●●  春  ●●

破壊神……その呼び名は決して誇張ではなかった。
破壊神シドーは私たちが今まで戦ってきたどの魔物とも比較にならない存在だった。
ただただ、破壊の限りを尽くす存在。

考えうる最高の装備をそろえ、出来うる限りの経験を重ね、この戦いこそが最後の決戦だと覚悟して挑んだ。だが、相手はあまりにも規格外で あった。
何度攻撃しても、シドーは自身に回復魔法を唱えるのだ。いくら攻撃しても倒せるはずもない。

まるで絶望そのものを相手にしているようだった。

「ベホマ」

心が折れて膝をつきそうになっていたその時。

私が最後に聞いたのはムーンがベホマを唱える声だった。
と、同時にシドーが動いた。ドラゴンの何倍もあろうかと言う巨大な爪が、ムーンの身体を無造作に薙ぎ払う。その華奢な身体は為す術もなく 壁に叩き つけられた。

「ムーン…!!」

倒れるムーンにサマルが慌てて駆け寄った。
だが、ホイミもできずにこちらを向いて首を振った。

「……サマル?」

なんだそれは?なんの合図だ?

「まさか、ムーンが……、…………死んで……しまったのか?」

私の問いに、サマルは項垂れるようにうなずいた。
その瞬間、私の中で何かが壊れた。

「ああ…、あ……っ。うわあああーーー!!」

直後、私は我を失ったようにシドーに向かって行っていた。

前線でダメージを受けていた自分が何故こんなに動けるのか分からなかったが、あの時、ムーンが自分にベホマをかけてくれたからだと気づい た。

どうしてだ。

私のことなんかより、自分のことを考えて欲しかったのに。

脳裏に浮かんだのはどんな過酷な旅路でも弱音一つ言わず、静かに微笑むムーンの笑顔。

二度と見れなくなったなんて信じられなかった。
我を失った私が、その後何をどう攻撃したのか覚えていない。
ただ、普段感じたことのない力が自分を揺り動かしていた。

そうか、シドーを倒す方法はあったんだ。
持ちうるすべての力を使った私の"会心の一撃"。シドーが回復する隙すら与えずに攻撃を与え続ければ……

いかな破壊神でも倒せるのだ。

まるで狂人のように怒り狂った私は無我夢中で剣を振るった。

それが怒りだったのか、悲しみだったのか、それとも後悔だった のかもう自分でも分からない。とどめの一撃は何だったのかも覚えていない。

ただ、シドーは途中から反撃の手 を返すこともなくなって、や がて巨体は地に伏したまま動かなくなっていた。


「はぁ…はぁ……………」
「ローレ王子、すごい!やったじゃないですか!シドーが倒れましたよ!シドーを倒したんですよ!」

サマルが駆け寄ってきた。
サマルがシドーを倒したと言っているから、どうやら私は本当にシドーを倒したようだ。

「サマル、私は馬鹿だ……大馬鹿者なんだ」
「な、何を言ってるんですか。」

念願であるはずのシドーの撃破。
世界を救うために旅を続け、命を懸けて辿り着いた結末。

でも、それすら、今の私にはどうでもよかった。

体が鉛のように重く感じられた。

私のこの腕にシドーを倒せる力が本当にあったのであれば、どうしてもっと早く。どうしてできなかったんだ。
ムーンが死んでしまっては何の意味がないのに。

ムーンが生きる世界を救いたかった。
私が掴んだら折れてしまうんじゃないかと言うようなその細腕で、ムーンはいくつもの奇跡の魔法を唱えてきた。城から出たこともないような 深窓の姫君だったのに、その目に宿す決意の強さは本物で、誰より強い魔法使いになった。

故郷を喪い、ずっと苦しみ悲しみ続けるムーンに世界には希望がまだあると見せたかった。

ムーンの生きる希望を取り戻したかった。そしてその傍らで彼女 を支えながら共に生きていきたかった。


全部もう叶わない。

ぼろぼろと涙がこぼれてくる。
すべてが手遅れになってでは意味がない。その時になって初めて今までにない力が出せたなんて。
自分はなんて馬鹿で愚か者なんだ。

「世界を救った勇者様がなんて顔をしているんですか。」

サマルが呆れているようだ。
今の私は仲間の前でちっぽけな矜持を保つことすらできない。それはとても情けない姿だっただろう。

「そんなに泣いたらムーンが心配するじゃないですか。」
「……ムーンに顔向けなんてできない。」

天国のムーンに会っても、私はなんて声をかけたらいいのか分からない。
今は何も考えられない。

「もう、私のことは放っておいてくれ。
 サマルは国に帰るといい。世界が平和になったと……皆に伝えてくれ。」
「凱旋するなら、あなたも一緒に。」
「いや、私はいい。」

踵を返して歩きだした私をサマルは追いかけてきた。

「どこへ行くんですか!」
「放っておいてくれ!」
「放っておけるわけないでしょう…!!
 馬鹿も休み休み言ってください!」
「な、なんだと」

サマルがこんなに口調を荒らげるのは初めてだ。

「とにかく、こっちへ来てください。」

いつになく強引にサマルは私の手を引っ張った。
サマルは私をムーンの亡骸のところへと連れて行った。ムーンの亡骸と向き合う勇気がなかった自分を叱責しているのだろう。

確かに、こんな極寒の冬空の敵地にムーンを放っておくなんてできない。

私はムーンの傷ついた身体と向き合った。
その体は鋭い爪でその肩から胸までをえぐり取られていた。あまりにも悲痛な姿だった。どんなにか痛かっただろう。
その首筋に手を当てても、もうなんの反応も感じられなかった。

「ああ、ムーン……すまない、すまなかった……!」

今更謝っても意味などないが私はムーンの手を取って謝罪した。

「王子、聞いてください」
「なんだ」
「私もあなたが魔法に疎い、というのは知ってますが。王子ってば私が覚えた魔法、把握していないんでしょう?」

サマルが何かペラペラと喋りだした。なんの話だ?

「魔法……?何が言いたい。こうなってしまってはホイミなんて効かないだろう?」

サマルはしゃがみ込んでムーンに向き合うと、何かの魔法を唱えようとした。
一度も聞いたことのない詠唱だ。

「知らない魔法だ。」

「そりゃあ私も、一度も使ったことがない魔法ですから。あなたがいつも守ってくれて、私たちは今まで誰も死ななかったんだから。」
「それは……どういう?」

意味が分からないでいると、
サマルは一言唱えた。

「ザオリク」

淡く輝く光がムーンの体を包み込んだ。
私には何が起きるのか到底分からない。一体何か起きるのかとムーンの身体を見つめていたが、ムーンの負った大怪我が治るわけでもないよう だ。

「何も起きないではないか。」
「んもう、王子ってば結構手がかかりますね。そっちじゃなくてこっち!」

サマルは強引に私の顔の向きを変えた。信じられないことが起きていた。
なんとムーンがゆっくりと目を開いて、こちらを見上げてきたのだ。

「ムーン……、ムーン!?」
「……ロ…ローレ、……私は……?」

何が何だか分からない。
これは夢か?ムーンが私を見て喋っている。信じられない。

ああ、きっと夢なんだろう。サマルがかけてくれた魔法はきっと私に夢を見せてくれる魔法なのだ。

夢でもいい。会えたら伝えたいことがあった。

「すまないムーン……!君を守れなくてすまなかった。痛かっただろう、辛かっただろう!?本当にごめん!」

君を守れなかった愚かな私を許して欲しいとは言わない。ただ謝りたかった。

「ローレ、どう、なさったのですか」

ムーンは突然謝罪されて戸惑ったような表情だ。
もう、いいだろう。夢なら、構わない。
ずっと秘めていた私の思いを、今までの思いを聞いてくれないか。
この……愛しいまぼろしが消える前に。

「ムーン……。私は君が好きだよ。好きだったよ。」
「…………え……!?」
「私は君の夢を叶えたかった。平和になった世を共に迎えたかった。そして共に生きていきたかった……」

私の吐露する思いに対して、ムーンは目を丸くして顔を手で覆った。
今度はちゃんと伝えられた、私はそのことに少しだけ安堵した。

「良かったですね。それ、できるじゃないですか」

私の言葉遮るように、サマルが私の顔を覗き込んできた。

「過去形で言わないでください。
 私の魔法、なんだと思ってるんです?また何かと勘違いしてません?」
「え、何って……。」

ムーンが恐る恐ると私の手を触れた。
その手はあたたかくて、震えていた。
私は何かとんでもない勘違いをしているのではないか?

「……サマル、頼みがある。私を殴ってもらえないか?」
「お望みとあれば?」

サマルは私のおでこを軽くはじいた。

「痛い。」

額がじーんと痛んだ。その痛みに、目が覚めたような気がした。

「まだ、分かりませんか?夢じゃないって。」
「夢じゃない?」

目の前にいるムーンは顔を真っ赤にして、こちらを見上げていた。

「夢じゃ……ない…?」

同じ言葉をつぶやいてしまった。

「ザオリクは蘇生魔法ですよ。
 ムーンは生きてます。だから、存分にこれから一緒に生きて行ったらいいじゃないですか。」

なんだ、なんだって?
蘇生…だって………?どうしてそんなことができるんだ?いつの間にサマルはそんな魔法を覚えていたんだ?

ああ、もう何も分からない。

「ムーン、ムーン……本当なのか…?君は本当に生きているのか」
「ああ、ローレ。まさかこんな時が来るなんて。」

私は恥も外聞もなく思いっきりムーンを抱き寄せた。その身の体温を感じたかった。
ムーンの心臓が本当に動いているのか、それを実際確認しなければ、到底蘇生なんて信じられなかったのだ。

「ローレ…!?」

トクントクンと聞こえてくるのは、ムーンの心音だったのか、それとも私の胸が早鐘を打っているのか、それすらも分からない。

ああ、なんてじれったいんだ。
私は少し手に込める力を強めた。
ムーンの体温を少しでも感じたくて。

「ねえ、王子?
 あなたたちの邪魔をしたいわけじゃないんですが、もう一つだけ伝えさせてくださいね。」

サマルが何か言ってる声がする。

「私のザオリクの効力は蘇生だけですから、生き返っても残念ながらHPは1。
 破壊神も倒せるあなたの剛力で力任せにムーンを抱きしめたりしたら、あっという間にHP0じゃないですか?」

一瞬何を言われたのか頭が回らなかった。意味がわからなかったので、もう一度サマルの言っている言葉を頭で反芻して繰り返した。
そして直後に私は慌ててムーンから体を離した。

「あ、あわ………わ。だ、大丈夫か。ムーン。」

顔を伏せたままのムーンにかける声が上擦る。

「か、顔をあげてくれ……!ムーン、怪我は悪化していないか!?」

ムーンは顔をあげてくれない。
私は真っ青になっていた。

「ム、ムーン……!ムーン…!すまない!しっかりしてくれ……!!」
「ご、ごめんなさい。平気。体は平気よ。ただ、あまりにも胸がいっぱいで……。
 ねえ、さっきあなたが言ったことは本当?」
「え?」

ムーンは胸がいっぱいで顔があげられなかったのだという。
私がさっき言ったこと?
なんて言ったか?

目の前の現実が分からなくて、夢だと勘違いして……。

ムーンが好きだと、一緒に生きていきたいなどと今まで秘めていた思いを大声で口にしてしまったのだ。
羞恥心がない訳じゃないが、だがもうどうでも良かった。

「本当、だよ。
 私は、君が好きで、君と一緒に生きていきたいとずっと夢見ていた。」

勝手なことを言っている。ムーンにとってこれはとんだ迷惑な言葉だったのではないか?
急に怖くなった。
しかし、ムーンが次に言った言葉は信じられないものだった。

「私も、私も……ローレとそんな夢を見てもいいのですか……?」

夢じゃないだろうか。

「いや、夢じゃない。夢じゃないんだ、それが。」

サマルがかけてくれた魔法は夢じゃなかったんだ。

「ふふ、おめでとうございます。
 朴念仁の王子と、不器用な王女、私はとっても心配してたんですよ。」

さっきから青くなったり赤くなったり、泣いたり叫んだり、私はよっぽど滑稽だったに違いない。
そのすべて見守ってくれていたサマルは、私たちと目線をあわせて祝福してくれた。

「ありがとう。サマル、君のおかげだ。本当にありがとう。」

サマルがいなければ、私が今こうしていられることはなかった。

「ど、どういたしまして。私が役に立てることがあるなんて思ってもいませんでした。」

礼を言われてサマルは少し驚いた顔をして立ち上がった。

「さあ、ムーンはまだ大怪我をしてるんですよ。
 こんな寒いところでいたら怪我が悪化しちゃいます。そろそろ行きましょうよ。
 残念ですけど、さっきのザオリクで私もう魔法力ないんですから。」
「ええ、そうね。私も、さっきのベホマで魔法力がなくなってしまいまして。」

2人の仲間は激戦で消耗している。重傷のムーンにホイミをかけることもできないし、ルーラもできないという。無理もないことだ。

「心配いらない。私に任せてくれ!」

不思議と力が湧いてくる。
破壊神を倒した時以上に、勇気も湧いてくる。今の私はきっと無敵だ。

「ムーン寒いだろう。私の背に乗ってくれ。
 一緒に帰ろう。」

もうずっと一緒だ。今度は君を絶対守ると誓うよ。
そして、どこまででも一緒に行こう。

「いいえ、寒くなんてありませんわ。なんだか心がポカポカします。」
「え?」

空を見て不思議に思った。
ロンダルキアは絶対零度の極寒の地。
いつも雪が吹雪いていたのだ。

「あれ?」

それがない。
見飽きるほど見続けてきた雪が降りやんで、代わりにあたたかい日差しが私たちを照らしていた。

破壊神が倒れたからだろうか。
ロンダルキアが雪解けしようとしている。

「雪が、やんでいたのね…。」
「そうみたいだ。あたたかな日差しを感じる。なんだか陽の光が懐かしいよ。」
「そうね。あたたかくて……。もうすべて、終わったんだわ。」
「そうだな。」

私はムーンに手を伸ばした。
長い長い冬は、ついに終わったようだ。

「本当に……もう春ですね。」

私たちには背を向けて、サマルがそう呟いた。



2025/03/16


「第9回ロレムン春のちゅーまつり」というのを見かけて、それをきっかけに書いてみたロレムン小説で す。
初めてのロレムン小説です(ドキドキ)

お題を見て、春と言えば、ここだろうと思って書いてみました(ロンダルキアの雪解け)
ロレムンのためにザオリクを使えるのがサマルだけ(FC版)というのが私は好きだったので、そんな思いをこめながら…。(なので、ザオリ クの仕様もFC版です)
「春ちゅー」には至らずですが、ラスト背を向けているサマルの後ろでキスしてたりするかもしれません(〃ノдノ)←書けよ

普段とは違う子たち、違う口調でロトっ子を書くのは楽しかったです。


絵を追加してみました(26/06/06)

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