SLCP入門

2026年8月11日

🐧 要するにどういう話か

思いつきでシステムを作るな、作りっぱなしにするな、分析と計画を重視し、ライフサイクル全体で管理せい、という話。従来は「情シス部門がちゃんとやればいいでしょ」という話だったが、生成AIの登場で、素人や部門雇われの「エンジニア」がしれっと考えもなしに「システム」を構築できるようになってしまった(しかもご本人たちは「してやったり」と思ってそうだから始末に負えない)。SLCPは、情シス部門が「勝手に作る前に相談せんかいボケ」と言う代わりに、「こういうのがあるんですけど」と各部門にお出しできるような枠組みになるのであろう。

1. SLCPとは何か

SLCP(System and Software Life Cycle Processes)は、システムやソフトウェアを企画・開発・運用・廃棄する一連の過程(ライフサイクル)を定義する国際規格である。主に以下の2つの規格からなる。

  • ISO/IEC/IEEE 15288:システムライフサイクルプロセス(ハードウェアとソフトウェアが一体となった製品を対象)
  • ISO/IEC/IEEE 12207:ソフトウェアライフサイクルプロセス(ソフトウェアが主体のシステムを対象)

日本では、これらの国際規格がJISに和訳されている。

  • JIS X 0170:2025(ISO/IEC/IEEE 15288:2023)
  • JIS X 0160:2021(ISO/IEC/IEEE 12207:2017)

SLCPは、事業部門、情報システム部門、現場の利用者、調達・法務、監査、外部のパートナー企業など、多様な関係者が共通の土台(共通言語)を持って議論するための枠組みとして活用できる。

2. なぜ今SLCPが必要なのか

生成AIをはじめとするデジタル技術の発展が加速し、産業と社会は大きな転換点を迎えている。SDV(Software-Defined Vehicle)に代表されるように、ソフトウェアで制御される多様なシステムが新しい価値の創出を先導する時代になってきた。

システムやソフトウェアの開発には、多様な関係者が関わる。これらの人が共通の土台を持たずに議論すると、合意に時間がかかり、しばしば作り直しや契約トラブルが発生する。

また、AIやIoT、ロボットなどハードウェアとソフトウェアの技術を融合させて新たな製品・サービスを生み出す現代において、SLCPは以下の点で重要である。

  • 関係者間の共通理解と協働を支えるグローバルな基盤となる
  • 企画・要件定義といった超上流から開発、運用、廃棄までを一貫して扱える
  • AIに任せる部分と人間が注力する部分を明確化するベースラインとなる

3. SLCPの特徴・メリット

SLCPには、以下の3つの特徴・メリットがある。

  • 共通言語になる:多様な関係者が対話する土台として機能する
  • グローバルに通用する:国際規格として世界中で採用されている
  • 方法論に中立:ウォーターフォール、アジャイル、ハイブリッド開発等の特定の手法に依存しない

4. SLCPの進化

SLCPは、30年以上にわたり各国の有識者が参画して改訂が重ねられてきた。2015年以降の改訂で、以下の3つの変化があった。

4.1 システムとソフトウェアのそれぞれの定義

SLCPには、以下の2つの規格がある。

  • システムライフサイクルプロセス(ISO/IEC/IEEE 15288):自動車、航空宇宙、防衛、家電など、ハードウェアとソフトウェアが一体となって機能する製品を対象
  • ソフトウェアライフサイクルプロセス(ISO/IEC/IEEE 12207):製品・システムの構成要素であるソフトウェアや業務システム(財務、人事、販売管理など)、ITサービス、アプリケーションを対象

厳密には、システムとはハードウェアとソフトウェアが組み合わさって機能するものを指すはずだが、ソフトウェア単独でも「システム」と呼ぶようになった。当初、両者は別々の規格として制定されていたが、ソフトウェアはシステムの構成要素であるという考えのもと、両規格の調和(同一化)が進められた。2015年以降、両者は同一のプロセス群で構成されるようになった。

4.2 要求の捉え方の変化

2008年版以前は、要求を「上流工程の入力情報」として扱う色合いが強かった。2015年版以降は、「ビジネスや組織の役割を分析するプロセス」が追加され、要求はビジネス戦略から始まるライフサイクル全体で継続的に検討・管理されるべきものとして捉えられている。

4.3 システム分析プロセスの追加

2015年版以降、「システム分析プロセス」が追加された。これは、ライフサイクル全体を通して意思決定のための正確な情報が必要な場合に実施されるプロセスである。

4.4 共通フレーム2013との関係

日本国内では、「共通フレーム2013」がソフトウェア開発のバイブルとして活用されている。共通フレーム2013は、国際規格ISO/IEC/IEEE 12207:2008を包含し、日本のソフトウェア産業界で必要とされるプロセスや作業項目を追加している。

5. SLCPのライフサイクルプロセス

SLCPでは、ライフサイクル全体を通して以下のプロセスが定義されている。

5.1 ライフサイクルの全体像

SLCPのライフサイクルは、以下のプロセスからなる。

  • ビジネス又はミッション分析
  • 利害関係者ニーズ及び要件定義
  • システム要件定義
  • システム論理アーキテクチャ
  • システム物理アーキテクチャ
  • 実装
  • 統合テスト
  • 適合性検証
  • 移行
  • 運用
  • メンテナンス
  • 廃棄

運用およびメンテナンスの段階では、ビジネス又はミッション分析へのフィードバックが行われる。

5.2 超上流プロセス

SLCPにおいて重要なのは、開発の「超上流」プロセスである。従来の情報システム開発では、要件定義が不十分であることがシステム開発がうまくいかない主要な理由と言われてきた。

SLCPでは、システム要件定義の前に以下のプロセスが規定されている。

  • ビジネス又はミッション分析プロセス:ビジネスに関する問題や機会を特定し、解決策を導く
  • 利害関係者ニーズ及び要件定義プロセス:利害関係者の要求を明確化し、要件を定義する

5.3 ビジネス又はミッション分析プロセス

ビジネス又はミッション分析プロセスは、開発前の概念段階の初期に相当する超上流段階において、ビジネスまたはミッション上の問題または機会について分析するプロセスである。

主なアクティビティは以下の通り。

  • ビジネスやミッション分析の準備をする
  • 問題やチャンスの範囲を決める
  • 解決策の方向性を整理する
  • 複数の解決策を評価する
  • ビジネスやミッション分析を管理する

5.4 関連する国際標準

SLCPは、システム及びソフトウェア技術に関連する国際標準類の背骨にあたる。SLCPを前提として、以下の関連国際標準が整備されている。

  • 要求エンジニアリング:ISO/IEC/IEEE 29148(JIS X 0166)
  • リスクマネジメント:ISO/IEC/IEEE 16085(JIS X 0162)
  • アーキテクチャ:ISO/IEC/IEEE 42010, 42020, 42030
  • システムオブシステムズ:ISO/IEC/IEEE 21839, 21840, 21841
  • 品質:ISO/IEC 25000シリーズ
  • 測定:ISO/IEC/IEEE 15939
  • プロダクトライン:ISO/IEC 26550, 26580

6. まとめ

SLCPは、ソフトウェアエンジニアリングとシステムズエンジニアリングが積み上げてきた知見を統合し、関係者が協力して新しい技術を駆使して社会の要請に応えていく基盤である。

今後、デジタル技術の応用はさらに拡大し、ソフトウェアとハードウェアを高度に融合させたシステム開発が求められる。そのためには、SLCPを共通言語として活用し、関係者が共通の前提で議論することが重要になる。

📚 参考文献