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*泣き虫のぼく [#icd27c57]
小学校のときの作文を公開してみる。
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自分の性格というものは、あまり考える気になれない。考えることが自分にとって、とてもなさけないからだ。~
ぼくのその性格の仲で、今、真っ先に思いつくのは、「泣き虫」だということだ。一年生から三年生のころは、泣く日がなかったら珍しい方で、一日に二回から三回くらいは、ほとんど泣いていた。今はそこまでいかないが、まだすぐ泣くくせは治っていない。~
なぜ泣くかというと、これが別にたいした理由にはならないことだが、先生に何か言われたり、友達に悪口を言われたりすることが主な原因となっている。こんなことを言うとはずかしくなる一方である。~
だから、なんとか「泣かないように努力する」というようなことはしているが、涙がなぜかすぐ出てしまうので泣き虫は変わらない気がする。~
自分が泣いているときに「○○、くよくよするなよ」「こんなことで泣くなよ」と友達が言ってくれたときには、とてもうれしくて、また涙がでてしまうのだった。~
泣くということは、どんなことだろうか?結局何の解決にもならない。でも何故泣くのだろう?もしかしたら、人間はどうしていいかわからなくなったときに泣くのではないだろうか。~
(注:これ書いているときもたしか泣いてた。…卒業アルバムに載せる作文がどーしても書けなくて、ね…書いた後は笑ってた気がする)~
でもぼくは、この欠点というべき性格を順序よく治していきたいと思った。~
そして、これからの人生という壁を、一歩一歩確実に登っていく中、もっと自分というべきものを見つめていきたいと思った。~
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注:一部文字の誤字脱字、「である、です・ます調不一致」は修正。~
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部屋そうじのさなか、見つけてしまった小学校のアルバム。~
ひさしぶりに、「自分の書いた文章」を読みふけってしまった。~
正直、三〇歳になった今でも、 泣き虫 だと思う。 まぁ、ナニカに感動したときとか、だけどね。~
この つい涙がでてしまうというのは、生来のものかもしれない。~
うちの親父もよく感動的な映画やドラマをみて泣いてるそうだ@お袋談。~
「これからの人生という壁」という表現は小学六年にしては、なかなかのことを言ってると自分で思った。~
内省的自分を見なおしていく、っていうことは死ぬまで続くことだと思う。~
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まぁ、なんだ、 「本当に辛いときは、泣いてもいいんだよ」 と、過去の自分・そして未来の自分のエールを送りたい。
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