1. 瑜伽師地論とは
瑜伽師地論(Yogācārabhūmi-śāstra)は、心の全体と実践の段階を体系的に説いた大乗仏教の大論である。玄奘による漢訳は7世紀に完成し、百巻からなる。仏教経典の中で最も長い文献の一つである。
題名の意味
題名は四つの要素から成る。
- 瑜伽(yoga):瞑想的実践と、それによって育成される心の状態
- 師(ācārin):実践者、瑜伽の修行者
- 地(bhūmi):地、段階、心の領域
- 論(śāstra):体系的な論説
合わせて「瑜伽行者(瑜伽の実践者)の諸地(諸段階)についての論説」となる。この論は、心とは何か、心はどのように働くのか、そして実践によって心はどのように変容するのかを扱う。
成立
伝統的に、この教えは弥勒(Maitreya)が兜率天(Tuṣita)から降り、北インドの阿瑜陀国(Ajudhāya)で無著(Asaṅga)に伝えたものとされる。この弥勒は未来仏弥勒そのものであるとするのが瑜伽行派の伝統的理解である。無著の弟・世親(Vasubandhu)は、これを基にさらに瑜伽行派の諸論を著した。
本論は瑜伽行派の三大論の一つであり、他の二つは次のとおりである。
- 無著の摂大乗論(Mahāyānasaṃgraha)
- 世親の唯識三十頌(Triṃśikā)
目的
瑜伽師地論は、ある論題を論証する哲学書ではなく、実践の手引として編纂されている。心の自然な状態を記述した上で、戒・定・慧の三学の修習によって心がいかに精錬され、最終的に変容するかを示す。経験の地図であり、同時に実践の道案内でもある。
2. 全体構成(五蘊)
本論は五つの大分(kaṇḍa)から成り、各分には異なる役割がある。
2.1 本地分
- 巻1〜39(最も大きな分)
- 十七地を順に説く
- 各地について、自性(何か)、所依(何に依るか)、所縁(何を対象とするか)、助伴(何を伴うか)、作業(何をするか)の五門から説く
- 本論の中核内容
2.2 摂決択分
- 巻40〜70
- 本地分の内容を哲学的分析によって決択する
- 解釈上の疑問を整理し、何がそうで何かがそうでないかを明らかにする
- 四つの「釈分」の中で最も長い
2.3 摂異門分
- 巻71
- 同じ現象を異なる名称・分類・表現で説く理由を説明する
- 「なぜ経論はこれほど多くの異なる用語を使うのか」に答える分
2.4 摂釈分
- 巻72
- 困難な文句を釈し、表面的な矛盾を解消する
- 本論全体の「読解案内」の役割
2.5 摂事分
- 巻73〜100
- 実践的応用を説く:戒律、定慧の修習、菩薩の利他行
- 最も実践指向的な分
五つの関係は、本地分が内容を述べ、残る四つの分がその内容を異なる角度(決択・異門・釈・事)から論じるというものである。
3. 十七地
本地分は十七地を説く。冒頭の頌(gāthā)がそれらを列挙する。
五蘊身・意・尋伺・無尋唯伺・無尋無伺、 三摩地・非三摩地・有心・無心、 聞・思・修、 声聞・独覚・菩薩、 有餘依・無餘依―― この十七を瑜伽師地という。
十七地は三つの組に分けられる。
3.1 第一組:心の構造(第1〜9地)
これらは、特別な悟りを前提とせずに、すべての有情に共通する心の基本的構造を説く。
3.1.1 五蘊身相應地
五根(眼・耳・鼻・舌・身)と五境(色・声・香・味・触)の構造を説く。ここでは「根」は認識の基となる感覚器官(indriya)を、「境」は認識の対象(viṣaya)を指す。
各根について五門から説く。
- 自性:根は四大種(地・水・火・風)から成る微細な物質(浄色)である。肉眼には見えないが空間を占める(無見有対)。この根が、自らの境を了別するための基となる。
- 所依:三つの依。俱有依(物質的な根自体)、等無間依(直前の心)、種子依(阿頼耶識に蔵された種子)。
- 所縁:各根が了別(区別)する対象(眼は色、耳は声など)とその性質。
- 助伴:識に伴う心所(作意・触・受・想・思など)。
- 作業:自境を了別すること。さらに自相を弁ずること、現在を弁ずること、善・染に転じること。
さらに、五識(眼識・耳識・鼻識・舌識・身識)の生起過程を説く。根が損なわれておらず、境が現前しており、作意の条件が備われば、識が生じる。その後に三つの心的状態が続く。第一は五識自体、第二は尋求心(識別を試みる心)、第三は決定心(判断を定める心)。
3.1.2 意地
五識とは異なる「意」の構造と機能を説く。五識がそれぞれ特定の外部対象(色・声・香・味・触)を対象とするのに対し、意はすべての法(受・想・行・識・無為法(因縁によって生じない法。真如・空など)を含む)を対象とする。
本論では、心の全体を三つに区別する。
- 心(citta):すべての心の活動の基盤となり、身体を支える、一本の連続した心の流れ。種子(潜在力)を蔵し、異熟(因が熟して果として現れること)として働く阿頼耶識(ālaya-vijñāna)である。
- 意(manas):恒に審察する意(恒審意)と、五識の直前に滅して五識を導く意(無間滅意)。
- 識(vijñāna):現在に境を分別する意識。
ここでいう「意」は、後世の八識体系における第七識(末那識)に相当する働きであり、「心」が第八識(阿頼耶識)に、「識」が第六識(意識)に相当する。
主要な内容。
- 意の所依:等無間依(直前の意)と、種子依(阿頼耶識)。
- 意の所縁:一切の法。五蘊・無為法・内外の境。
- 意の助伴:全心所のカタログ。善心所(信・慚・愧・無貪・無瞋・無癡など)と不善心所(貪・瞋・癡・慢・疑・悪見など)。
- 意の作業:
- 分別所縁(相有・相無・任運・尋求・伺察・染汚・非染汚の七種分別)
- 審慮所縁(如理・不如理・非如理非不如理)
- 変態(酔・狂・夢・覚・悶・醒)
- 身業・語業の発起
- 欲の増退
- 善根の断続
- 死と生
死と生について詳しく説く。
- 死:三つの因(寿尽・福尽・二者俱)。臨終の心は三つ(善心死・不善心死・無記心死)。死の兆し(前相)と、根の捨去の過程(不善業者は上から下へ、善業者は下から上へ)。
- 中有(antarābhava):死と生の間の微細な身。諸根を具え、自在に移動し(神通のよう)、生処を見、七日(最長七七日)以内に生縁を得る。善業者は光白く、不善業者は光黒い。
- 生:中有が父母の交合を見て顛倒し(「これは自分のものである」と誤認する)、貪(執着)によって胎に入る(女に生まれたい場合は父に、男に生まれたい場合は母に貪が生じる)。入胎の条件と胚胎の形成。
3.1.3 有尋有伺等三地
尋(vitarka)と伺(vicāra)の有無によって三つの地に分かれる。
- 有尋有伺地:心を境に積極的に向かわせ、考えを生じて持続させる状態。初禅・二禅を含む。
- 無尋唯伺地:粗い心の働き(尋)は収まったが、微細な持続的な気づき(伺)が残る状態。
- 無尋無伺地:粗・微の両方の心的働きが止んだ状態。心は静寂し、統一され、概念的操作を離れている。三禅・四禅と四無色定を含む。
この三地は、瞑想的経験を粗から微へと精錬する段階を地図にする。
3.1.4 三摩呬多地
三摩呬多(samādhi)は「三昧」とも呼ばれる。
禅定(dhyāna)の状態を詳細に説く。
- 四静慮(四禅):
- 初禅:尋・伺、喜・楽
- 二禅:内浄、無尋無伺、喜・楽
- 三禅:捨・念・清浄、楽
- 四禅:念の清浄、不苦不楽(捨受)
- 八解脱:
- 有色観諸色:色界の禅定において、光明相をもって色を明確に観察する
- 内無色想観外諸色:無色界定を得た後、内部の色の想を離れて外部の色を明確に観察する
- 淨解脱:苦を超越し、動揺が静まり、善く磨かれた清浄な状態を身で証する
- 空無辺処:虚空の無限さを明確に観察する
- 識無辺処:識の無限さを明確に観察する
- 無所有処:「何もない」こと自体を明確に観察する
- 非想非非想処:極微細な想を明確に観察する
- 想受滅:想と受を完全に止める(滅尽定)
- 四無色定:
- 空無辺処:空間の無限さを対象とする
- 識無辺処:識の無限さを対象とする
- 無所有処:「何もない」こと自体を対象とする
- 非想非非想処:想が極度に微細になり、あるともなくないとも断定できない状態
各定に入る条件、特徴、順序、道との関係を説く。
3.1.5 非三摩呬多地
定に入っていない心の状態。すべての通常の心的活動を含む。五識、意識(覚醒・夢・狂乱の状態)、貪・瞋・癡を伴うすべての状態。
3.1.6 有心地
意識(転識)が現前して活動している状態。
- 心生起の条件が備わっていること
- 阿頼耶識(常に現前)と意識(停止しうる)の関係
- 通常の経験も瞑想的経験も、意識が機能しているすべての状態
3.1.7 無心地
意識が現起していない状態。六つの分位がある。
- 無心睡眠位:深い睡眠で意識が停止している
- 無心悶絶位:外傷や病気で意識を失っている
- 無想定位:無想定。意識を抑圧した定。無想天に属する
- 無想生位:無想天に生じた状態
- 滅尽定位:一切の心的活動を止めた定。阿那含・阿羅漢のみ得る
- 無餘依涅槃界位:阿頼耶識すら永滅した最終的な解脱
二つのレベルで区別される。世俗のレベルでは、六つすべてが「無心地」(意識が機能していない)である。勝義のレベルでは、無餘依涅槃のみが真の無心地であり、それ以外の五つでは阿頼耶識が依然として基として機能しているからである。
3.2 第二組:聞思修(第10〜12地)
仏教実践の三つの標準的段階に対応する。
3.2.1 聞所成地
教を正しく学び、聴聞することから生じる知と解。
- 聴聞の正しい態度:慢を遠ざけ、敬をもって、義に焦点を当てる
- 師と弟子の資質
- 教の内容:三学(戒・定・慧)、四諦、三類の対象(染・浄・雑)
- 聞いたものの正しい用法:誇示のためでなく、自己の変容のため
3.2.2 思所成地
聞いたことを慎重に思惟し、観察することから生じる知。
- 正しく推理と誤った推理の区別
- 正しい思惟の資質:表面的でなく、偏らず、論争に勝つ動機でない
- 疑念を解き決める分析的作用
- 単なる知的理解から個人的な確信への転換
3.2.3 修所成地
瞑想的実践から生じる知と変容。
- 三学を統一した道として:
- 戒(śīla):倫理的基盤。在家・出家・菩薩の各戒
- 定(samādhi):定的安定の発展。予備的な静から深定まで
- 慧(prajñā):諸法の実相への洞察。空の直接的実現に到達する
- 三つの関係:戒は基、定は手段、慧は目標
3.3 第三組:三乗・究竟(第13〜17地)
3.3.1 声聞地
仏の教えを聞いて阿羅漢果を證する(実践によって直接到達する)者の道。
段階別に説く。
- 種姓:道に向かう素質。すべての有情が声聞道の種姓を持つわけではなく、菩薩道の種姓を持つ者もある。
- 資糧位:福智を積み、信と決意を発展させる
- 加行位:見道に直接入る四つの加行(煖・頂・忍・世第一法)
- 見道:真理を初めて直接證する。四諦を概念の媒介なしに直接見る
- 修道:微細な煩悩を徐々に断じる反復の修習。四果(須陀洹・斯陀含・阿那含・阿羅漢)に対応する
- 無学位:声聞道の最終状態。煩惱障(顕在的な煩悩)は断じたが、所知障(微細な認知の障り)が残る
3.3.2 独覚地
師に依らず、十二因縁を観て独り覚る者の道。
構造は声聞道に似ているが、以下の点で異なる。
- 洞察力がより深く、直接的である
- 師の教えに依らない
- 道は長く、困難である
- 果は同じ(阿羅漢)だが、実現の質は高い
3.3.3 菩薩地
菩薩の道。本論全体で最も長く、最も詳細な部分である。菩薩道の特徴。
- 無上菩提を求めて一切の有情の利益を誓う菩提心
- 六波羅蜜(布施・持戒・忍辱・精進・禅定・智慧)
- 菩薩の十地(bhūmi)
- 智と悲の統一:声聞道が自己の解脱を目標とするのに対し、菩薩道は一切有情の完全な解脱を目標とする
本論は以下を説く。
- 菩提心の性質と発展
- 十地の各段階での実践
- 各段階で修される波羅蜜
- 菩薩自身の清浄化と、他者利益のための世間での活動の関係
3.3.4 有餘依地
解脱を證した阿羅漢や仏でありながら、まだ身体(「餘依」)がある状態。
- この状態の者の特質:煩悩から解き放たれ、安穏、完全な解脱
- この状態の者の活動:教化、衆生の導き、世間に住みながら世間に縛られない
- 声聞の「有餘依」と仏の「有餘依」の区別:仏は煩惱障と所知障の両方を断じているが、声聞は煩惱障のみを断じている
3.3.5 無餘依地
一切の存在の依り所(身体を含む阿頼耶識)が滅した完全な解脱(無余涅槃)。
- これは最終的な目標である:苦の完全な止滅
- 断滅ではない:苦を生じる条件の止滅であり、我の破壊ではない
- この状態の特質:無為、無生、恒常(生滅しない意味で)、安楽、最终的な依処
- 仏との関係:仏の無余涅槃は道の完全な充足である。声聞の無余涅槃も実在するが、解脱の最も完全な表現ではない
4. 主要な教義的内容
十七地を通じて、以下の教義的テーマが全編に貫かれる。
4.1 心と心所の分析
本論は心所(caitta)を網羅的に分類する。
- 遍行:一切の心に現じる(作意・触・受・想・思)
- 別境:特定の境で現じる(欲・勝解・念・定・慧)
- 善:信・慚・愧・無貪・無瞋・無癡・精進・軽安・不放逸・無害
- 根本煩悩:貪・瞋・癡・慢・疑・悪見
- 随煩悩:忿・恨・覆・惱・嫉・慳・誑・諂・憍・害
- 不定:悔・眠・尋・伺
補足:
遍行(すべての心の状態に必ず現じる):
- 作意(manasikāra):心の注意を対象に向ける働き
- 触(sparśa):根・境・識が合して認識が生じるきっかけとなる働き
- 受(vedanā):対象を苦・楽・不苦不楽として感受する働き
- 想(saṃjñā):対象の特徴・相を捉える働き
- 思(cetanā):意志を形成し、行為を向かわせる働き(業の種となる)
別境(対象や状況によって現じる):
- 欲(chanda):対象に向かって心を向かわせ、善・不善の行為を促す働き
- 勝解(adhimokṣa):対象について揺るぎない確信をもつ働き
- 念(smṛti):対象を忘れないで保ち続ける働き
- 定(samādhi):心を一処に統一し、散漫にしない働き
- 慧(prajñā):対象を正しく分別・判断する働き
善(善い心の状態を支える):
- 信(śraddhā):真理を清浄さと信頼をもって受け入れる働き
- 慚(hrī):善を尊び、悪を行うことを自重する働き
- 愧(apatrāpā):過失を恥ずかしく思い、他責めを恐れる働き
- 無貪(alobha):貪らない、所有に執着しない働き
- 無瞋(adveṣa):瞋えない、害意をもたない働き
- 無癡(amohā):癡くない、実相を正しく知る働き
- 精進(vīrya):善を修し悪を断じるための努力
- 軽安(prasādana):心身を軽く安らかにする働き
- 不放逸(apramāda):善を怠らず、悪を妨げ続ける働き
- 無害(avihimsā):有情を害さない働き
根本煩悩(煩悩の根源となる六つ):
- 貪(rāga):対象を執着し、所有しようとする働き
- 瞋(prāḍodha):対象を拒否し、害そうとする働き
- 癡(moha):実相を正しく知れず、迷う働き
- 慢(māna):自分を他より優れていると執る働き
- 疑(vicikitsā):真理・仏・法について疑い、決断を妨げる働き
- 悪見(dṛṣṭi):我・常・楽・浄などを実相に反して執る働き
随煩悩(根本煩悩に伴って現じる十つ):
- 忿(krodha):対象に激しい怒りをもつ働き
- 恨(upāya):忿を蓄積し、長く抱き続ける働き
- 覆(mrīḍā):自分の善を隠し、他者の善を覆う働き
- 惱(prāḍodha):悔恨し、心を苦しめる働き
- 嫉(īrṣyā):他者の善・功徳を快く思わない働き
- 慳(mātsarya):自分の物・功徳を惜しみ、施そうとしない働き
- 誑(smṛtyuparśa):他者を欺き、偽りの姿を装う働き
- 諂(māyā):他者の心を推し量って、自利のために偽りつくろう働き
- 憍(mātaṇḍa):自分の功徳を慢る、弛む働き
- 害(vihiṃsā):他者に苦を与え、害する働き
不定(善・不善のどちらにもなりうる):
- 悔(kaukṝrtta):すでにやったことを後悔し、心を乱す働き
- 眠(styāna):心が沈み、明瞭さを失う働き
- 尋(vitarka):対象を粗く考える働き(善・不善のどちらにもなりうる)
- 伺(vicāra):対象を微細に考える働き(善・不善のどちらにもなりうる)
4.2 種子・習気・異熟
本論は種子(bīja)と習気(vāsanā)の概念を導入する。
- 行為(業)は阿頼耶識に種子を植える
- 種子は縁が熟すれば果報(vipāka)を生ずる
- 果報は新たな種子を生ずる
- この循環は無始の時から続いている
4.3 三性
一切の法に三つの自性を区別する。
- 遍計所執性:我々が対象を独立的実在として心的に構築し、固定する様態。根本的に非実在。縄に蛇を想い立つがごとし。
- 依他起性:縁に依って生じる実在の姿。縄そのもののごとし。実在するが、自性を有する存在ではない。
- 円成実性:依他起の真の本性――すなわちその空性・如実性。最終的な実在。
4.4 二障と転依
解脱への道は二つの障を除去することを含む。
- 煩悩障(kleśāvaraṇa):貪・瞋・癡など能動的な煩悩。声聞道で断じる。
- 所知障(jñeyāvaraṇa):実相を見ることを妨げる微細な知的歪み。菩薩道のみで断じる。
二障の除去を「転依」(āśraya-parāvṛtti)と呼ぶ。染汚された依(種子を蔵する阿頼耶識)から清浄な依(法身)への根本的転換である。
4.5 五位
菩薩の道は五つの段階で説かれる。
- 資糧位:福智を積み、信を発する
- 加行位:直接の証入に直結する四つの加行
- 通達位(見道):実相の第一次の直接証入
- 修習位(修道):証入を深め、微細な煩悩を断じる長き修習
- 究竟位:無上菩提の證得
4.6 転識成智
道の究極において、八識が四つの智に転ずる。
- 阿頼耶識は大円鏡智に転ずる
- 末那識は平等性智に転ずる
- 意識は妙観察智に転ずる
- 五識は成所作智に転ずる
補足:
- 大円鏡智(ādarśa-jñāna):大いなる丸い鏡のような智。阿頼耶識の種子蔵する働きが浄化され、一切の法をそのまま映し出す、偏りなき智となる。
- 平等性智(samatā-jñāna):末那識の「自己中心性」が浄化され、一切の有情を差別なく平等に視る智となる。
- 妙観察智(pratyatmā-jñāna):意識の分別・観察の働きが浄化され、一切の法の自相・共相を誤りなく観察する智となる。
- 成所作智(kṛtya-nirvārtaka-jñāna):五識の対象を認識する働きが浄化され、他者の利益のために自在に活動する智となる。
5. 瑜伽行派における位置づけ
5.1 系譜
瑜伽行派の伝統的系譜は次のとおり。
- 弥勒:教えの源(伝統的に)
- 無著(4〜5世紀頃):最初の人間の受取者。摂大乗論を著す
- 世親(4〜5世紀頃):無著の弟。唯識三十頌・倶舎論などを著す
- 護法(6世紀頃):唯識三十頌の権威的釈を著す
- 玄奘(7世紀):瑜伽師地論などを梵語から漢訳
- 窺基(7世紀):玄奘の首席弟子。法相宗(唯識宗)を開く
5.2 三大論
瑜伽行派の三大根本論は次の三つである。
- 瑜伽師地論:基礎的な文献。心の全体と道を説く
- 摂大乗論:無著の大乗教学の要約。より体系的で簡潔
- 唯識三十頌:世親の唯識教学の凝縮。最も集中した表述
三者の関係は、瑜伽師地論が広い基礎をなし、摂大乗論が体系的発展をなし、唯識三十頌が凝縮された本質を示す、というものである。
5.3 影響
瑜伽師地論は以下に影響を与えた。
- 中国仏教:窺基が祖とされる法相宗(唯識宗)は、本論を根本文献の一つとする
- チベット仏教:本論は大乗経蔵(カンギュル)に含まれ、すべての主要な宗派で研究される
- 現代の学術:仏教学心理史と唯識教学の発展の一次資料として重要
参考文献
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