突然のことで、俺の心臓は止まるんじゃないかと思った。
ある時、ムーンブルク兵のクナがやってて、カインとマリアが魔物と戦って倒れたまま目を覚まさないなんて言うんだ。
そんな馬鹿な事があるか。
こんなに心がざわつくことなんて久しぶりのこと。
俺の預かり知らないところで仲間が死んでしまうかもしれない。どれだけ心配しただろうか?俺は居てもたってもいられなかった。
心配するのと同時に腹も立ってきた。お前たちともあろうものが、何下手こいてんだよ。伝説の勇者と名高いロトの末裔の一角だぞ。
俺のこの複雑な心境は到底一言では言い表せない。
でもどうやら最悪の事態ではないようで……?
魔物に殺されてはいないと。
どうも状況が判然としないので、俺は公務をすっ飛ばして、キメラの翼でローレシアから直接ムーンブルク西のほこらへ飛び、戦いの現場
にも向かった。
そこには壊された祠はあったものの、魔物一匹見当たらなかった。
恐ろしい魔物の群れがカイン達をぶちのめし、さらに世界にも襲い掛かってくるのかと考えたが、そんな最悪な状況はなさそうだ。
「なんだ、ちゃんと全滅してんじゃん……」
キラーマシンが焼き焦げてぷすぷすと煙を上げている。
ほかには魔導士どもも倒れていた。
多分こいつらと戦ってたんだろう。
なかなか容赦なくぶちのめしてんじゃねえか。さすがだな。
これをやったのはカインか?それともマリアか?
どうやら最悪の事態ではないらしいが、でも詳しいことは本人から聞かねえと何にも分かんねえな。
俺はムーンブルクで眠りこけている仲間たちの元へと戻った。
++++
何を言ってやろうかと待っていると、まずはカインの方が先に目を覚ました。
言いたいことは色々あったはずなのに、
目を覚ましたカインは俺を見てもパチクリ何度か瞬きして変な顔をし何も言わない。
「よぉ、久しぶりだな。随分暴れ回ったようじゃねえか?」
「え、アレ……なんで……?ここ……、マ、マリアは!?」
「マリアか?あっちだ」
最初状況が分からず混乱していた様子だが、
ここがムーンブルクであることに気づくと、マリアを探し出した。
すうすうと寝息を立てて眠っているだけだと遠目にわかると、
カインははぁぁあと安堵のため息をついて、再度ベッドに突っ伏した。
「良かったぁぁ…」
「ああ、良かったなあ。」
「……うん。……って?」
良かったなあと笑顔を見せてから、
カインが怪訝な表情になった。
「……アレンは、どうしてここに……?」
「あっはは、心当たりないかなあ?それは俺のほうが聞きたいんだぜ?」
「え……」
あえて俺が笑顔で答えると、今度はカインはひゅっと怯えるような表情になった。
記憶を呼び覚まそうとしても、どうも途中で途切れてるようだ。
「あの……、もしかして僕は最低なところでぶっ倒れてる?」
「さあね…?俺は大変な事になったってクナから聞いたから、とりあえず状況を知りたいんだ。」
「大変って……」
そういうとカインは今度は真っ青になった。
こいつ百面相みたいで面白いやつだなと俺は妙に冷静に分析した。
カインの様子を見て、聞かずとも、大体俺は状況を推測した。
強力な魔物が現れたのは本当だろう。そんで、カインはそれでもきっとマリアも守って、ちゃんと魔物も倒して、それでしっかりと気絶し
てるマリアを抱いてムーンブルクまでかえってきたんだ。
ただし、それで安心してそこで疲れて倒れたから、クナはこいつらが魔物にやられたと思って、俺に助けを求めてきた。ってとこだろう。
「大体大当たり……です」
ほらみろ。でも大体大当たりってどういう意味だ。
それになんだよ魔物って。
お前らが手に負えないくらいの魔物が出てるんだったら、なんで俺に助けを求めないんだ。
ずっと冷静を保っていたが、無事を確認出来たら腹が立ってきた。
俺心配したんだぞ。
「……だーかーら、なんかあったら俺を呼べって言ってんだろーが!!」
「そう、そうだね。」
「後で、話だけ聞かされた俺の身になってみろってんだ!!」
「あー……そう、だね。」
俺がカインを𠮟りつけていると、この騒ぎが煩かったのかマリアが目を覚ましたようだった。
目を開けてこちらを見ているのに気づくと、カインは慌ててそちらに駆け寄った。
「あ!マリア…!!目が覚めた!?
大丈夫!?痛いところない?気分はどう?」
「え…平気よ。少し体が重いだけで……。」
マリアはどこを負傷したんだろうか?
見たところ大怪我をしているようには見えないが…。まぁ怪我なんかは自分らで回復できるだろうし。
カインはマリアの無事を確認出来て、良かったと言いながら文字通り崩れ落ちた。
なんだなんだ、おおげさだな。
「キラーマシンはどうなったの?」
マリアの問いに、カインが答えた。
「マリアが倒したじゃない、覚えてない?
ちゃんと倒してたよ。エルマーも中で黒焦げになってたし。なんか、僕のよりよっぽどすごい迫力だった。」
んん?
カインの言葉に先ほどの「大体正解」の意味を理解した。
なるほど、魔物にとどめを刺したのはマリアだったのか。やるなあ、マリア。
でも黒焦げにする魔法…?マリアそんな魔法もってたか?
カインが自分のより凄かったとかいうから、マリアもベギラマでもやりやがったか?
「で、クナさんすごい心配して待っていたから、仔細を説明しようとしたんだけど、僕も途中で倒れちゃって…。」
そうそう、そこだよ問題は。
俺も二人の間に入って行ってマリアに話しかけた。
「んでー、カインが話の一番やばい所までしか話さなかったから、クナのやつがいよいよもうやばいって思って俺んとこに相談しにきたっ
て訳ぇ」
そういうとカインがキャーとか言いながら頭を抱えた。悪いが畳みかけさせてもらおう。
「そりゃあね、一国の君主がぶっ倒れてんですよ。
それでカインまでこんな感じでズタボロだし。お前らふたりで送り出した近衛の兵の心境を考えてやってやれ?
それから、もう、すわ魔王の再来かって感じで呼び出された時の俺の心境についても考えて、1000文字以内で答えよ?」
「ごめんなさいー。1000文字は長いー。
いや、敵はいて確かに強くてやばかったんだけど、倒したから、もう心配ないよって、そこまで言うつもりだったんだけど。」
女王が倒れてたんだぜ。周りをどれだけ不安にさせたと思ってるんだ。
カインは反省して、ぺこぺこと頭を下げて謝っている。
「あうう、敵倒して帰ってきて、起きたらこんなに怒られるとは思ってなかったー…」
「アレン、あんまり怒らないで。心配かけて悪かったわ。あなたがいなくて、あなたの凄さもちゃんと実感したんだから。それで私もどう
なるかと思ったけど、ちゃんと戦えたからいいんじゃない。カインも本当にすごかったんだから。」
カインの様子がいたたまれなくなったのかマリアが口添えをしている。
そしてマリアも心配かけて悪かったと俺に頭を下げた。
まぁ…無事だったから良いけどさ。
っていうか、俺のすごさを実感ってなんでだよ。カインのすごかった話とやらももっと詳しく聞きたいが…。
しかし聞きたいといえば、そういえばほこらの神父も相談したいとか言ってやってきてたな。来客だ、そっちが先だな。
クナが対応していたが、カインたちが起きたんなら、直接話をしたほうが早いだろう。
「ああ、そういえば神父がほこら再建の件で、お前ら目覚めたら相談したいってー…」
++++
マリアはまだ体がふらふらして本調子から程遠いようだった。
しばらくゆっくり休ませたいからとかいって、神父の元へはカインが行くといった。
俺もまだ時間があったのでついていくことにした。
神父も俺と同じくちゃんとした結末を知らされていなかったようだ。
ムーンブルクの君主が倒れたところまでの報告しか受けていなかったから、大変な事になったって、もう真っ青だ。気持ち分かるぜ。
とりあえず姿を見せたカインからマリアの無事の報を聞いて、神父は安堵のあまり腰を抜かした。
「ああ、ご無事で良かったです…!!マリア様もご無事で!?」
「はい。マリアも無事です。お騒がせして申し訳ありません。それに祠が大変なことになってしまって、……神父様がご無事で良かったで
す。」
カインがぺこりと頭を下げた。
「やめてくださいっ。頭を上げてください。
私には何も成すすべがなく身を隠すしかなかったのです。魔物たちは全滅したとのこと…良かった。さすがマリア様とカイン
様です…。」
「怪我人もいなくて良かったです。」
魔物たちが現れてからは祠の周りは文字通り真っ白の雪原の別世界のようになった。あまりの変化にパニックどころではなかったようだ。
ただ機転をきかせた神父は他の祭司も連れて、旅の扉を使って一旦避難していた。
「安心してください。祠の再建は至急で進めていきます。皆さんがご無事だったから、建物なんていくらでも再建できます。
それにあそこが閉ざされたらルプガナへの貴重な通路が閉じてしまう。
砂漠のキャラバンの人たちも死活問題だ。急がなきゃ。」
「ありがとうございます。」
「でも神父様もこの連日休まることも無くお疲れでしょう。今日は城でゆっくり休息をとってください。」
「ああ、……恩に着ます。」
ふむ。
俺は横目にカインを見ながら、中々の判断の早さと采配だと思った。
ムーンブルクの連中にも的確に指示出しをしている。
マリアの代わりというつもりなのかもしらんが、ちゃんとこいつが王配として仕事してるのが分かった。
神父を部屋に案内するよう伝えて下がらせたらこれで終わりかと思ったら、
次はまたうろうろと歩き回って何やらムーンブルク兵たちに聞き込みに行っている。
「まだどっか行くのか?」
「ああ、うん。祠だけじゃないんだ。今回落ちちゃった橋もあってさ。
そっちはもう復旧作業が大分進んでるはずなんだけどね。」
「そうなのかよ。でも進んでるなら任せとけばいいだろ。」
「そうはいかないよ。こっちはムーンペタへの橋が落ちたんだよ。
困ってる人がきっといっぱいいる。」
なんだか中々大仰なことになっているようだ。
「詳しく聞かせろ。」
俺は道々カインに今回の騒動の詳細を確認した。
かつてローレシアであったような六芒星の結界を使った魔物の罠が仕掛けられたんだそうだ。
ムーンペタへの橋を落とし、西のほこらをじわじわと機能不全にして、
魔物の力を増強し、逆にムーンブルクの力を削いでいく。
聞けば聞くほど厄介な事件じゃねえか。
「それで、最後マリアが雷の魔法を使って、キラーマシンのとどめを刺してくれたんだ。」
「はぁぁ、マリアもやっぱりすげえな。」
クナによるとムーンペタへの橋の復旧はまだ完了はしていないようだった。
何か問題があるようだ。
「そっか。じゃあ、一度見に行ってみるよ。」
カインはまだ仕事があるようだ。
「落ち着きねえな。また外出すんのか。」
「すぐそこだよ。アレンせっかく来てくれたのに、おもてなしもできずにごめん。
ちょっと行ってくるよ。」
「……そんなのいらねえけど……」
「今度はゆっくり話そうね。」
馬ですぐに出立するとかいう。
なんだか何かが心がひっかりながらも、じゃあそろそろ俺も国へ帰るかと最後にマリアの元へと声くらいかけておくかと部屋に戻った。
+++
マリアは俺が扉を開けると慌てて起き上がった。
「あ、カイン…!?」
マリアはカインが戻ってきたのだと思ったようだ。
「いや悪ぃ…。俺だ。」
「ア、アレン……?」
少し訝しんだような表情をしている。
そりゃあ、…そうだろう。女王の部屋をノックもせず入室するとはとんだ無礼者だ。
兵たちに知られたらこの痴れ者めと、六芒星の魔物より俺のほうが罰されそうだ。
「休んでるところに悪い。そんな怖い顔するなよ。もう帰るよ。
荷物取りに来たんだ。」
「……カインは?」
一瞬の間の後に、マリアは当然というかこの質問をした。
「ああ、なんかムーンペタの橋を見に行くって。
クナたちと馬で出かけて行ったぜ。」
「それ、止めてきて、私が交代していくから!」
「え?」
突然あわててマリアが立ち上がったが、
ふらりとよろめいた。
「おいおいおい、無理すんなって。」
俺は駆け寄ってマリアを支えて寝台に座らせた。
どうやら相当無茶をして疲弊しているというのは本当のようだ。
「カインから話は聞いてるぜ。お前やばい魔法連発したんだって?
無茶したんだから、しばらく休んどけって。」
そういうとマリアは明らかに不服そうな顔をした。
「違うわよ!あなた何の話を聞いてきたの!?」
なんだなんだ。何が違うってんだ。あいつが嘘つく必要もないだろうに。
「違うって何だよ、違くねえだろ?
だって、お前が雷の魔法で魔物を倒したんだって聞いたぜ。
あの魔法ってすげえ負担があるって言って、知ってんだぞ」
「どうして、全部私がやったことになってるの?
カインだって同じことをやってるのよ!?」
「………は?」
俺が聞いた話では、カインが倒しきれなかった魔物を、マリアは初めて使った雷の魔法を成功させて倒したんだと言うことだった。
自分はマリアに助けてもらったんだと言ってた。だから、ひたすらカインは落ち込んだ様子で反省していた。
そう伝えるとマリアが顔を手で覆って首を横に振った。
「キラーマシンは2体いたんだってば。」
…2体だって?
マリアが皆まで言わずとも、その言葉尻で分かった。
その言葉だけで、俺はひゅっと背筋が寒くなるような気がした。
あいつまた大事なところを端折っているじゃねえか。
聞けば雷の魔法などの強力な魔法を使ったのはカインも同じ。
マリアの説明を聞くほどにカインの行動が妙に腑に落ちると同時に、当然だが腹が立った。
「だから……」
「OK。分かった。」
マリアはパッと顔を上げた。
先ほどまでの絶望顔が少し和らいでいた。
「アレン……」
「ん。任せろ。馬一頭借りていくけど良いか?」
「勿論」
俺はすぐさま城を出て、カインを追うことにした。
門兵に言って馬を一頭調達した。
突然ローレシアの王が馬を貸せとかいうから、兵達が戸惑っていたが、マリアの許可をもらっていると伝えると是も非もなく話は早かっ
た。
ムーンペタへの橋の工事って言ってたな。
ムーンペタ周辺なんてのは俺にとっても庭も同然である。
この辺は散々ウロウロしたものだ。
さっさと見つけて、首根っこ捕まえてマリアの元に戻して休ませる。
何なんだ、あいつ、マリアばっかり休め休めって心配していて自分のこと棚に上げてんじゃねえぞ。
……また、どっかでぶっ倒れてるかもしれない。
そう思うと、手綱を持つ手に無性に力が入った。
小一時間も走ったら、橋の復旧工事現場に到着した。
「んー…?あれ?いねえじゃん。」
そこはムーンブルクの作業員たちが何人か復旧工事にあたっていたが、
カインの姿は見えなかった。
「おい、おい…!誰か!カインは来てないか?」
「ああ、アレン様。こんなとこまでお運びくださってありがとうございます。」
復旧作業を手伝っていたクナが俺の声に気づいて駆け寄ってきた。
「ああ。カインはここには来ていないのか?」
「一緒に来ましたけれど、ここは資材不足で作業が進まないと分かったら、ほかの場所に行くとか言っておられました。」
「ほかの場所ーー!?」
俺は髪をくしゃくしゃと搔きむしった。
「ここで待ち合わせの予定でしたか?」
「いや、そういうわけじゃないけど。そんじゃあいつどこへ行ったんだ?」
「そうですねえ。はっきりとはしませんが……」
別に俺はあいつの保護者でもなんでもないわけだが、行先も告げられずにうろうろされると何だか腹が立つなあと思った。
いや、なんでだ。俺は保護者か。
自分でツッコミを入れつつ、クナの言葉を待った。
「きっと今回の六芒星の楔の場所を見に行かれたのでは?」
「どこだよ、それ」
俺の性急な様子に、クナは気をきかせて地図を取り出した。
「西のほこらは神父様と行くと言っていらしたので違うと思うんです。
私がハッキリ知っている場所は同行させていただいたこの海沿いの一か所…」
「なるほどな。」
何か所かあるようだ。一体どこに行ってんだか、これは面倒なことになった。
地図上で分かっている場所にしるしをつけると、おおよその他の楔の場所も浮かび上がる。
「よし、覚えた。」
「ええ、もうですか?」
「とりあえずは、お前の言う海沿いに行ってみる。ありがとうな。」
「いええ。」
クナは恐縮そうに頭を下げた。
橋のほうにもちらっと視線を向けた。
資材不足…ねえ。
そういうことなら、手伝えることもありそうだなと思いながら、クナが示してくれていた海沿いに向かって、俺は再び馬を走らせた。
それにしてもカインを探して、あちこち追いかけるのは大昔みたいだ。
こんなに動き回れるってことは、めちゃめちゃ元気なんじゃね?
それならそれでいいんだ。
俺とマリアの心配していることが杞憂であればいいんだが。
「ん…?」
しばらく走っていると、海が見えてきた。
もうしばらくだと思ったら、ちょうどそこに馬が停められていた。
あ、ここで当たりじゃね?これムーンブルクの馬だろう。
カインが近くにいるはずだ。
俺も馬から飛び降りて、きょろきょろと周りを見渡した。
見慣れた後姿を見つけた。カインがいた。
あいつは海に向かって、何かしようとして……
そして差し出した左手からは巨大な炎が飛び出した。
「な……何やってんだ!?」
「え…?アレン?」
虚空に向かって魔法を唱えたのかと思ったが、どうもそうでもなかった。
魔物がいたようで、炎を受けて丸焦げの魔物たちが朽ち落ちていく。
その様子に俺は魔物の群れとの戦闘なのかと、剣を抜いた。
しかしパラパラと落ちてゆく魔物たちは海に沈み行き、もう生きている魔物の気配は感じなかった。
「なんだよ、ここでお前何やってたんだ……?おい!」
カインは砂浜に前かがみになって膝をついた。
見るとずっと右手ではハンカチで口元を抑えていた。そこには血が染み込んでいる様子が見てとれた。
まさか……まさか、血を吐いているのか?
その姿に俺は血の気が引きそうな思いがした。
「くそ…!!」
慌てて俺はカインの元に駆け寄った。
その勢いにカインの方が驚いてつんのめって逃げようとするが、逃すか。俺は逃げようとするカインの腕を捕まえた。
「うわっ、……!」
「こんの大馬鹿野郎が!!!お前、こんな体で動きまくってんじゃねえぞ!
俺たちがどんだけ心配すると思ってんだ。」
そう怒鳴りつけるとカインは首を横に振った。
「ち、違っ。違うって!」
「何が違うってんだ、こんな…血ぃ吐いたりして…!」
「これ鼻血だよ…!すぐ止まるから……なんでもないって!」
「あん?」
カインは持っていたハンカチを口元から離して見せた。
確かに血が流れているのは鼻からだった。
「何だ、誰かに顔面ぶん殴られたのか。」
「ええ?そんなのするのアレンだけじゃない。」
なんか大昔にカインをぶん殴って鼻血出させたことあったなと思い出す。
どうやら顔をぶつけた訳じゃないらしい。じゃあなんなんだ。
「多分のぼせちゃったんだと思うんだ。」
カインがいうには雪で戦ったりしたり、急に気候が変わったからじゃないかと言う。
吐血じゃないのが分かったので、少しホッとする気持ちもあるが…。
申し訳なさそうに再び砂浜に座ったので俺も隣に座ることにした。
再び鼻血がポタポタと滴り出したので、ハンカチで出血を抑えた。
「はー……」
顔を膝にうずめて、深く息を吐いた。
なんだか血の気が引いた顔をしてるし、こいつやっぱ随分疲れてんじゃねえか?
「ここで何やってたんだ。」
「魔物の残党退治。」
俺の質問に対して、顔を上げずにそのまま答えた。
「ここの魔物だけ、マリアが、氷で閉じ込めた形だったから、下手に……封印溶けてたらって、気になって…。」
「そうなのか。」
また情報が足りなかったなと思った。
どこの楔に向かったのかと迷っていたが、事情を聞いたら納得できた。
「でも、残ったのはほんの二三匹。……だから大したことなかった。」
さっきの炎はベギラマの炎だ。全体魔法で生き延びていた魔物も全滅しただろう。
「アレンは、どうして、ここへ?」
それだ。よく聞いてくれた。このまま無視されたらどうしようかと思った。
「マリアから聞いたぞ。強大魔法の連発はお前もらしいじゃねえか。
うっかりすっかりまーた騙されるところだったぜ。お前も寝てろ。」
とっととマリアだけ休ませて、あちこち一人で駆け回りやがって。
カインはあー…とぼやきながら続けた。
「…だますとか、そんなつもりじゃないよ。
ただ、ちょっと気になってたから……」
「なるほど、悪気はない。じゃあいいね、とはならねーんだよ。
大体その鼻血だって、のぼせたとか言っているが、完全に体が悲鳴を上げてる証拠だろうが!」
その言葉に少しだけ肩を震わせた。
「………ごめん」
否定はせずにしばらくして、ただ一言謝った。
「僕は役立たずで、ここでも西のほこらでも、結局マリアが全部やってくれた。
そのうえ、マリアを危険な目に合わせたって、皆にも迷惑かけたって反省してるんだ。」
「あああ?
俺が聞いてきたマリアの認識と全然違うなあ。
今般の件はお前が謎解きして、戦いでもすごかったってあいつ何回も言ってたぞ。」
異常気象から状況を察して打開策を見つけ、危険な魔物と対峙しても一切臆することなくカインはマリアを身を挺して守ったんだそうだ。
キラーマシンを雷の魔法で最初にとどめをさしたのもカインだそうだし、十分よくやってるじゃないか。
何をそんなに引け目を感じることがあるだろうか。
まぁ、マリアからの思いはいい。
俺が何もあいつの考えを代弁する義務はない。
「つーか、俺が言いたいのは!俺を頼れって言ってんだよ!
なんでまた一人で単独行動しやがった。
俺がいんのに!」
そこまで言うとカインが顔をあげてこちらを見た。
「…だ、だって、アレンだったら、こんな失態していないじゃないか!」
俺はカインの胸倉をつかみかかろうとして、やめた。
「あん?」
「アレンみたいに、ちゃんと頼もしく守って勝ちたかった……。」
「んんん?」
なんだその理由は?俺みたいに?
俺はてっきりまたカインの自己犠牲の精神が爆発してるのかと思ったんだが。
「だからせめて、残党退治、くらい……。
こんなことでアレンを頼ったら、なんて情けない奴って思われ…る。」
これはどっちかというと意地っ張りな方だな。
ていうか俺ってそんなんなんだ?
「バーカ。カインのバカ野郎。なんか全体的にずれてんだよ。
お前らに頼ってもらえるのは、俺の誇りだっちゅうの。」
「……?」
三人で戦っていた旅の間と違って、どうしても今はこの二人と距離ができてしまっている。
それに本当は分かってる。この二人は天才で、俺なんかよりずっと頭がいい。本当は二人で何だってできてしまうんだ。
だけど、俺たちの絆はずっと有効だと思ってるから、お前たちもそう思ってくれていると嬉しいし、大変なことがあった時くらいはほかの
誰でもなく、俺に言ってきてほしい。
ぶっちゃけると、ささいなことでも俺はカインとマリアに頼ってもらいたいくらいだ。
じゃないと、もう俺なんか要らないんじゃないかってなるじゃねえか。
「要らない…って、、なんで?そんな訳ないじゃないか。違うよ。誤解だよ。」
何を言うんだという顔をしている。
どうも互いに誤解があったようだ。
うん、じゃあ俺も俺で動こう。
「じゃあな、橋の復旧工事とほこらの復興は、俺に任せてもらうぜ。」
「え?」
「資材不足だとか言ってたな。そいつはローレシアを通じて調達する。
ほこらの神父は俺だって顔見知りだ。そっちの方も俺に任せろ。」
「で、でも……。」
「でもじゃねえー。お前らの急務は体調回復だよ!」
「あ……」
まだ何かを言おうとするカインを指で制した。
ここはムーンブルクの領地だとか言いたいようだが、知らね。そんなの関係ねー。
「……ありがとう。」
カインが顔を上げた。
まだ鼻筋を抑えてるけど、まだ鼻血出てんのか?
「任せろ」
そう言うと、カインはパタリとその場に倒れた。
「おいっ、どうした?大丈夫か?」
「うん……。はぁ……ふー、はあ」
倒れたカインは、うんとは答えながらも、荒い呼吸をしながら、俺に手を振った。
「ごめ……、限界みたい。地面が波打ってるみたいでなんだか目眩がする。
少し休ませて」
張っていた気が切れたらしい。それにやっぱり限界ギリギリの行動だったようだ。
言わんこっちゃないと思いながら、海を見てふと気づいた。
「休むのはいいけどさ、お前ここら辺は潮が満ちたらもうすぐ海の底になるぞ?」
「ええっ!?」
波が随分さっきより近いのだ。
カインもそれに気づくと、あわてて半身起こそうとしたが、まだ体がいうことを聞かないようだ。諦めたようにアレンの腕を取った。
「うう、そんな死に方はやだよぉ。アレン助けてよ」
「ははは、確かにそれはごめんだなあ。」
やっと頼ってきたカインに俺は肩を貸して砂浜から離れて、岩場に避難した。そこでカインを岩にもたれ掛けさせた。
「ま、この辺なら大丈夫だろう。」
目を腕でおおって、まだはぁふぅと顔を上気させて、浅い呼吸を繰り返している。血が足りてないのか?
ほんとうに無茶するやつである。
ぐったりと岩にもたれかかっているカインを休ませて、俺は手ぬぐいを海につけて濡らした。
「うわ、冷たい。何するの」
濡れた手ぬぐいを顔に乗せるとカインは驚いて嫌がった。
「熱ないよ?大丈夫だよ。」
「じゃなくてその顔。マリアに見せたら卒倒しちまうぞ。」
鼻血まみれの顔面は、大怪我なんだか吐血なんだかと言うような、それはもう大惨事の様相だった。
「あ、……そだね。ごめん、ありがとう。」
「お前どの面さげてマリアに会うつもりだったんだよ。」
「………うう…」
こいつはマリアに心配かけるのを特に嫌がるのだ。
やっと納得して大人しく顔を拭かれた。顔を拭いてやりながら手がかかるやつだと思った。
「だから、こんな無茶やめろよ、もう」
「マリアが具合悪いときくらい、僕がしなきゃって……」
僕はそのためにいるのに、とボヤいている。
俺はポンッとカインの頭を叩いた。
「お前の漢気は買うけどな。べっつにマリア全然そんなこと願ってねえし。」
「……全然?」
「全然。」
知らんけど。
カインは、目をおおってた腕をずらして、こっちを睨んできた。
「だって俺もいんだから。俺が二人分だってやってやる。
お前が一人でしなきゃって思う必要全然ねーんだわ。」
「うう……。何だかアレンはいつもずるい。」
何故か上目遣いに恨めしそうな顔をしている。
はっは、なんとでも言え。俺の寿命が縮んだお返しだ。
「いい加減鼻血止まったか?
じゃ、早く調子戻してマリアの元に帰るぞ。あいつ気が気じゃないだろうぜ。」
「うん」
俺は再度カインの頭をポンポンと叩いて言った。
- 完 -
2024/05/19
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【後書き】
そらだら名物の後日談、からの様式美。すいません。
今更ですが後日談。おいしいシチュエーションだったので、アレン視点をやっておきたくて発作的に書いてしまいました。