないです。
 いつもカイン王子が助けてくださっていますので。」
「…………そう、ですか。」

マリアは感謝の気持ちを伝えたつもりであったが、王の返答は少し間があり、何か含みを持たせたもののように感じられた。

あれ、何か変なことを言っただろうかとマリアは心配に思った。

「いやなに、ローレシアのアレン王が貴国に贈り物をしたという話を聞きましてな。
 それで、我らもムーンブルクの復興にふさわしい品を贈りたいと思い。」
「まあ……、そうだったのですね。両国のあたたかいお気持ちには感謝の念を堪えません。」

アレンはポンとキメラの翼で飛んできて、適当な場所に適当に机を置いて帰っただけなのだが、それに比べると大人の振る舞いというか、何と 丁寧なことだろう。

王は側近に声をかけて大きな包みを慎重に運びこませた。
それは厚手の布に包まれ、金色の飾り糸で結ばれていた。

「どうぞ、ご確認ください。」

王の合図で飾り糸をほどくと、中には大きな柱時計が姿を現した。

「まぁ……なんて立派な。」

それは見事な細工が施された時計だった。
光沢のある木材のボディに精緻な彫刻が彫られていた。
文字盤には、不死鳥ラーミアを形どったと言われるロトの紋章と、時を刻む金色の針。

「新たな時を刻み始めたムーンブルク王国の新たな時代の幕開けに願いを込めて作られたものです。
 そして両国の絆が永久に時を刻むように……」

時計に込められた確かな思いにマリアは胸を打たれた。
未だムーンブルクは復興の道を歩み始めたばかりの小さく未熟な小国であったが、
決して孤独ではない。そう思わせてもらうに十分なものであった。

控えていた家臣たちもきっとそう思ったことだろう。

「本当にありがとうございます。
 サマルトリア王陛下より賜ったお心遣いに深く感謝申し上げます。
 この時計とともに新たなムーンブルクの時を刻み始められること嬉しく思います。
 そして両国の絆が変わらず続きますよう願ってやみません。」

マリアは感謝の思いを述べた。



サマルトリアからの柱時計はローレシアから頂いたダイニングセットとあわせてバンケットホールに据えられることになった。
そうすると、人が集い時を共有するこの場所に、両国からの贈り物が並ぶ。
そうすることで、きっとマリアだけでなく家臣や国民たちも常に両国の友情を感じることだろう。
きっとそれは我々にとって心の支えとなるだろう。

「マリア様、本当に良かったですね……!」

クナや家臣たちも皆喜んでいる。
それは良かった。
良かったのだが、マリアには喜んでばかりはいられない一報も舞い込んできていた。

サマルトリア王たちを、心づくしの宴で歓待したのだが、
その時、王は思いがけない言葉を口にした。

「カイン?
 ああ、カインなら、来ていませんよ。今は国で謹慎させています。」
「えっ……」

ふとカインの近況を聞いてみようと思ったところ、カインは今謹慎させられているというのだ。

「そんな……ど、どうしてですか…?」

「それよりお聞きしたい。先ほどマリア殿はカインがよくこの国に来ていたというようなことを言っていたが……。
 それは本当のことなのですか?」

「…………は、はい… 本当です。」

「そうですか。最近どこを探しても、カインがいないときがあると家臣たちからも不満の声があがっていたが、こちらでしたか。 
 最近あちこちとふらふら出回っていて、全く公務に身が入っていない。
 ムーンブルクにしょっちゅう来ているというのも、おそらく貴国にとっても、外聞が悪いことであろう。ご迷惑をおかけして申し訳ない。」

「そ、そんなことはありません!」

「いや、訳もなく隣国に通い詰めていることは、外交上余計な疑念を呼び揶揄されることもある。
 公私混同……どころか、節度を失うと過度な干渉……内政干渉も疑われることもある。」

マリアの心臓はバクバクと早鐘のようになっていた。
待ってください。違う、違うんです。カインに限ってそんなことは絶対ありえない。
そういいたいけど、言葉にならない。

サマルトリア王はこう告げた。


「王命として、王子は城に留まりしばらく謹慎処分とする。己の務めに専心させる必要があるようだ。」




+++


どうしよう、私のせいだ。


マリアは血の気が引いていくような気がした。
小さな吐息さえ、うまく吐き出せない。
手のひらがかすかに震え、膝の上でぎゅっと握りしめる。

カインが謹慎を言い渡されたことも、
周囲からの揶揄や冷ややかな視線も、
すべて自分が呼び込んでしまったものだ。

そんな思いが、胸の奥を鈍く締めつける。


心の奥底で、実は少し心配に思っていたことであった。

ムーンブルク帰還後、マリアは女王と言う立場になった。
それからは、旅の間とは打って変わって、自由にムーンブルクを離れることはできなくなった。
実際、私用で国を離れたことなんて、一度もなかった。
その事をマリアは仕方がない事だと思っていた。

一方でカインは今も王子と言う身分だった。
マリアよりは比較的自由が利くんだと言っていた。
だから、ちょくちょくとカインの方がムーンブルクに顔を出してくれるのだ。
ルーラが使える、と言うのもあるだろうが……。

それを真に受けて、カインに頼ってばかりいた。
でも、カインもサマルトリアの王子と言う身であることに変わりないのに。
マリアは女王という立場に縛られて、そしてそれを言い訳にして、カインに甘えてばかりいたのだ。

宴の席では、なんとか女王としての仮面をかぶっていられたが、それからのマリアは心ここにあらずと言うような様子だった。

このままになんてできない。
マリアは、あることを心に決めた。



+++

側近兵のクナは、公務の合間にマリアへの伝言を預かっていた。
執務室を訪ねたが、マリアの姿はない。

女官のフルートに「マリア様はどちらに?」と尋ねると、「ご自室に戻られたかと……」と返事が返ってくる。

そこでクナは、女王の部屋の前まで足を運び、
扉の前で控えめにノックした。

「マリア様、少しよろしいでしょうか?
 ローレシア・サマルトリア両国からの贈り物に対して、返礼の品についてご相談が……」


しばらく待っても返事はなかった。
おかしいな、と首を傾げ、そっと扉を開けてみる。

しかし、室内は静まり返り、マリアの姿は見当たらなかった。

「マリア様…!?」

マリアがいない。
その報にムーンブルク城内は騒然とした。



+++



カインは居室で一人憮然としていた。
父王から謹慎を申し付けられてから早ひと月も経つ。

謹慎という割には、部屋に閉じこもっているわけではなく、
側近たちとの会議や大広間での謁見には今まで以上に漏れなく顔を出せと厳命されている。

確かに、夜遅くまでルーラであちこち飛び回って、
それから執務室でぼんやりしているうちに寝落ちして公務に顔を出せなかったことや、
ぼーっとして、話を聞き流して謁見の使者の方に迷惑をかけたことがあった。

そんな不甲斐ない様子に父が怒るのも仕方がない…とさすがに思った。
完全に自分のせいだな。

おかげでマリアにも会いに行けなくなっている。

いつもだったら、ちょっとした隙にルーラでムーンブルクに行ったりできていたが、
厳しく監視されているのだ。

そして、父からはアレンやマリアがどれだけ立派に王としてやっているのかを滾々と言い含められ、それに比べてお前はふらふらと何をやって いるのかと……。
言われてみれば、それもそうで、あの二人に比べて自分のなんと中途半端なことか。

謹慎はいつになったら解けるだろうか。
マリアに次に会えるのはいつだろうか。

今はただ、きちんと公務に向き合って、責任を果たしていくしかないだろう。
そして父の信頼も取り戻して謹慎も解除される事を願うしかない。

そうしたら、胸を張ってマリアに会いに行けるはず……。

そう決意を固めたとき、俄かに城内がバタつき始めた。
大変だ大変だと、家臣や侍従たちが慌てて走り回っている。

何かあったんだろうか?

「どうしたの?騒々しいみたいだけど。」

駆け巡る兵を一人捕まえて聞いてみると驚くことを言ってきた。

「ムーンブルクから一報がありました!
 マリア女王が行方不明になられたとのことです…!」
「え、え…!?何それ、本当!?いつから!!?」

カインは驚きのあまり思わず兵の肩を思い切り掴んで揺さぶった。
 
「つい今しがたの事です。
 カイン様、何かご存じですか?」
「知らない!すぐ探しに行く……!」

いても経ってもいられずにカインは廊下に飛び出した。
ムーンブルク城内からいなくなったと言っても、マリアは自由にルーラを使ったりはできない。
だから、ムーンブルク近辺にまだいるのではないだろうか?
数は減ってはいるが、虫の居所の悪い気勢の荒い魔物などはいまだに生息している。
何かあったのではないかと、心配でならなかった。

ルーラでまずはムーンブルクへ行って……、そう思ったが、それは果たせなかった。

「カイン!どこへ行くつもりだ!
 お前は謹慎中のはずだろう!」

カインが駆け出そうとしたとき、父王の鋭い声が響いた。

「父さま、大変なんだ。マリアがいなくなったって……!
 探しに行かなきゃ…!」
「なぜおまえが探しに行く必要があるのだ?」
「なぜ?ムーンブルクの女王が行方不明になったんだよ!?じっとなんてしてられるわけがない!」

カインが必死に理由を説明しかけるが、
王は一歩も譲らぬ声で言い放つ。

「もちろん報を受けて、すぐに調査団を派遣した。お前は部屋に戻れ。王命だ。」
「…………〜〜っ!!」

何を言っても今は受け付けられそうになかった。
カインは渋々自室に戻ることにした。

こうなったら、部屋の窓からムーンブルクへ飛んでやる……
そんなことを思って、部屋に戻った矢先、カインは目の前の光景に目を疑った。

部屋の窓際に人影があった。

「……マリア……?」

窓から差し込む光の中、見慣れた姿がそこにはあった。
行方不明になったはずのマリアがいたのだ。

「マ、マリア!?本当にマリアだよね!?」

マリアは少しだけ申し訳なさそうに微笑んだ。

「…そうよ、ごめんなさいね、突然……。っ――」

言い終わるより早く、カインは衝動のままに駆け寄っていた。
胸が張り裂けそうで、体が勝手に動いたのだ。
マリアを強く、でも乱暴にはならないように抱きしめた。

「本当に……良かった、無事で。」
「カイン…?」

カインの肩がわずかに震えていることにマリアは気づいた。

「マリア、どこも怪我とかしていない!?」
「え、ええ……どこも怪我なんてしてないわ。どうしたの?」
「どうしたのじゃないよー!」

カインの勢いにマリアの方が何事かと驚いていた。
聞くと、マリアが行方不明になったと、こんな隣国にまで一報が飛んでいたとのことだ。
それで皆右往左往してマリアを探していると聞いて驚いた。

「そ、そうだったの。
 もうそんな話になっちゃってたの。心配かけちゃったのね。ごめんなさい。
 私は本当に何ともないわよ。」

カインから少し離れてマリアは両手をひらひらと振った。

「うん。良かったよ。
 そうすると、どうしたの?急用でも?
 サマルトリアにマリアが飛んでやってくるなんてなかったことじゃない?」
「ええ、そう。
 いつもあなたがムーンブルクに来てくれていたから。」

マリアはカインに深く頭を垂れた。

「……?」
「ごめんなさい。カイン、王様から聞いたわ。
 あなたが今謹慎を仰せつかっていると。
 私のせいよね。私があなたに甘えてばかりいたから。」
「え……?」

カインは鳩が豆鉄砲を食らったかのように目を丸くした。

「え、何を、何が!?
 なんでマリアが謝っているの!?」

マリアはいつもカインばかりがムーンブルクに会いに来てくれていることを分かっていたのに、それを改善もせず甘えてばかりいたこと、
そのせいで父王からも叱責をうけることになってしまったのだと謝罪した。

「私は自分から動くことをしようとしなった。」
「マリアのせいなんかじゃない。
 僕が行きたくて行ってただけだよ。
 それに、マリアは女王様だし、当り前じゃないか。」
「それは違うわ。あなただって、サマルトリアの王子という立場なのよ。
 それで謹慎だなんてあんまりじゃない。」
「それも、僕自身の責任だよ。
 確かに父様の言う通り公務をおろそかにしてた部分があって……。」

言いながら、カインは下を向いて、もう一度今までの行いを振り返り、反省した。

ああ、ダメだ。

父に心配をかけてしまったのは、確かに自分の身を軽んじていた部分があったのだ。
もう子どもじゃない、世界を救った英雄としてアレンなんかは国王として立派に責務を果たしている。
マリアだってそうだ。
なのに、立場は違えど、確かに自分はふらふらとしているようにしか見えなかっただろう。

そして、かつての旅の仲間とは言えど、
今や立派な女王として国を再建しているマリアのことも、結局自分は軽んじていたのだ。気軽に会いに行くなんて普通許されることではない。
そのせいでこんなにマリアにも心配と迷惑をかけることになってしまった。

自分は何をしにムーンブルクへ行っていたのだろう。
それは決して、友達に会いに行くような気軽な気持ちではなかった。
マリアを支えたい、心からそう願っていたのだ。
決して半端な気持ちからじゃなかった。
その気持ちは、自分でも驚くほど強くて……もう後戻りできない……そう願う本気の想いだった。

「マリア、僕は父さまと話さなきゃならないと思う。ちゃんと。」
「……私も行っていいかしら。
 私からもあなたがどれだけ大切な存在なのか、きちんとお話をさせて。」

マリアの真剣なまなざしに少し驚いたが、カインはマリアの言葉にうなずいた。



+++

カインとマリアは、父王のいる王室へと足を運んだ。

「カインです。今少しよろしいでしょうか?」

扉をノックすると、重々しい声が返ってくる。

「……入れ」

中へ進むと、父王は書類に目を落としたまま、しばらく無言だった。
やがてゆっくり顔を上げ、マリアの姿に目を留めると、その厳しい表情が一瞬やわらいだ。

「……マリア女王。ご無事だったか。」

マリアは会釈した。

「はい、ご心配をおかけしました。
 私のために皆さまが動いてくださったとお聞きしました。申し訳ありませんでした。」

父王はふうっと深く息をつき、わずかに肩の力を抜いた。

「無事ならばよい。何よりだ。」

カインはマリアの隣に立ち、真剣な面持ちで父と向かい合った。

「父さま……話したいことがあります。」

父王は一瞬、厳しいまなざしをカインに向けたが、その後「話してみよ」と静かにうながした。

「……マリアが無事だったこと、本当に安心しました。
 けれど、今日ここに至るまで、これまでの僕の行動で、父さまや国の皆にもご心配をかけてしまったこと、お詫びします。」

父からの返答はない。
少しだけ間を置き、カインは言葉を選びながら続けた。

「僕は確かにムーンブルクに何度も向かっていました。時に、誰にも告げずに行ったこともあります。」
「知っておった。一体、そこまでして、何をしにムーンブルクへいくというのだ。」

カインが旅の仲間に会うために度々いなくなっているのは分かっていた。
それでもこんなにも頻繁に行くのはなぜなのか。
それを父は聞いていなかった。

「僕は、アレンと旅をしていたときから、ずっと心に誓っていたことがあります。」
「なんだ?」
「それは、マリアの力に、支えになりたいとずっと思っていたことです。」
「………… 」

旅をしていたときからずっと一貫してこの思いは変わらない。
一介の旅人だったときも、マリアが一国の女王になったときも変わらない。

自分が何ほどのことができるかなんて分からない。
マリアは強くて聡明で一人でだってなんでもできる女性だ。
それでも、少しでも役に立てることがあるとしたら、自分はなんでもしたかった。

「なぜ、そんなに……。」

カインは少しだけ顔をあげた。
カインは、マリアへの気持ちを父の目を見てまっすぐに語った。

「父さま。マリアは、僕にとって……この世界で、誰よりも大切な人なんです。
 旅の途中も、今も……ずっと変わりません。彼女の力になりたい、そう願って戦ってきました。
 どれだけ時が経っても、どんな立場になっても、僕はきっと、この思いだけは変わりません。」

父王は言葉を失い、じっと息子を見つめている。

「それだけじゃありません。
 彼女は今、女王として国を背負って歩んでいます。その重責を分かち合いながら、ムーンブルクとサマルトリアのどちらの未来のためにも自 分の力を尽くしたい。
 それが、僕の持つ覚悟です。」

そして、隣で聞いていたマリアはカインの言葉に胸をあつくしていた。
涙が出そうだった。

ずっとずっと支えられて今日までやってこれたのだ。
そのことを改めて思い出した。色んな思い出が脳裏をよぎる。
これからも、ずっとともに歩んでいきたい……その思いは一層強くなった。


マリアも王に向かって気持ちを伝えた。

「王様、どうか聞いてください。」
「マリア殿……?」
「柱時計の贈り物と一緒に王様は言ってくださいました。
 ムーンブルクはこれから新たな時を刻み始める、そしてサマルトリア国とムーンブルク両国の絆は永遠の時を刻むと……。
 本当に嬉しかったです。」

柱時計の贈り物に刻まれた思いには、本当にマリアは心を打たれたのだ。

「でも、それには、私…ムーンブルクには、カイン王子の力が必要なのです。彼がそばにいてくれることが、どれほど国にとっても私自身に とっても力になるか、
 それは簡単な言葉では言い尽くせません。」
「このカインが……?」
「はい、どうか、どうか……お許しください」


父王は二人の姿をじっと見つめ、しばらくの沈黙あと答えた。

「カインは我がサマルトリアの王子である。
 王子としての果たすべき務めがある。」

王の返答はマリアの気持ちを断絶するものであるのかと思った。他国の王子の力を借りようなどとは、ありえない話であろうか。
だが、王の意図は違うものであった。

「そしてその責において、果たしている務めがあるのだとすれば、それはカインが最初からその意図を明かすべきであった。」
「父さま……。」
「公私の線引きすらも曖昧なのかと、周囲の誤解を招く状況が決してなかったと言えるか。」

カインがマリアに惹かれていることなど、
言葉にせずとも、父である自分にはとうに伝わっていた。
それにこれまでの息子は“ただの若気の迷い”や“公私混同”と見なしても仕方のない振る舞いだった。

しかし、今目の前のカインは違っていた。
迷いなく、己の意思を自分にぶつけてくる。
その覚悟は、これまでのどんな時よりも強く感じた。
認めざるを得ないのかもしれない。

「だが、ムーンブルクの再建と、マリア女王への支援が本心なら、これからは堂々とその役割を果たしてみせよ。
 そしてサマルトリア王家として、国を背負う者として、その誇りを忘れるな。」

「は…、はい!!」

「もちろん、サマルトリアでの公務も忘れるな。
 お前にそれだけの覚悟があるのなら、その両肩に二つの国の重みを背負ってみせよ。できるか?」

「分かりました…、必ず…!」

父が認めてくれた。その声は厳格なものであったが、息子への信頼も感じられた。
カインは父王に深く頭を下げた。マリアもそれに倣って深く感謝の意を表した。

「カインの謹慎は今日付けで解こう。
 そして重大な任務を申し付ける。」
「な、なんでしょうか?」
「マリア女王を無事ムーンブルクへ送り届けよ。
 今頃、きっと国元では皆、心配されているだろう。一刻も早く帰国して、その顔をお見せして安心してもらわねばなるまい。」

「は、はい!すぐに…!」

カインは父王に深々と頭を下げ、
その目に、もう迷いはなかった。

マリアもまた、感謝の入り混じった表情で両手を重ねて胸の前に置き、深く頭を下げた。

王はただ怖いだけ、叱責するだけでの存在ではなかった。度量があり、大人であり、未だ未熟な私たちを静かに受け止めて導いてくれた――そ んなふうに思えた。





+++


「マリア様ぁぁぁああ!!」

ムーンブルクに帰還したマリアを見て、クナが感涙の表情で走り駆け寄ってきた。

「よくぞご無事で!!お怪我はありませんか!?」
「ないわ、心配をかけてごめんなさいね、クナ。」

マリアの手を取ってクナは安堵の涙を流していた。
クナは声を詰まらせたまま、マリアの手を離そうとしない。


「クナさん、そんなに取り乱して。
 私はきっと心配いらないと言ったじゃないですか?」

クナの様子に、あきれた様子なのは、女官のフルートだった。どこか呆れたような、しかし優しさを含んだ微笑みで言う。
フルートはカインとともに戻ったマリアを見て、やはり……というようにそっと微笑んだ。
マリアがどこへ行っていたのか、何となく察していたのだ。そして今、その答え合わせができた。フルートは安堵の息をついた。

カインの隣にいるマリアにはもう憂いの表情はないように見える。

「マリア様、本当に良かったです。」

フルートは小さくつぶやいた。


後ろから家臣たちの安堵のざわめきが聞こえてくる。きっと皆探しくれていたんだ。
マリアはふっと肩の力を抜き、笑顔を見せた。

「ただいま…!」
「マリア様、よくご無事で…!」

マリアは皆に手を振ってこたえた。

「誰だ、マリア様が行方不明だなんて。すぐにお戻りになったじゃないか。」
「俺は心配してなかったぞ。」
「お前は、心配性だなあ。」

「皆、心配かけてごめんなさいね。」

家臣たちは安心したように、そのざわめきが少しずつ遠ざかっていく。

ざわめきが少し落ち着いたころ、マリアはふとカインの方へと目を向けた。
カインは少し離れたところでマリアをずっと見守ってくれていた。

カインはいつものように、やさしいまなざしでマリアを見守っていた。
その視線に頷き返し、あらためて支えてくれる人々への感謝を胸に抱いた。

すべてが日常へと戻り始める。
そんな穏やかな瞬間だった。


- 終わり-


2025/07/16

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【後書き】
今回はスタンダードな感じで初々しい時期のカイマリです。
しょっちゅう会ってばかりいたら、父上にめっちゃ怒られたようです。きっと、そういう時期もあるよねー。

愛か恋とか好きとか、そんな言葉を使わずに、2人の関係を父に認めてもらいたかった話です。
王族同士の恋愛は大変だろうなあと思っていたので、そういうのをしっかりやってみたのです。

そして、認めてはもらったけど、結婚はまだまだ先です。
それとこれとは話がまた違うので、それも大変だっただろうなあって思います。

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