「なぁカイン。
こういう昔話、聞いたことねぇ?」
「ああ、何かあったかな?
煙がもくもくと出てきて変身するんだっけ?」
「そうそれ! 変身、変身。それなんだよ、それ。」
僕らが妙にのんきな会話をしている自覚はある。
だが、そうでも言わなきゃやってられなかった。
それくらい、現実離れしたことが目の前で起きていたのだ。
ほんのさっきのことだ。
魔物との戦いの最中、魔導士の奇妙な魔法を食らったと思ったら……足場の崖がごっそり崩れ落ち、二人まとめて奈落へ転げ落ちてしまったの
だ。
咄嗟に、僕はルーラを唱えた……はずだったが光は広がらず、何故か魔法は空振りに終わった。
アレンとぶつかるし、そのまま真っ逆さまに落下するし、枝にひっかかって肩からは血が流れてあちこち痛い。
「いったぁ……。」
痛みに呻きながら起き上がり、僕は回復の呪文を試す。
「ホイミ!」
……効かない。
いや、まったく効かないどころか、手も光らないし、視界の先に妙な違和感が広がった。
「……は…?」
目の前に立っているのは僕だった。
だが鏡ではない。
試しに右手を挙げてみても、向こうは左手をポリポリかいて変な顔をしている。
「なん……え、誰?」
「誰って、俺は俺だろ……え? ちょ、待っ……はぁぁぁ!?」
間抜けな声が響いた。
互いに見下ろした自分の身体は、自分のものであって自分のものではない。
——そう、アレンと僕の中身が、まるごと入れ替わっていたのだ。
+++
「アレン、カイン……!どうしたの、大丈夫!?」
マリアの悲鳴のような声が上から聞こえる。
どうやら、崖から落ちた自分たちを心配しているようだ。
「だ、大丈夫……!」
心配ないと伝えたくて、僕は大きな声を出したのだが、口から出るのはアレンの声だ。
やっぱりこれはどう確認してもアレンの身体だ。
さっきルーラもホイミも使えなかった理由が、これでようやく腑に落ちた。
なぜこうなったのかの原因は分からないが、とりあえず怪我が痛い。
「ねえ、アレン。ホイミしてよ。」
「はぁぁぁ!?」
と、目の前の自分の顔をしているアレンに頼んでみる。
すると相手はすっごい変な顔をしてすごんできた。
……自分があんな凶悪な顔をできるとは知らなかった。新発見だ。
「きみ、今僕の身体になってるんだから、ホイミくらいできるはずだよ。
血みどろで戻ったらマリアが心配するじゃない」
「俺がホイミを…!? できんのか!? どうやって!?」
「どうやってって……こう手をかざしてー……」
言われるままに手を差し出して「で?」と次を促してくる。
当たり前のようにやっていたホイミを、実際にどうやって唱えるのかと聞かれると、これが意外と難しい。
「えーっと、魔法はね、成功してるイメージをちゃんと思い浮かべるのが大事なんだ。それから魔法力を集中して『ホイミ』って唱えたら行け
ると思う。」
「魔法力? そんなの、どこにあるんだ?」
「どこ? どこって…? いや、うーん……」
一度も魔法を使ったことがないアレンには、魔法力を集中してと言われても分からないようだ。
「体の中にあるんだよ。とにかく深く考えずにホイミって唱えたら良いんだよ。」
「ふーん。 『ホイミ』! うわっ……!!」
かざした手の平から緑の光がふわりと広がった。
「ありがとうー、成功だね。」
「できた!おおー。」
初めて回復魔法に成功して、アレンは驚きと興奮で目を丸くしていた。
「やった、やった!」
生まれて初めて回復魔法に成功したのであろうアレンは、目を丸くして飛び跳ねていた。
自分の顔でぴょんぴょん跳ねられるのは、なんとも妙な気分になる。
「ギラ!ギラ!」
すっかり調子に乗ったアレンは、無駄に炎を打ち出して喜んでいる。
ちゃんと炎が出るのがどうやら楽しいようだ。
「あの……無駄な魔法はやめておいた方が……。」
「ん?ああ、魔法力が減るんだっけ?
でもこれ面白いなあー。」
どうやらずっと魔法を使ってみたかったようで、アレンはにこにことご機嫌そうだ。
確かに体が入れ替わるというのは興味深い。
僕もアレンの身体は普段にはない力が漲るような気がした。
目の前の岩くらい、この剣を振れば簡単に割れそうな気がする。重くて装備ができなかったはずのはがねの剣がヒノキの棒みたいに簡単に振り
回せる。
アレンって力持ちなんだなあと実感した。
「ねえ、皆どうしたの!?大丈夫!? 魔物がいるのね!?」
ハッと振り返ると、崖を迂回して降りてきたマリアが、慌てた様子で駆け寄ってくる。
アレンがやたらギラを打ちまくるから魔物と戦っているのだと思ったようだ。
「あ、なんでもないよ。
それより大変なんだ。僕たち……っ?」
「心配いらない! ちゃんと倒した!」
僕が真実を告げようとした瞬間、アレンが割り込んできた。
そしてこちらに「しーっ」と口に指を当てる。
……え、隠すつもりなの?
アレンを見るとうんと頷いている。
黙ってるの?と焦りながらも、マリアには大丈夫だと伝えないといけない。
「そ、そう!倒した…んだぞ!」
咄嗟なことに焦りすぎて、アレンっぽい口調が思い出せず、冷や汗が伝う。
マリアは怪訝そうに首を傾げたが、それ以上は追及しなかった。
「さっきの……魔導士の魔法に巻き込まれたみたいだったから心配してたの。でも大丈夫なら良かったわ。」
うんうんとうなずいた。もうなんか下手に喋らない方がいいと思った。
僕らはぎこちなく視線を交わし合い、マリアの前で必死にアレンを演じようとした。
「……とにかく、先を急ぎましょう」
幸い、マリアはまだこの違和感に気づいていないようだった。
しばらく進むと魔物が出てきた。
この慣れない体で戦わなければならない。
本来なら、アレンの姿をしている自分が一番に駆け出さないといけないはずなのだが、何故か先に僕の姿をしているアレンが最前線に飛び出し
て行って、いきなり炎の魔法を使った。
黒焦げになったウドラーにとどめを刺すのは僕がやった。
「よし、倒した!」
……いや、違うでしょ。
前線に立つのはアレンだから今は僕のはずなんだけどな。
いや、君がそれでいいならそれでもいいけどさ……。きっと魔法が楽しいんだろうな。
そもそもベギラマは遠距離攻撃なのだから、そんなに前にでる意味はないんだよ?
色々言いたいことはあるが、倒せたから良しとすべきなのかもしれない。
マリアを見ると、少しきょとんとした様子をしている。
とりあえずアレンらしくごまかそう。
「お腹が空いたなあー。カイン、ご飯にしよう。」
自分の名前を呼びかけるなんてすーごく変な感じなのだが、仕方がない。
と思って、頑張って声かけてるのに、当のアレンときたら、全く自分の事と思ってない。
「んもー、カインお腹が空いたなって言ってるんだってば。」
無理やり肩を掴むと、彼はようやく「ああ、そだな」と頷いた。
「じゃあマリア、ご飯作ってくる。」
「お、俺も手伝ってくる……!」
アレンの背を押して、僕は物陰へと逃げた。
このままでは、何をしたってボロが出る気がしない。
「俺が飯作んのか?」
「僕がやるよ。とりあえず君が作ったことにすればいいよ。」
二人きりになったので、とりあえず変な口調だけはいつもに戻して、深いため息をついた。
「お、今日は肉だな。肉を盛り盛りっと。」
昨日手に入れたお肉を切って味付けして焼いただけの簡単料理だ。
野菜も少し残ってたから、少しこれも炒めておこう。
「ねえ、アレン。盛ってくれてるのはいいけど、マリアにはさ……。」
「ん?ああ、分かってるよ。お前いつもマリアには優しくしてるもんな。ちゃんと喜ばせてきてやるよ」
「何って?」
「まーかせとけって」
何か嫌な予感しかしない……。
「さ。いつもありがとうマリア。今日は特別サービスだ。」
とか何とかいって、アレンはマリアの前にいつもの二倍はあろうかという山盛り肉の皿をどんっと置いた。
「……え?」
マリアが目を瞬かせる。
横で僕はそんな訳あるかと頭を抱えそうになった。
「……あ、ありがとう。えっと……?
私そんなに食べられるかしら」
マリアは困惑しながらも礼を言っている。
もうごまかしきれない。
「なにしてんの、おかしいでしょ!」
「なんだよ、マリアは特別喜ばせたいんだろうが。」
「山盛り肉で喜ぶのはアレンでしょうが!」
言い争いだしてしまった僕らを見て、マリアはぷっと吹き出した。
けれどもその笑みはすぐに消えて、じっと僕らを見比べる。
「もういいわ。あなたたち、正直にいいなさい。」
見透かされたようにマリアはじっとこちらを見ている。
「どう考えてもおかしいもの。
ねえ、何があったの? 私に隠し事なんてしても無駄よ。」
テーブルの上で山盛りの肉がやけに主張していた。
ごまかす言葉は、もう何も出てこなかった。
「ちぇー、もう少し行けると思ったんだけどなあ。」
先に白旗をあげたのはアレンだ。
「さっき崖から落ちてから、体が入れ替わっちまったみたいだ。」
「………… 」
マリアは少し目を丸くしたが、特段驚いたりはしない。むしろ「やっぱりね」と言わんばかりだった。
「これ、どうやったら元に戻れるんだろうね?」
「別に戻らなくても、魔物とは戦えるんじゃね?」
「えええ、何言ってんの。」
アレンは魔法を使える体を随分気に入ったようだ。
「無理よ、さっきは上手くいってたけど、魔法使いがあんなに前に出てたら危険すぎるわ。魔法唱えるより先に吹き飛ばされちゃうわよ。
いつもみたいに頑丈な身体じゃないんだから、怪我じゃすまないことになるわよ。」
的確すぎる指摘に、僕は思わずうなずいた。
「確かに、その通りだね。」
僕もアレンに補足のように伝えた。
「アレンはいつも通りに前線に飛び出して、それで魔法を使っただけなんだろうけど……魔法は唱えるのに溜めが必要だ。むやみに、最前線に
飛び込むなんて危険なだけだよ。」
「ふーむ……そうか。」
「それにマリアの言う通り、僕の身体はアレンほど頑丈にできていないから、簡単に吹き飛ばされるんだぞ。」
と、自分で言っておいて、自分で情けなくなった。
「このままじゃ危険そうね。もとに戻れる方法を探しましょう。」
マリアの言葉に僕らは頷いた。
身体が入れかわった時の状況を思い出す。
崖から落ちて、アレンと激しくぶつかった。あれが悪かったのだろうか?
「うーん……、もう一度崖から落ちたら戻るか?」
「それ、下手したら死ぬやつだよ。」
思わず頭を抱える。
好き好んで崖を飛び降りようだなんて、よほどの自殺願望者だ。
「受けたのが魔導士の魔法だったわよね。
あれは何だったのかしら?」
そうだ、魔導士が杖を掲げて、それと同時にアレンが特攻をした。
攻撃と魔法が同時にぶつかり、僕らはふわっと吹き飛ばされた。
「アレン、あれはバギか何かだったっけ?」
聞くとアレンはうーんと首を傾げた。
「バギじゃなくて、でっかい輪っかみたいな……こういうやつ……」
「輪?」
アレンが両手で大きな輪を作った。
なんだそれ?と思ったら、マリアがなるほどと手を打った。
「それはきっと魔法陣ね。入れ替わりが起きたのもきっとそれが原因よ。」
やっぱりマリアに相談して良かった。
魔法の事ならマリアが一番なのだ。
「あー、なるほど。……崖から落ちたのが原因じゃないんだな」
「無駄に自殺しなくて良かった」
「本当にな」
アレンはあははと笑っている。いやもう、とんでもない話ですよ。
「じゃあ、もう一度あの魔導士を捕まえればいいのかな」
「ダメだって。もう俺あいつ倒しちまったもん。」
同じ魔法を唱えてもらったら戻れるのかと思ったが、アレンは特攻の一撃で魔導士を倒してしまっていた。
魔物を倒したことに、こんなに焦ったことはない。
「え、じゃあ僕もう元に戻れないの!?」
色々な思い出が走馬灯のように巡った。
懐かしいサマルトリア城にも帰れず、かわいい妹にももう会えないのか……。
絶望的な表情をしていると、マリアが口を開いた。
「せめて、魔導士が使ったときの杖が残っていたら良いんだけど。杖に仕込まれた魔法だとしたら、調べたら手がかりが見つかるはずよ。」
魔導士の杖……?
マリアの一言にアレンが「あ」と声をあげた。
そして、立ち上がって落ちた崖の方へと行こうと促してきた。
「なあ、落ちたのはこのあたりだったよな。」
アレンは崖の上を指さしてそう言った。
確かそうだ。二人で落ちたときの衝撃で、そこの木の枝が折れて肩に刺さって怪我をしたのだ。
「確か、一緒に落ちたと思うんだよなあ。」
「何が?」
「杖が。折れたんだったかなあ。」
調べると、真っ二つになった杖が見つかった。
「なあ、マリアこれでどうだ?」
「……杖の先にあった魔石が必要なの。これだと足りないわ。」
どうやら魔石は落下のときの衝撃か、なくなっていた。
「石だね、探すよ……!」
僕はアレンとがけ下を手分けして魔石を探し始めた。
しばらくして、砕けた魔石がいくつか見つかった。
「ひーふーみ……、とりあえず5つ見つけたけど、これでどうだろう?」
「ええ、ひとまず調べてみるわ。」
マリアが頼もしすぎて後光が差して見える。
「じゃあ、一旦町に戻って体勢を整えましょう」
そう決まりかけたとき、アレンが勢いよく手を挙げた。
「任せろ! 俺のルーラでひとっ飛びだ!」
アレンはまた自分の出番だとばかりに手を挙げた。
ルーラは僕しか使えない魔法だったから、今はアレンが唱えるというのは当然なのだが、嫌な予感がする。
「ルーラはやめておいた方がいいんじゃない?私キメラの翼持ってるし。」
緊急用のキメラの翼をマリアが差し出した。
「なんでだよ。俺ちゃんとギラもできたし。魔法使えるって。」
「アレン、ルーラって難しいんだよ、結構。」
「そうなの?まあいいや、とりあえず一度やってみようぜ。さ、さ。俺の手を掴め。おいていくぜー」
強引に僕の手を引っ張るアレン。
……やっぱり嫌な予感しかしなかった。
「行くぞ! ルーラぁあああ!」
アレンの渾身の叫びと共に光が弾けて、身体がふわっと浮いた。
成功か?と思った次の瞬間、突然アレンと手が離れて視界がぐるりと反転した。
「うえっ!?」
ドボォン!
予想外の衝撃音とともに、全身が冷たい水に包まれる。
「……ぶはっ! な、なに、水? ……海?」
必死に水面に顔をだすと、目の前には見覚えのある船影が見えた。
ちょうどその船から、鈍い音と悲鳴が響く。
「いってぇええ!」
何やら船の方からも悲鳴のような声が聞こえてくる。
アレンが船に頭から激突でもしたのだろう。さらに甲板の上では——
「きゃああっ!」
ルーラの余波でマリアが足を取られ、危うく海へ落ちかけていた。
慌てて、アレンがマリアを引っ張り上げたが……そのせいで二人ともさらにバランスを崩し、甲板の上でもんどり打っている。
もう散々だった。
「ねえええ、こっちも助けてよー!」
海の中で必死に叫ぶ僕。
ようやく仲間が一人いないことに気づいた二人が縄を投げ込み、どうにか引き上げられた。
「わりぃ。大丈夫か?カイン、マリア」
「大丈夫じゃないわよ! だから言ったでしょ、ルーラは難しいって! 海に落ちて頭から船にぶつかるなんて、次は本当に海の藻屑になるわ
よ!」
アレンは何も言い返せなかった。
「大体町へ行くはずじゃなかったの?」
「ああ、戻ろう戻ろうって思ったら、町じゃなくて船の方が頭に浮かんでた。」
ルーラはちゃんとしたイメージを浮かべて飛ばないと、目的地がずれる。それがはっきりしたイメージじゃないと先に思い浮かべた印象深い場
所に飛んだり、失敗をすることがある。
さらに飛ぶときの勢いがすごいので、足並みをそろえて着地するのも集中していないと案外難しいのだ。
「おーい、兄ちゃんたち! 今、どっから飛んできたんだ」
甲板に駆け寄ってきたのは航海士のミゲルだった。
突然海や船の上から降ってきた僕らを見て、目を丸くしていた。
「ルーラだよ、ルーラ。騒がせてすまないな。ちょっと失敗しただけで問題ない。」
「あ、ああ、そうかい? 珍しいな失敗なんて。」
「失敗することもあるんだ。」
ないよ!
悪びれないアレンに僕は心の中でツッコんだ。
最近ルーラを失敗したことなんて僕なかったんだけど……。
むーっと唇を尖らせた。
「それでさ、マリア。どうする? やっぱり町にルーラした方がいいのか?」
「あなたのルーラで行くのは嫌よ。
このままで船で行きましょう。ミゲル、近くの武器屋のある町までお願いできるかしら?」
「武器屋のある町?分かったぜ。」
アレンの再度のルーラをにべもなく断って、一行は船で町に向かうことにした。
「私はこの魔石の解析をしてみるわ。
何かあったら呼んでちょうだい。」
「分かったよ〜。」
船室にこもるマリアを見送って、さて僕は何をしようか。
せっかくだから、アレンの腕力で素振りでもしてみようかな。
アレンは?と見てみると、甲板の隅で首をかしげていた。
「アレン、どうかしたの?」
「炎、出なくなっちまったぞ?」
さっきからギラギラギラギラと子どものように遊んでいたから、魔法力がなくなったらしい。
「もう、なにやってるのさ!
遊びで魔法力使い果たして、魔物が出たらどうするの!」
「うええ、なんかだるいわ。休んでくる。魔法力ってあってもなくても面倒くさいもんだなあ」
ぼやきながら船室へと消えて行った。
頼りない……。僕ってあんなに頼りないんだっけ、と自分の後姿を見送った。
そして甲板に残ったのは自分ひとり。
うわあ、これで魔物が出てきたら本当にどうしよう。
とりあえず剣を抜いてみた。
普段は持ちあげるだけで精一杯のはがねの剣だが、軽々と振ることができる。
剣を持った時の腕の筋肉量が違うのかな…などと、アレンの筋肉 を観察などしてみる。しなやかで逞しい筋肉をしているようだ。
「お、兄ちゃん今日もやってんな?」
筋肉観察をしていると、ミゲルが何かを持ってやってきた。
「ど、どうかしたの?」
「これ、いつものやつだよ。今日もチェックするだろう?」
そういって渡されたのは航海日誌だった。
いつものやつ? アレンいつもミゲルの航海日誌をチェックしてたの?
「じゃあ、終わったら戻してくれな。」
「あ、うん。了解。」
へええ、アレンってやっぱり僕らのリーダーなんだな。
航海の記録までちゃんと確認してるなんて知らなかった。
そう思いながら、ぺらぺらと日誌をめくってみて眉をひそめた。
ぱらぱらとめくっていると、ミゲルが書いた天気や航路などの航海の記録のあとに、別の筆跡がいつも記されている。
アレンの日々のトレーニング 記録のようだけど、どうもおかしい。
「今日は腕立て伏せ200回。筋肉は裏切らない。」
「腕立て伏せ300回。今日の二の腕は太陽よりも熱い。」
トレーニング記録のあとに、アレンの筋肉日誌が付せられている。
「ぶふっ!!」
耐えきれずに吹き出してしまった。
なんだこれ。
「何これ、アレン筋肉ポエム書いてたの?」
ページをめくると、さらなるバリエーションがあった。
「スクワット150回。ふくらはぎは大地の誇り。」
「腹筋200回。胸板は勇者の盾。」
もう耐えきれずに、甲板の上で腹を抱えて笑い転げる。
「ふっ……はははははっ! 何これ、もう……っ!」
と、そのとき。船室からひょっこり顔を出したマリアと目が合った。
「……カイン? 何をそんなに笑っているの?」
「あ、マリア。見てよ、これ。アレンがさあ。」
日誌をマリアに見せようとしたら、顔を真っ赤にしてアレンが飛び出してきた。
「おい! 勝手に読むなよ!」
「読んじゃったよ。 胸板は勇者の盾って何?」
「やめろぉぉぉ!! これは俺とミゲルの秘密だったんだよ!!」
「ぷっ……ふふっ……」
マリアも横から日誌を覗き込み、とうとう吹き出していた。
甲板で大騒ぎになったところへ、ミゲルがやってきて目を白黒させる。
「えええ?兄ちゃんたち入れ替わってたのか?」
甲板での大騒動は何事かとやってきて、ミゲルはようやく事の次第を理解した。
「あああ、先に言っておけば良かったよ。」
「仲間に黙ってようとするから、罰が当たったんだよ。」
まだ顔を真っ赤にしているアレンだが、自業自得だと思った。
笑いの余韻もようやく収まり、マリアは船室にこもって魔石の解析を続けていた。
やがて、夜の帳が落ちるころ、彼女が小さなランプを手に僕 らを呼んだ。
「ねえ、ちょっと来て。分析が進んだの」
机の上には、崖下で拾った砕けた魔石が並べられ、淡い光を放っている。
マリアは険しい表情で眉を寄せていた。
「どうも……この魔石、魔導士が作り変えた“媒介石”よ。特定の術式を定着させている」
「ねえカイン、あなたなら分かるでしょう?」
そういってカインの顔をしたアレンにマリアは視線を向けた。
「俺が? 分かるわけねえだろ。 お前が何言ってんのか半分も分からんのだぞ!」
アレンは首をぶんぶん横に振っている。
入れ替わっていることを一瞬マリアは忘れてしまったようだ。
「本当に紛らわしい顔してるわね…。」
「わざとじゃねえよ!」
やれやれとため息をついて、マリアは僕に視線を振ってきた。
魔法の相談ごとならいつも僕が相手なのに、顔がアレンだから彼女も混乱しているのだ。
「あ、うん。見た目はアレンでも中身は僕だから。僕に相談してよ。」
「……本当にややこしいわね。」
マリアは深くため息をついて、砕けた魔石のかけらを僕の前に差し出した。
「見て、ひび割れているけど、全てに同じ術式がかけられている。
つまり、この杖に仕込まれた魔法は一つだけだったという事が分かるわ。」
なるほど、だから杖にあった魔石を調べれば何かが分かると言っていたのか。僕は頷きながら、身を乗り出して魔石を一つ手に取った。
「じゃあ、この魔石をつなぎ合わせれば、元に戻れるかな。」
「もう砕けているからそれは難しいわ。
正確には、同じ術式を新しい魔導士の杖にそのまま仕込む。そうしたらあの魔法陣が再現できるはず…。」
マリアの声には、わずかな緊張と確信が混ざっていた。
「でも、術式を再現するなんて難しいんじゃない?」
「難しいわ。でもやるしかない。手伝ってくれる?」
「う、うん。勿論」
なんて頼もしい仲間なんだろうかと、マリアの瞳に灯った強い光を見て、改めて思う。
+++
翌朝。船は近くの港町に到着した。
石畳の道を抜けると、武器屋を見つけた。重厚な門構えをしていて、看板には剣と槍が彫られていた。
「ここなら、杖もあるはず。」
マリアの声は落ち着いていたが、瞳の奥には期待の光が宿っていた。
「よう、いらっしゃい。お客さん何探してんだ? 剣か? 槍かい?」
「いいえ、杖をお願いしたいの。」
マリアは持参した折れた杖と、砕けた魔石を机に並べた。
職人は目を細めて、手に取った杖を見つめる。
「おお……これは無惨に真っ二つだな。これじゃあ直すのは無理だぜ」
「直す必要はないわ。新しい杖に同じように再構築したらもとに戻せるわ。」
職人の口元に驚きと感心の笑みが浮かぶ。
「なるほど。姉ちゃん若いのにすげえ魔法使いだな。
珍しい注文だが、ちょうどいいものがある。」
奥から持ち出されたのは、樫の木で作られた新しい杖だ。
先端には真新しい魔石が埋め込まれている。
「こいつでどうだ? 丈夫で扱いやすい。」
「ちょうど良いわね。これを頂けるかしら?」
「ああ、ちょうど2500ゴールドだ。」
思わぬ出費となったが、背に腹は代えられず、迷わず代金を支払った。
僕は職人から新しい魔導士の杖を受け取った。
新しい杖を抱えて、僕らは町を出た。
地面に直接魔法陣を描くようだ。マリアが布を広げて、魔石と杖を並べる。
「ここからが本番よ。新しい杖に術式を刻むには、魔法陣を描かなきゃならないわ。」
彼女は真剣な面持ちで杖で円を描き始めた。
「なあ、手元が狂ったらどうなるんだ?」
「どうなるって…間違って発動したら、そりゃあ失敗しちゃうわよ。」
「マジか。それは怖いなあ。」
思わず顔を見合わせたが、マリアは全く笑わない。
本気の目で杖を握り直していた。
「いい? 二人とも。ちゃんと真剣に協力して。失敗すれば余計にややこしくなるんだから」
「分かったよ」
「もちろんだ」
二人も真剣な面持ちで頷いた。
「カイン、あなたは魔石を並べて。均等に魔力を巡らせたいから等間隔に配置してほしいの。」
「了解」
僕は砕けた魔石を拾い上げ、マリアの描いた円に沿ってひとつずつ石を置いて行った。少しずれるとマリアから「もう少し左!」と鋭い指摘が
飛ぶ。何度かやり直して緊張したが、なんとか配置を終えた。
「ありがとうカイン。ここから先は魔法力が必要なの。
あとは魔物とかが襲ってこないよう。護衛をお願い。」
「分かったよ。魔物が襲ってきたら、すぐに斬りはらうね。」
とは言いつつ、正直魔法の事でマリアの手助けができないのが悔しくてならなかった。しかし実際、魔法が使えない今の僕には、護衛くらいし
か役に立てそうになかった。
アレンは何を手伝うんだろう?
「で、俺は何をすりゃいいんだ?」
「魔法陣に魔力を一緒に流して。杖を持って、ここに手を置いて」
「お、おう……こうか?」
アレンが杖に手を添えると、陣の線がぼんやり光り始めた。
しかし、光は強すぎたり弱すぎたり安定しない。
「熱いのよ! やりすぎよ、アレン!」
「わかんねえ! 魔法力流せって言ったじゃねえか!」
「加減してって言ってるの! 流し過ぎなの!」
「加減ってどうやんだよ! 止めるか全開しか分かんねえよ!」
アレンも必死にやってるようだが、昨日初めて使った魔法力の扱いはそう簡単にはうまくいかない。アレンの魔力は奔流のように荒れ狂う。
あああ、僕だったらきっともっと手伝えただろうに。
護衛しかできない自分を心底呪いたくなった。
「もう少し……制御できれば……!」
マリアは必死に術式を補正しているが、やがて光は大きく膨らんで僕らを飲み込んだ。
まぶしい光が収まり、僕は地面にへたり込んでいた。
頭がくらくらする。
アレンが両手をあげて「元に戻ったー!」と歓喜している。
戻った? そっか、良かった……と思ったけど、でもなんか違う。
「……え?」
見下ろした手は、白く細い指。僕のものよりもずっと華奢で、爪の形まで整っている。
「あれ……? これ……」
思考が全然まとまらない。
顔を上げると、目の前にはまた僕の身体があった。
「え……?」
まだ、混乱しながらぎょっとして自分の身体を見下ろすとそこには見慣れない胸元のふくらみがあった。
そっと胸に手を当てると——柔らかな感触。
「……うわあああ!?」
「きゃあああ!!」
僕とマリアの悲鳴が見事に重なった。
「え……えええ!? ちょっと待って、私とカインが……入れ替わってるの!?」
マリアの声が僕の口から飛び出す。
その横でアレンなにごとかと口をぽかんと開けて、時が止まったように固まっていた。
数秒の沈黙のあと、ようやく事情を察したらしいアレンは肩を震わせた。
「ぶはははははっ!! やっべぇ! おもしろ、今度はお前らか!!」
大爆笑している。
僕は顔を真っ赤にし、マリアも「笑いごとじゃないでしょ!」と怒鳴った。
大爆笑しているアレンを放置して、僕とマリアは同時に深いため息をついた。
「……とにかく、このままじゃまずいわ。もう一度やるしかないわね。」
「う、うん……。」
「大丈夫、私とあなたで魔法を唱えるなら絶対成功するわ。」
「うん。頑張るよ!」
マリアが僕を信頼してくれているのは嬉しい。
今度こそ役に立つんだ。
一旦落ち着こうと深呼吸をした。
しかし視線の入るのは、マリアの白い手、やわらかい髪、そして……とても直視できない体のライン。
さっきのアレンとは全然違う体つきに顔が一気に熱くなり、慌てて視線をそらした。
「カイン?」
「い、いや……! 見てない……、いや見てるの! あの、杖……杖だけを見てる!」
「……どうしたの?」
「ほら、この魔石の輝きが重要だから、集中しないとね!」
アレンが「何言ってんだ」とにやにや笑っているのが視線の端に入ったが、全力で無視をする。
僕は必死に杖だけに一点集中をした。
マリアは首を傾げているが、とにかく今はやるしかない。
「……じゃあ集中してやりましょう。」
「もちろん!」
二人で杖を握り、魔石に魔力を注ぎ込む。
今度は僕が呼吸を合わせ、マリアが術式を導く。
さっきアレンがやっていたのを見ていたから、同じ轍は踏むまいと、必死にマリアと息を合わせた。
大丈夫……ちゃんとできている。
光は暴走せず、円環のように穏やかに広がっていく。
風が渦を巻き、野原いっぱいに柔らかな光が満ちて——
「——成功!」
眩しい光が収まったとき。
僕はようやく僕自身の身体に戻っていた。
もう泣きたいくらいの気持ちで、その場に座り込んだ。
マリアも安堵の笑みを浮かべている。
「ふぅ……やっと戻れたわね」
「……ああ、本当に長かったよー。」
マリアもへなへなと座り込んで、空を仰ぐ。
実際は一日足らずだったが、精神的には一年分くらい疲れた気がした。
その横で、アレンはまだ笑いを引きずっていた。
「ぶはははっ! 二人とも、最高に面白かったぞ!」
「……アレン、あんまりふざけてたら、次はあなたをそこのカエルと間違えて入れ替えさせるわよ」
「ひっ……!?」
マリアの低い声に、アレンは慌てて笑いを飲み込んだ。
その夜。
夕食の席に、いくつかのお皿が並べられた。
その中のひとつだけ、肉が山のように盛られている。
いつか見た光景にマリアは一瞬眉をひそめた。
「……ねえ、今度こそ本当にカインなのよね?」
大丈夫よね?と不安げなマリアに、僕は苦笑してうなずいて、アレンの前に大盛りの肉皿を置いた。
「うん。でも、マリアに2倍盛りのお肉を盛り付けだしたら、気をつけて。」
ぷっと吹き出すアレンとマリアの笑い声が響き、やっと夜に平和が戻ってきた。
- 終わり-
2025/09/12
▲
【後書き】
冒険中の3人組です。
シリアスに疲れてきたので、思いっきりギャグを書いてみたくなって書きました。
世界的に百番煎じの入れ替え物語。こういうのも一回くらいやっておこうと思いまして。
こういう話を書くと大体カインが貧乏くじを引く気がします。
アレンは楽しそうで何よりで、マリアがいないと詰んでるパーティでした。